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裏アカ彼女は、クラスの地味男子  作者: あしゅ太郎


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2. 口止め料の追加発注

 翌朝。

 教室に入ってきた早見琉生を見た瞬間、鴎は思わず目を止めた。

 昨日、自分が送った通りの組み合わせだった。

 余計なネックレスは外されている。

 パンツも細すぎないものに変わり、全体の「重さ」が綺麗に抜けていた。

 黒を基調にしているのに沈んで見えないのは、琉生の茶髪とピアスの存在感が、計算通りに引き立っているからだ。

(……ちゃんと、言う通りにしたんだ)

 そこにまず、小さな衝撃を受けた。

 あんなに目立つ側にいる人間が、たまたま弱みを握っただけの相手の言葉を、これほど素直に受け入れるとは思わなかった。

 琉生はいつも通り、教室の空気の中心にするりと溶け込んでいく。

 その数分後には、案の定、あちこちから声が飛んだ。

「早見、今日なんかめっちゃカッコよくない?」

「え、わかる。いつもより好きかも」

「服いいじゃん、その感じ似合ってる!」

 鴎はノートを開いたふりをしながら、内心で小さく息を詰めた。

 やっぱりだ。

 分かってはいた。あの顔と体型なら、ちゃんと整えれば嫌でも目立つ。

 けれど、実際に周囲が沸き立つのを目の当たりにすると、どうにも落ち着かなかった。

 自分が考えた組み合わせで。

 自分が削り、自分が足したもので。

 あいつが、褒められている。

 ……変な感じだ。

 少しだけ誇らしいような。でも、それだけじゃないような。

 胸の奥が、妙にそわそわとして落ち着かない。

「だろ?」

 琉生は軽く笑って応じていた。

 けれどその直後、ふいにと視線が教室の端へと流れる。

 鴎の方だった。

 目が合いそうになり、鴎は慌てて視線を落とした。

「何も見ていません」という顔でシャーペンを動かす。

 そのあからさまな態度が可笑しかったのか、遠くで琉生が小さく笑った気がした。

 ***

 その日から、一週間。

 鴎のスマホには、朝か夜、必ず琉生から「服の写真」が届くようになった。

『これとこれ、どっちがいい?』

『今日ちょっと寒いんだけど、何足せばいいかな』

『この靴、アリ?』

 最初の二、三日は無視しようと思った。

 けれど、無視したところで学校で捕まるのは目に見えている。

 何より――送られてきた写真を見てしまうと、どうしても「気になるところ」がノイズのように目に付くのだ。

『そのシャツはいらない』

『色がぶつかってる』

『それならピアスは片方だけでいい』

 気づけば、指が勝手に返信を打っていた。

 そして、鴎がアドバイスした日だけ、琉生は教室で絶賛された。

「早見、最近『当たりの日』とそうでもない日の差、激しくない?」

「わかる。今日めっちゃいいけど、昨日は普通だったよね」

 昼休み。そんな会話が耳に飛び込んできて、鴎はペンを止める。

 教室の中央では、琉生が苦笑いを浮かべていた。

「そんなことあるか?」

「あるある。今日とか大正解。……もしかして、誰かに選んでもらってんの?」

 一瞬、空気が止まった。

 鴎の背中に嫌な汗がにじむ。まさか。そんなわけない。

 分かっていても、心臓が嫌な音を立てた。

 けれど、琉生はすぐに肩をすくめて笑い飛ばした。

「いや。自分で頑張ってるだけ」

「嘘っぽーい!」

「じゃあ、頑張ってない日があるってこと?」

 ドッと笑いが起き、話題は別の方向へ流れていく。

 鴎は、ようやく止めていた息を吐き出した。

(……誤魔化した。ちゃんと)

