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裏アカ彼女は、クラスの地味男子  作者: あしゅ太郎


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10. 密室の余韻と、忍び寄る綻び

 観覧車のゴンドラ内は、耳が痛くなるほど静かだった。

 重厚なドアが閉まり、ゆっくりと地上を離れていく。さっきまで園内に響いていた賑やかな喧騒が遠のき、代わりに駆動系の小さな機械音だけが、やけに鮮明に鼓膜を叩く。

 向かい合って座るには近すぎて、けれど隣に詰めるほどでもない、中途半端な距離。

 琉生はふと足元に視線を落としたあと、とりとめのない様子で窓の外へ目を向けた。

 鴎もつられて外を見る。遊園地の景色が少しずつ、ジオラマのように小さくなっていく。さっき歩いた花壇も、シナモンの香りがした売店も、パステルカラーの屋根も、すべてが足元に沈んでいく。

「……すご」

 思わず零れた独り言に、隣で琉生が小さく笑った。

「今の、ちょっと素だったな」

「うるさい」

「いや、普通に可愛いと思っただけ」

「……もう、それいいってば」

 ぶっきらぼうに返しつつ、鴎は窓の外へ視線を固定した。

 逃げ場のない密室。空気の密度が、地上にいる時よりずっと濃い気がする。

「……時任」

 不意に、琉生のトーンが落ちた。ふざけた調子でも、からかう感じでもない、静かな響き。

「今日はさ。付き合ってくれてありがとな。……マジで、来てくれてよかった」

 真っ直ぐすぎる言葉に、鴎は心臓の奥がキュッと締め付けられた。

「……別に。思ってたよりは、まあ……悪くなかったし」

 口に出してから、あまりに素直すぎたと後悔する。けれど、完全に嘘にはできなかった。「楽しかった」という事実は、もう否定しようのないほど胸に居座っている。

「へえ。そっか」

 琉生の声が、さらに優しく弾んだ。

「……また、同じようなのなら。付き合ってあげなくも、ないけど」

 言い終えるなり、鴎は自分の回りくどさに呆れた。けれど、琉生はそれを正しく――あるいはそれ以上に受け取ったらしい。

「ほんとに? うれし。……じゃあ、次も期待していいんだな」

「期待しすぎ。……大げさなんだよ、あんたは」

 照れ隠しの毒舌も、今の琉生には心地よいBGMにしかならないようだった。

 ゴンドラが頂上付近に達したとき、差し込む午後の光が琉生の瞳を透き通らせる。その真っ直ぐな眼差しが自分に向けられていることに、鴎は逃げ出したくなるほどの高揚と、少しの恐怖を感じていた。

 ***

 月曜日の朝。

 校門をくぐる前から、空気の変質に気づいた。

「ねえ、早見に彼女できたってマジ?」「黒髪の清楚系らしいよ」「遊園地で目撃談あったって」

 廊下でも教室でも、断片的な噂が耳に飛び込んでくる。

 鴎は席についても、シャーペンを持つ指先が冷たくなるのを感じていた。

(黒髪の清楚系彼女。……まさか、俺だなんて誰も思わないはずだけど)

 バレてはいない。けれど、そのワードが出るたびに、内臓がせり上がるような緊張感に襲われる。

 一方で、当の琉生はといえば。

 朝から周囲に「彼女いんの?」と冷やかされても、否定も肯定もせずに、ただ口元に微かな笑みを浮かべて受け流している。その余裕が、鴎にはたまらなく不可解で、そして――少しだけ、癪だった。

 ***

 午後の掃除時間。担当は校舎裏の庭掃除。

 担当表に並んだ「早見・時任」の文字を見て、鴎は運命を呪いたくなった。

 案の定、植え込みの影には二人きり。

「うまくいったな、作戦」

 琉生がほうきを動かしながら、楽しげに声を潜める。

「……まあ、噂はちゃんと回ってるみたいだけど」

「お前のコーディネートのおかげだよ。最近、服考えるのも、選んでもらうのも……マジで前よりずっと楽しいし」

「……楽しい、って」

「うん。本音」

 また、それだ。

 さらりと言ってのけるくせに、目は笑っていない。本気なんだと、無言で訴えかけてくる。

 鴎が返事に詰まった、その瞬間。

 ゴミ捨て場の方から、乾いた足音が聞こえた。

 そこには、ゴミ袋を両手に下げた今村彰人が立っていた。彼は一瞬、こちらを見て首を傾げ、そのまま無言で立ち去った。

 だが、その耳には確かに「コーディネート」という単語が残っていた。

 ***

 翌日。選択授業への移動中、廊下のロッカー前で彰人に呼び止められた。

「時任。……時任ってさ、琉生と仲良いの?」

 心臓がドクリと跳ねた。

「……別に」

「えー、でも。琉生の服、時任が見てるんでしょ?」

 鴎の手が、ロッカーの扉にかけたまま止まった。

「……どこで、そんな話聞いたの」

 自分でも驚くほど、声が低く、鋭くなる。

「いや、なんとなく! 最近の琉生、めっちゃ垢抜けたし。時任がアドバイスしてるなら、俺も頼みたいなーと思ってさ」

 彰人はいつもの軽いノリで笑っている。けれど、その目がどこまで見透かしているのか、鴎には判断がつかなかった。

「……無理。そんなの、してないから」

「え、でも琉生は?」

「知らない。本人に聞けば」

 逃げるようにロッカーを閉め、早足で歩き出す。背後から「ごめん、変なこと聞いた?」という彰人の声が追いかけてくるが、振り返る余裕なんて一ミリもなかった。

(バレた……? どこまで? あの掃除の時の会話か?)

 疑心暗鬼が頭の中を支配する。

 教室へ向かう人混みの中で、無意識に琉生の姿を探した。

 見つけた瞬間、ほんの少しだけ安堵した自分に気づき、さらに自己嫌悪が募る。

 凪いでいた日常が、少しずつ、けれど確実に歪み始めていた。

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