第18話「崩壊の連鎖」
六本木ヒルズ陥落の報は、日本国内だけでなく世界中を駆け巡った。
巨大蟻のダンジョンだけでも前代未聞だったのに、そこに「吸血鬼」「ワーウルフ」が加わった。先進国の首都のど真ん中で、54階建ての超高層ビルが一夜にして異形の者たちに占拠された。SAT——日本警察の最精鋭——が壊滅した。負傷した人間が30分で徘徊者になる感染症が確認された。
各国は動いた。
アメリカ合衆国。ホワイトハウス。
大統領執務室のモニターには、六本木ヒルズの空撮映像が映し出されていた。自衛隊の装甲車が封鎖線を形成し、ビルの窓からは時折——人間ではない人影が覗いている。
国家安全保障補佐官が報告書を読み上げた。
「日本政府からの情報および在日米軍の独自情報を総合すると、敵性存在は大きく3種類です」
「第一に、人型の存在。SAT隊員の証言および制圧直前に送信された無線記録と、占拠勢力からの声明と合わせて『吸血鬼』と表現されています。推定ですが、人間を大幅に上回る身体能力に加え、霧状に変化して銃弾をすり抜ける能力。人間を自らの同種に転化する能力を持つ可能性があります」
「第二に、獣型の存在。体高2メートル超、散弾銃の直撃を受けても数十秒で再生する。SAT隊長はこれを『ワーウルフ』と表現しています」
「第三に、感染者。日本政府の公式呼称は『徘徊者』、ネット上では『グール』と呼ばれています。噛まれた人間が30分以内に意識を失い、攻撃的な状態に変異する。頭部を破壊する以外に停止手段がありません」
大統領が深刻な表情で尋ねた。
「感染症としての危険性は」
「極めて高い。ただし一つだけ幸いな点があります。潜伏期間がない。感染から発症まで30分以内のため、感染者が空港を通過して他国に拡散する可能性は低い。CDCもこの点については同意しています」
「空気感染は?」
「ありません。体液の直接接触——具体的には噛みつきによる唾液の侵入——でのみ感染します。飛沫感染、接触感染は現時点で確認されていない。エボラに近い伝播様式ですが、潜伏期間が極端に短い」
「……それだけが救いか」
「国務省はレベル4の渡航中止勧告を発令しました。在日米国人の退避も進めています。羽田・成田の出発便は全便満席が続いている状態です」
「日本からの軍事支援要請は」
「正式な要請はまだありません。日本政府は国内問題として処理したい意向です。ただし——在日米軍が独自に情報収集を開始しています。横田基地では特殊部隊が待機態勢に入っています」
大統領が首を振った。
「勝手に動くなと伝えろ。日本の主権に関わる問題だ。要請がない限り、我々は動かない。——ただし、状況が東京の外に拡大した場合のプランBは策定しておけ」
「了解しました」
「それからCIA、NSAの情報収集は強化する。特に——ダンジョンから出てくるアーティファクトの技術分析だ。在日米軍経由でサンプルを確保できないか」
補佐官が頷いた。
「既に横田基地の情報分析チームが動いています」
国連安全保障理事会。ニューヨーク。緊急会合。
日本の国連大使が、安保理の円卓で状況を説明していた。
「現在、東京都内で確認されている脅威は以下の通りです。第一に、ダンジョン。出入口は都内23区で50箇所以上に増加しています。第二に、六本木ヒルズの占拠。未確認生物による支配が継続中です。第三に、徘徊者感染症。感染者は推定500名以上です」
アメリカ代表が質問した。
「日本政府は、これらの脅威に対処できるのか」
「……最善を尽くしています」
「それは、『できない』という意味か」
日本大使が言葉を詰まらせた。
ロシア代表が発言した。
「ならば国際社会の支援が必要だろう。我が国は特殊部隊を派遣する用意がある」
中国代表が続いた。
「我が国も支援を申し出る。ただし、条件がある」
「条件?」
「ダンジョンから回収されたアーティファクトのサンプル提供だ。未知の現象に対処するには、国際的な研究協力が不可欠だろう」
会議室がざわめいた。人道支援の名の下に、アーティファクトという前例のない技術を手に入れようとする思惑が透けている。
フランス代表が発言した。
「東京から避難した自国民の証言によると、ダンジョン由来の物品は既にインターネット上で個人間取引されている。国際的な規制枠組みを早急に構築する必要がある」
