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レモンの花言葉を知っているか?

作者: 紅葉
掲載日:2026/02/23

「彼氏さんも、良かったらどうぞ」

その一言で、彼女と友達をやめる決意をした。


バレンタイン。キリスト教への祝いが、大切な人に愛や感謝を伝える日へと以降。愛する人へチョコを贈る祭典が、いつの間にか他人ではなく、自分へのご褒美チョコを買う祭典に変容したのはいつからだろうか。

学生時代は好きな子や、気になる子からチョコを貰えるかで、ソワソワする一日だった。例え義理であろうとも、貰えたらお礼と称してデートに誘う口実を作ることだってできた。できたのだが、近頃はチョコを贈る文化が廃れつつある。貰っても、明らかに義理です。と言わんばかりの渡し方。興味ありません、好意は抱いてません、友達の一人です。等々。

男がドキドキする祭典は、過去の産物となっていた。バレンタインなんて、告白する切っ掛けに大きく貢献していたというのに、だ。

誰だ、ご褒美チョコなんて文化を作ったのは。お陰で、友達という枠から脱出することができない。だが、大がかりな催事があるから救われている部分もある。複雑な気持ち、憂鬱な気持ちに揺れる。今がまさに、その時間。憂鬱、だけでも嬉しいという感情がせめぎ合っていた。


一月下旬から二月十四日。毎年、この時期の週末は予定を入れずに空けている。友達に誘われようが、ノー一択。この時期だけのイベントに参加するために、空白の日を作っておく必要があるのだ。

イベント、それはバレンタインフェア。日本だけでなく海外のチョコ専門店が集まる祭典。この祭典に付き添い、もとい荷物持ちとして同行するためである。

単なる荷物持ちではない。好きな子と行動を共にする貴重な一日。大学在学中から、ずっと彼女の荷物持ちとして足を運んでいた。

別に甘いものは、そこまで好きじゃない。たまに食べるくらいで十分。だけども、好きな子に誘われれば別。

一年に一度の楽しみに、浮き足立つ彼女を盗み見る。百貨店の催事コーナーの入り口。付箋が大量に貼られたパンフレットを片手に、彼女は頬を緩めていた。

十階丸々貸し切った、大規模な催し。今年は二月前に来たからか、人で溢れ返ってはいなかった。

「で、どこから回るの?」

「今年は、端から順繰りに回りたいかな」

「了解」

今年は、と言うが毎年順繰り。一周では飽き足らず、二周三周。今回もその流れだろう。彼女の手にある付箋付きのパンフレットは、役割を果たせそうにない。

「今回の予算はいくら?」

「ふふっ。今年はなんと、五万円」

「去年より増えてねえ?」

「チョコ貯金の額を増やしたから。なんと、毎月二千円から四千円」

「倍じゃねえか」

チョコ専用の二つ折り財布を鞄からチラ見。そして、胸を張る彼女に小さく突っ込む。突っ込むが、彼女の耳からは素通り。会話に集中、ではなくチョコ売り場に夢中のようだ。寂しさを感じつつも、大人しく引き下がる。

今日一日は、荷物持ち。荷物持ち、荷物持ち。自分に言い聞かせるが、感情というものは厄介。

会場に漂う甘い匂いが、甘美を誘う。チョコには媚薬の効果もあるとか。右手に拳を作って、強く握り込む。爪が食い込んで、痛みで理性を保つ。

一人格闘する間、彼女はふらりと離れていく。気になるチョコでもあったのだろう。店のショーケース前で、物色。

チョコを目利きする彼女の二歩後ろで、待つ。待つこと数分、彼女が買い物を終えて戻ってきた。

「これ、お願い!」

「ん。何買ったの?」

「しっとりサブレのチョコかけ。今年限定なんだって」

「へえ」

「限定って言われると、買っちゃうよね。値段も安かったし」

「安いって、いくらだよ?」

「えっと、九枚入りで千五百円」

「……安い、のか?」

九枚で千五百円。一枚約百七十円のサブレ。ブランドのロゴが描かれた紙袋の中を覗く。丸形の円柱に入った黒いサブレ。見目だけでは、美味しそうとは思えない。まあ、甘い物好きには魅力的に映るのだろう。