 安堵と同時に、なぜか胸の奥がざわついた。

 自分の正体は隠されたままでいい。それが正解なはずなのに。

「あれを選んだのは自分なのに」と、ほんの少しだけ思ってしまった自分がいた。

 放課後。

 なるべく琉生と目を合わせないように荷物をまとめていると、机の横に影が落ちた。

「時任」

「……なに」

「やっぱ、毎日見て」

 顔を上げると、琉生が当然のような顔で立っている。

「無理」

 即答だった。

「なんで。最近、俺の評価の波がえぐいんだけど」

「知らない。自分で考えればいいでしょ」

「考えてあの差なんだって。……なあ、もうちょい安定させたいんだよ」

「俺には関係ない」

「あるだろ」

 琉生は鴎の机に軽く手をつき、距離を詰めてきた。

 圧がある。この、陽のオーラ全開の感じが本当に苦手だ。

「ないってば」

「あるよ。だって……」

 そこで琉生は、周囲に聞こえないよう、ぐっと声を落とした。

「『女装』……」

 鴎の肩が、びくんと跳ねる。

 独り言のような小さな声。けれど、威力は十分すぎた。

 鴎はすぐに琉生を鋭く睨みつける。

「……それ、卑怯」

「脅してるわけじゃないって。……なあ、毎日ちょっと見るだけでいいから。な?」

 琉生は笑っていたが、その瞳は妙に真剣だった。

 完全に分かってやっている。鴎がこのカードを切られたら、断れないことを。

 沈黙の末、鴎は観念したように息を吐いた。

「……写真、送るだけなら」

「返せるときでいいから」

「変なの送ってきたら、その時は切る」

「切らないでよ」

 軽いやり取りのつもりなのに、また勝手にペースを握られている気がして、鴎はげんなりした。

 すると琉生は、ふっと機嫌よく目を細め、さらに続けた。

「あとさ。次の週末、バイト代入るんだよね」

 嫌な予感しかしない。

「服買いに行くから、時任ついてきてよ」

「……は?」

「店で見ても、結局どれがいいか分かんないし。実物見ながらアドバイスほしい」

「無理。絶対無理」

「即答かよ」

「当たり前でしょ。なんで二人で服買いに行かなきゃいけないの」

「口止め料の、追加分」

「増えてるし!」

「だって毎日見てもらうなら、そもそもの『弾』がいるじゃん。そもそもの服が」

 理屈が通っているようで、全く通っていない。

 けれど、琉生は一歩も引く様子がなかった。

「高いのは買わないし、見るだけでいいから。な?」

「……見るだけじゃ済まないでしょ」

「済ますって。絶対」

 鴎はしばらく黙り込んだ。

 断りたい。本気で面倒だし、休日にこいつと並んで歩くなんて、想像しただけで落ち着かない。

 けれど、ここで機嫌を損ねて「あの秘密」に触れられるのはもっと嫌だ。

 それに……服を選ぶこと自体は、嫌いじゃない。

 むしろ、好きだ。認めたくないだけで。

「……服選んだら、すぐ帰るから」

 ぽつりとこぼすと、琉生がパッと顔を輝かせた。

「いいの?」

「本当にそれだけ。寄り道もしない。ごはんも無理。終わったら即解散」

「分かった。約束する」

 返事が妙に素直で、逆に怪しい。

 じとっとした視線を向けると、琉生は楽しそうに笑った。

「そんな警戒しなくてもいいじゃん」

「するに決まってる。信用ないし」

「きつ。……でも、来てくれるんだな」

「……口止め料だから」

「そっか」

 なぜか嬉しそうなその返しが、鴎にはますます面白くなかった。

 こいつは、自分の秘密を巧妙に利用している。

 なのに、露骨に嫌な感じがしないのが、余計に困るのだ。

「じゃ、土曜。時間は後で送るわ。よろしくな、時任」

 ひらりと手を振り、琉生は先に教室を出ていく。

 残された鴎は、その背中を見送りながら、深く、深いため息をついた。

 面倒なことになった。

 それは、最初から分かっていたことだ。

 ただ、少しだけ変わったことがあるとすれば。

(……土曜、あいつは何を着てくるつもりなんだろう)

 そんなことを考えてしまっている、自分自身の存在だった。

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