「規制より先にサンプル分析だ。何を規制すべきかすら分かっていない」
日本大使が苦渋の表情で答えた。
「……本国と協議の上、検討いたします」
安保理は結論を出せなかった。議場では各国の利害が交錯し、議論が堂々巡りを始めていた。その間にも——東京では事態が刻一刻と悪化していた。
首相官邸。拡大閣僚会議。
六本木ヒルズ陥落から2日後。総理大臣、全閣僚、統合幕僚長、警察庁長官が集まっていた。
防衛大臣が報告した。
「六本木ヒルズ奪還作戦の立案に着手しました。作戦名は『オペレーション・サンライズ』。SATの戦闘記録と、制圧直前に第2班通信担当が送信した無線の断片情報を基に、敵の弱点を分析しています」
「具体的に何が分かっている」
「獣型の敵——報道ではワーウルフと呼ばれている個体——は、散弾銃の損傷を数十秒で修復する再生能力を持ちます。ただし深夜に活動が集中しており、日中の行動は確認されていない。日光が弱点である可能性があります」
「人型の敵は」
「無線記録の『弾が効かない、霧に——』という断片のみです。霧化能力を持つことは、ほぼ確実と思われますが、その他の能力は不明。占拠時に建物内にいた人間の一部が意識を保ったまま敵側に転化した可能性が高く、外部の監視カメラにSATの装備を着けたまま歩く人影が映っています」
統合幕僚長が口を開いた。
「率直に申し上げます。現有戦力でこの敵に勝てる保証はない」
会議室の空気が張りつめた。
「SATは9mm弾と散弾を使用し、失敗しました。我々の89式は5.56mm。口径が上がっても、再生する相手に銃火器が有効かは未知数です。火炎放射器は有力な選択肢ですが、54階建ての閉所で使用すれば排煙と酸素消費の問題が発生する。突入隊員自身が窒息するリスクがあります」
「では、どうすると」
「日中強襲という基本方針は支持します。ただし突入規模を段階的に投入する方式に変更し、初動50名で低層階を確保、情報を取得してから本隊を投入する方が現実的です。一度に300名を送り込んで全滅すれば——陸自の特殊作戦能力は壊滅します」
厚生労働大臣が割り込んだ。
「待ってください。奪還作戦よりも、徘徊者感染症の対策が先決です。感染者は既に500名を超えています。六本木ヒルズから流出した徘徊者が都内各地で目撃されており、二次感染が拡大しています。昨日だけで港区と渋谷区で新規感染が14件報告されました」
総理大臣が手を上げて制止した。
「両方だ。同時に対処する」
「ですがリソースが——」
「足りないなら増やせ。予備費を全額投入する」
財務大臣の顔色が変わった。
「総理、予備費は5,000億円です。それを全額——」
「国家存亡の危機だ。金の問題じゃない」
会議室が静まった。
「防衛大臣、作戦の骨子を」
スクリーンに作戦概要が表示された。
【オペレーション・サンライズ(立案中)】
第1段階:包囲と孤立化
・六本木ヒルズ周辺を完全封鎖(既に実施済み)
・電力、水道、ガスを遮断
・敵の移動を24時間監視(陸自偵察ドローン、警視庁ヘリ)
第2段階:日中強襲
・敵の日光への脆弱性を利用し、日中に突入
・陸上自衛隊特殊作戦群を段階投入(初動50名→本隊250名)
・89式小銃、12.7mm重機関銃、84mm無反動砲を使用
・火炎放射器を特別配備(再生能力への対策)
・閉所での火炎使用に備え、酸素ボンベ装備
第3段階:階層制圧
・地下から上層階へ順次制圧
・徘徊者は頭部への射撃で無力化
・霧化する敵には重火器と火炎放射器で対処
・建物内の生存者救出を並行して実施
警察庁長官が疑問を呈した。
「日光に弱い、というのは仮説ですね。確証はあるのですか」
「確証はありません。しかし敵の活動が深夜に集中しており、日中の行動は確認されていない。少なくとも、夜間よりは我々に有利と判断しました」
「火炎放射器でワーウルフを倒せるという根拠は」
「再生能力は、散弾で組織を破壊しても修復されるレベルです。組織が残っている限り再生が可能なら、組織そのものを焼却すれば再生できないだろうという推論です」
「それも仮説ですか」
「はい」
重苦しい沈黙が落ちた。
総理大臣が口を開いた。
「他に方法があるか」
誰も答えなかった。
「ならばやるしかない。装備の準備、部隊の配置、周辺住民の追加避難を急げ。実施日は追って指示する」
「了解しました」