「あ、次はあそこ!あそこのトリュフは絶対に買わないと」

「はいはい」

彼女に促され、紙袋を左手に持つ。五万円分のチョコ、紙袋は幾つになるのだろうか。荷物持ちを全うするため、彼女を追い掛けた。


チョコサブレ、トリュフ、生チョコ。あとは、なんだ。パケが可愛いからといって、チョコではなく缶を目当てに買ったとか。

缶が嵩張って、重さの比重が上がる。チョコだけでも重厚だというのに、缶の重さも追加。紙袋が敗れるのではないだろうか。

右手、左手と塞がれてしまった。これは確かに、女性一人では大変だろう。荷物を持ってくれる人間が必要になるのも頷ける。

百貨店オリジナルの紙袋を両手に抱えるが、まだ終わらないらしい。時刻は昼時。ランチのため、人も一時的だが減りつつあった。減りつつあるが、買い物を続ける者もまだいる。その内の一人が彼女。

「なあ、まだ買うの?」

「うん、まだ足りない」

「昼食べてからでもいいんじゃないか?」

「う~ん、でも今なら人少ないから。あ、あそこ行ってみる」

「……」

最奥の壁側にあるショップが気になったらしい。小走りで去る彼女の背を追う。ショーケースの前で吟味する彼女の後ろ。ではなく隣に立った。

彼女以外誰も客はおらず。なら隣に立ってもいいだろうと思ったのだ。彼女と同じく、ケースを覗く。

一口サイズの真四角チョコが並んでいた。ピスタチオ、オレンジピール、イチジク。色は茶色一色だが、味は異なるらしい。

これは、悩むのも理解できる。彼女が店員と話していた。味の特徴だとか、人気の商品はどれだとか。事細かく説明を受けていた。

「こちら、試食してみますか?」

「お願いします!」

「彼氏さんも、良かったらどうぞ」

「あ、彼氏じゃ」

「ありがとうございます」

彼氏じゃない。彼女が否定する前に、言葉を被せた。同時に、男として見られていなかったのかと落胆。落胆するも、挽回の機会は巡ってくる。

試食のチョコは、彼女に渡されていた。それも二人分。紙袋で手が塞がっていると、店員が気を利かせてくれたのだろう。

爪楊枝二本が彼女の右手に握られていた。どちらかの荷物を手放せばいいのだろう。だが、手放せなかった。

きっと、チョコの香りに煽られてしまったのだ。きっと、男として意識してほしくて体が勝手に動いていたのだ。右半身を傾けて、彼女の手元にかぶりつく。

「ま、待って!」

「……」

手元、ではなく手にあるチョコへと吸い寄せられた。距離を縮めて、チョコを一口。酸味が口の中に広がっていく。この味は、レモンだろうか。

「これ、美味しいですね。レモン、ですか?」

「っ。はい、そちらはレモンの果汁を使用しています」

目の前で繰り広げられた甘い空気に当てられたのか。店員の目が泳いでいた。声が震えていたのが証拠。気恥ずかしさを持ちつつも、仕事には忠実らしい。戸惑いつつも質問に答えてくれた。

レモン、か。果物を扱っているなら、使えるかもしれない。顔を俯かせる彼女を一瞥。声は掛けず、店員と話を続ける。

「すみません。今の一つお願いします」

「はい。三個入りと五個入りがありますが、どちらにしましょうか?」

「じゃあ、五個入りで」

「かしこまりました」

試食したチョコを購入。左手に紙袋を二つ纏めて持つ。空いた左手で受け取り、手首に掛けた。そのまま、彼女の手首を掴んで店前から離れる。

「ま、待って!」

「待たない」

催事場から、離れて入り口まで戻った。荷物を整理するスペースで、足を止める。彼女の手も離した。

「ねえ、さっきの何?」

「これ、やるよ」

「やるって、さっき買ったやつ?」

彼女の問いかけを無視して、紙袋を手渡す。先ほど、買ったばかりのレモンのチョコをだ。未だに頬を薄らと赤い彼女。少しは意識してくれたのだろうか。

いや、まだ駄目だ。まだ、友達の枠のままだろう。ここまできてしまったのだ。行動にだって移してしまったのだ。もう後には引けない。

「知ってるか、レモンの花言葉?」

「花言葉?」

「誠実な愛」

「誠実な愛……っ!?」

彼女の耳元で囁く。オウム返ししたと思えば、紅色から真っ赤に肌が染まっていた。これは、期待してもいいだろうか。恥ずかしがる彼女が初さを纏わせていて可愛い。心の奥底で眠っていた意地悪心が芽生える。

「それと、俺はずっとデートのつもりでいたから」

「で、デート!?」

はっきりと断言すれば、彼女の火照りは頂点に達したのか。首まで赤く染まる。友人として見ていなければ、ここまで動揺はしないだろう。

あと一手、攻め込めば落ちてくれるかもしれない。口角を上げて、彼女との距離を詰めた。答えが返ってくるまで、あと数分。


※本作はNolaにも掲載しています。

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