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裏アカ彼女は、クラスの地味男子  作者: あしゅ太郎


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18/19

17. 透過する熱、ふたりの休日

 待ち合わせの駅前に着いたとき、時任はまだ少しだけ落ち着かなかった。

 今日は女装じゃない。偽装でもない。ただ、早見琉生と出かけるだけ。そのはずなのに、逆にそれがいちばん落ち着かなかった。

 鏡の前で散々迷って選んだ服は、学校でも着られる範囲のものだ。けれど、いつもより少しだけ色の合わせを整えて、サイズ感もかなり詰めて考えた。「気合いを入れた」と思われるのは(しゃく)で、でも「何も考えていない」ようには見せたくなくて。その中途半端な調整に、朝から無駄な時間を費やしてしまった。

「おはよ」

 聞き慣れた声に振り向くと、早見が片手を上げながら近づいてきた。

 今日の服装はラフすぎず、でも適当でもない。白寄りのトップスに暗めの羽織り、細すぎないパンツ。前よりずっと自分に合うものを選べているのが一目で分かった。

 そのくせ、早見は時任の姿を見た瞬間、ほんの一拍だけ目を止めた。

「……何」

「いや。なんか今日、いつもよりちゃんとしてるなと思って」

「普通だけど」

「うん。普通に見えて、ちゃんとしてる」

 そういう言い方をされると困る。気づかれたくないこだわりを、ピンポイントで射抜かれている気がするからだ。

「早見も。……まあ、変じゃない」

「それ、褒めてる?」

「知らない」

 ぶっきらぼうに返して歩き出すと、早見が隣に並ぶ。その距離が近すぎないことに、少しだけ安堵した。

 ***

 映画館は駅直結のビルにあった。上映中は、さすがに会話はない。

 けれど、暗い場内で隣に誰かがいるというだけで、なぜか普段より意識が散漫になった。たまに早見が姿勢を直す気配や、ドリンクの蓋に触れる小さな音。そんな些細なものが変に耳に入ってきて落ち着かなかった。

 エンドロールが流れ始め、ロビーに出たところで早見が先に口を開いた。

「どうだった」

「……よかった」

「ざっくりだな」

「いや、でも。最後の台詞より、その前の沈黙の方がよかった」

 言った瞬間、早見が少しだけ目を細める。

「ほら、そういう見方する。お前、細かいとこ見そうだもんな」

「普通でしょ。あのシーンって前で言い切れなかった時間の方が大事じゃん」

「……ああ、なるほど。そういうとこ、やっぱ好きだな」

「何でも『好き』に繋げないで」

「無理かも」

 さらっと返されて、時任は飲み物のストローを噛みそうになった。本当に、この男は油断するとすぐこういうことを言う。

 ランチは、ビルから少し離れた場所にあるイタリアンに入った。

「時任ってさ」

 パスタを口に運んでいた早見が、少しだけ首を傾ける。

「学校だと、ほんと隠してるよな。服の見方とか、喋る感じとか。もっと出したらいいのに」

「……出さない方が楽だから。目立たないし、変に期待もされないし」

「そっか」

 早見の返事は短かった。けれど、その響きには少しだけ残念そうな色が混じっていた。

「俺は今のお前の方が好きだけど」

「……またそういうの」

「ほんとのことだし。拾わなくていいよ、俺が勝手に言ってるだけだから」

「それが疲れるって言ってるの」

 そう返すと、早見は声を立てずに笑った。その笑い方がどこか嬉しそうで、時任はまた心臓の鼓動を意識してしまう。

 ***

 その後、服屋が並ぶエリアへ向かった。

 今日は「コーデを考えなくていい日」という約束だったはずなのに、最初に入った店で早見がシャツを手に取った瞬間、時任の口は動いていた。

「それはない」

「早」

「色はいいけど丈が中途半端。あとその素材、安っぽく見える」

「今日は考えなくていい日じゃなかったっけ?」

「考えてない。感想を言っただけ」

「十分見てるじゃん」

 早見がニヤッとする。時任はそれを睨みつけながらも、無意識に次のラックを物色していた。

「……こっちの黒もいいけど、今日の早見ならこっち」

「結局選んでる」

「違う」

「違わないって」

 言い合いながらも、早見は素直に時任の勧めた服を手に取る。結局、今日もまた半分以上は「プロデューサー」をさせられていた。

 試しに一着だけと試着室に入り、出てきた早見の姿を見て、時任は一瞬だけ言葉を失った。

 シンプルなのに、前よりずっと似合っている。余計な装飾がないぶん、早見自身の顔立ちや空気が際立っていた。

「どう」

「……似合う」

「その一言、前より重いな」

「意味分かんない」

「分かってるくせに」

 そう言われて、時任はそれ以上何も返せなくなった。

 ***

 夕方が近づき、駅の方へ向かおうと大きな通りへ出たときだった。

 交差点の向こうに、見覚えのある顔があった。

 私服校である自分たちにとって、休日の私服姿は何の変哲もないはずだ。けれど、学校で見慣れたあの独特の明るいオーラと、今村らしい着こなしのシルエットを、時任は見逃さなかった。

(……っ。今村だ)

 喉の奥が詰まり、足が止まりかけたその一瞬。

「こっち」

 短く、鋭い声。

 次の瞬間、時任の手首は力強く掴まれていた。

「え……」

 問う間もなく、早見が半ば強引に時任を人の流れの中へと引き込む。ショッピングエリアの喧騒の中、人と人の隙間を縫うように進む。掴まれた手首が熱い。その熱が、周囲の混雑よりもずっと切実に時任を支配した。

 少し静かな横道に入ったところで、ようやく早見が足を止めた。

「……今の、今村いた」

「見えてた。だから逃げた」

 早見の返事は短かったが、その声には微かな緊張が残っていた。

「……手」

「え」

「離して」

 早見がハッとしたように指を緩める。離れた瞬間に、そこだけ空気が冷たくなった気がした。

「……悪い。反射で」

「別に」

 全然「別に」ではない。脈拍はまだうるさいし、掴まれていた場所にだけ熱がこびりついている。

「見られたくなかったんだ」

 早見が小さく呟いた。

「今日のお前。彰人にも、他のやつにも」

 その響きには、秘密がバレるのを恐れる以上の、独占的な熱が混じっていた。

「……大げさ」

「そうかもな。でもそう思ったから」

 まっすぐに返され、時任は視線を落とすしかなかった。

 ***

 改札の前。並んで歩く間も、お互い言葉が少なかった。

「……今日は、楽しかった」

 先に口を開いたのは早見だった。

「……そう」

「時任は?」

「別に。……でも、嫌じゃなかった」

「それ、かなり上出来」

「うるさい」

 早見は少しだけ笑った。でも、その笑い方はいつになく静かだった。

「じゃあ、また」

「……内容による」

「はいはい」

 改札を抜けてからも、時任の手首にはあの熱が残っていた。

 帰宅してベッドに座ると、スマホが震えた。

『今日はありがとう。あと、さっきはごめん』

 少し迷ってから、時任は打ち込む。

『……後半はちょっと心臓に悪かった』

 送った瞬間、何を言っているんだと自嘲したが、すぐに既読がついた。

『俺も』

 その短い返信だけで、また頬が熱くなる。

 今村のこと、自分の気持ち、早見の眼差し。

 もう、ただの「普通のお出かけ」では済まなくなり始めていた。それを認めざるを得ないほどに、今日一日の記憶が鮮明すぎて、どうしようもなかった。

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