同日。厚生労働省。緊急記者会見。
カメラのフラッシュが会見場を満たす中、厚生労働大臣が壇上に立った。
「本日、政府は『徘徊者感染症対策特別措置法』を閣議決定しました。この法律により、以下の措置を講じます」
「第一に、徘徊者化した個体の強制隔離および無力化措置の法的根拠を整備します」
「第二に、感染が確認された地域への立入を制限します」
「第三に、徘徊者の目撃情報の報告を義務化します」
「第四に、徘徊者対処の専門部隊を警察および自衛隊内に設置します」
記者が手を挙げた。
「感染者の人権は、どのように扱われるのですか」
「徘徊者化した個体は、現在の医学的知見では人格と意識を完全に喪失しています。脳波測定では、高次脳機能の停止が確認されています」
「つまり脳死と同等の状態であると」
「医学的にはそう判断しています。ただし——通常の脳死と異なり、身体は運動を継続しており、さらに他者を攻撃する行動が見られます。この状態は既存の医学・法学の枠組みでは対処できないため、新たな法的カテゴリとして特措法で定義しました」
「それは事実上の殺処分ではありませんか」
「『無力化措置』です。頭部を物理的に破壊することで機能を停止させます。これは——既に死亡している個体の運動機能を停止させる処置です」
「頭部を破壊する以外の方法は検討されないのですか。捕獲して隔離する選択肢は」
「隔離は実施しています。しかし隔離には物理的な拘束が必要で、施設が不足しています。東京都内の既存施設では収容可能人数は200名程度。感染者は既に500名を超えており、毎日増加しています。また、隔離状態の徘徊者が回復した事例は一件もありません」
会見場がざわめいた。法的にも倫理的にも前例のない判断。だが——噛まれれば30分で同じ状態になる感染症が拡大している以上、他に方法がなかった。
「なお——ネット上では徘徊者を『グール』と呼ぶ表現が広まっていますが、政府の公式呼称は引き続き『徘徊者』です」
社会の混乱は、六本木ヒルズの問題だけに留まらなかった。
ダンジョンの問題は、吸血鬼の出現とは無関係に——独自のペースで拡大し続けていた。
六本木ヒルズ陥落の翌日の深夜。
真央は、再びダンジョンへと向かっていた。
六本木ヒルズのニュースは見た。SAT壊滅のニュースも。社会が恐怖に震えていることも、政府が対策に追われていることも、スマホの画面の向こうの出来事でしかない。
それよりも——ダンジョンに新しい魔道具を入れたら、蟻がどんなコピーを作るのか。そっちの方が気になった。
バッグの中には、ホームセンターとスポーツ用品店で買い揃えたアイテムが入っている。金属製のシールド。工事用ヘルメット。アルミ製の金属バット。キャンプ用のシースナイフ。登山用ロープ。
すべてに自分の血を垂らし、魔道具化済みだ。
ダンジョンの出入口——今回は渋谷の廃ビル地下から入った。複数の出入口が発見されたおかげで、選択肢が増えている。
地上の出入口付近は様変わりしていた。廃ビルの入口にテントを張って寝泊まりしている者たちがいる。ダンジョンに潜る順番待ちだ。懐中電灯、ヘルメット、金属バット——ホームセンターで買った装備を抱えた若い男女が、寒さの中で出番を待っている。自販機で買った缶コーヒーを握りしめた男が壁にもたれ、スマホで掲示板を読んでいた。
真央はその横をすり抜けてダンジョンに入った。彼らは真央に注意を払わなかった。一人で潜る冒険者は珍しくない。
巣の内部は、前回来た時よりさらに拡張されていた。通路が広くなり、分岐が増え、宝箱の数も増えている。冒険者が通った痕跡——チョークの印、落としたライト、空のペットボトル、血のついた包帯——があちこちに見られた。壁面に「右は行き止まり」とスプレーで書かれた落書き。冒険者たちが独自に地図を作り始めている証拠だ。
だが真央が通る道では、蟻たちが道を開ける。
地下30メートル付近の宝物庫に到達した。前回置いた魔道具はすべて消えている。女王蟻のもとに運ばれたのだろう。
真央は新しい魔道具を一つずつ丁寧に配置した。盾。ヘルメット。バット。ナイフ。ロープ。
「よし。完了」
真央は満足そうに頷き、地上へと戻った。
地下100メートル。女王蟻の間。
血のネットワークが震えた。
新たな概念が流れ込んでくる。防御の概念——盾。頭部を守る概念——ヘルメット。打撃の概念——バット。切断の概念——ナイフ。結ぶ・繋ぐ・降りるの概念——ロープ。
これまで女王蟻が受け取った概念は、筆記・切断・治癒・鎮静・健康・射撃・強化・鑑定だった。今回、そこに防御・保護・打撃・切断(より本格的な)・結索が加わる。
女王蟻は理解した。
血の主が、また新しいものを置いた。
ならば——作らなければ。
濃密なフェロモンが部屋中に満ちた。働き蟻たちが新たな魔道具を女王蟻の前に運んできた。女王蟻はそれらを咀嚼する。金属の盾を顎で噛み砕き、プラスチックのヘルメットを飲み込み、バット、ナイフ、ロープ——すべてを体内に取り込んだ。
腹部が膨張する。内部で何かが組み替えられていく。
産卵管が震えた。
銀色の卵が、一つ、また一つと産み落とされていく。
今回は150個。前回の100個を大幅に上回る。
スミス・アントの第三世代。彼らは既存の8種に加えて、新たに5種のアーティファクトを生成できる。合計13種。ダンジョン内の宝箱に並ぶアイテムの多様性は、さらに跳ね上がる。
翌日。
ダンジョンに潜った冒険者が、新たなアーティファクトを発見した。
宝箱の中に金属製の盾が入っていた。直径60センチほどのシールド。見た目はホームセンターで売っている安物の盾に似ているが——持った瞬間に違いが分かった。異様に軽い。片手で楽に保持できる。冒険者は試しに壁に叩きつけてみた。盾は無傷。壁の方が凹んだ。
だがこの盾の真価は別にあった。
地下15メートルで兵隊蟻と遭遇した別の冒険者が、咄嗟にこの盾を構えた。体長40センチの兵隊蟻が大顎を振り下ろした——盾の表面に激突し、金属が鳴る。衝撃がくるはずだった。40キロ以上の蟻が全力で叩きつける打撃。腕が痺れ、後方に吹き飛ばされるはずだった。
だが——何も感じなかった。
衝撃が——半分以下になっていた。腕に伝わる力が、本来あるべき量の半分もない。40キロの蟻が全力で叩きつけた打撃を、踏ん張りもせずに受け止めている。盾の表面が衝撃の大半を吸い込んだ。
冒険者は目を見開いた。
兵隊蟻がもう一撃、大顎を叩きつける。盾が低く震えた。腕に鈍い衝撃が来る——が、普通の金属盾で受けた場合の半分以下だ。痺れもない。後ずさりもしない。この盾は——受けた力を大幅に殺す。
「何だこれ……」
その動画がSNSに投稿されるまで、20分もかからなかった。
別の冒険者は、金属バットを発見した。振ってみると空気を切る音が普通のバットとは明らかに違う。低く、鋭い風切り音。コンクリートの壁を試しに殴ったら、壁にヒビが入った。バットは無傷。
ヘルメットもあった。被ると頭が軽くなったように感じる。天井の低い通路で頭をぶつけても、衝撃が完全に吸収される。
キャンプナイフのようなナイフも出た。刃を岩肌に当ててみると——バターを切るように岩が裂けた。
ロープも発見された。見た目は普通の登山用ロープだが、どれだけ引っ張っても切れない。そしてポーチに収まるほどコンパクトに丸まるのに、伸ばすと50メートル以上の長さがある。
SNSと掲示板が再び沸騰した。
@dungeon_explorer_55
新アーティファクト発見。盾が出た。
蟻の攻撃受けても衝撃が半分以下。腕が痺れない。
#東京ダンジョン #アーティファクト
@shield_tester_001
鉄壁の盾の検証動画投稿した。15kg鉄球落下テスト。
ガラス板の上に盾を載せてその上から鉄球を落とす。
盾の下のガラス板、ヒビは入ったが割れなかった。
通常の金属板なら粉々になる衝撃。衝撃の大半が盾に吸収されてる。
掲示板では、冒険者コミュニティが独自にアーティファクトの格付けを行っていた。鑑定の鏡はダンジョン内でのみ品質スコアを表示する——0から100の数値で、高いほど高品質だ。だが鑑定の鏡を持っている冒険者はまだ少なく、大半は実際の使用感と複数のアイテムの比較テストを積み重ね、独自のランクシステムを構築していた。Eが最低、Aが最高。主観と議論の産物だが、コミュニティ内ではかなりの精度で合意が形成されている。
東京ダンジョン攻略スレ Part 48 ——新アーティファクト格付け
456:名無しの冒険者
新アーティファクト情報まとめ(格付けは暫定。使用感+鑑定の鏡で確認できた奴は品質スコアも記載)
【防具系・新】
・鉄壁の盾(A相当・品質スコア55前後):ダイヤモンド以上の硬度。受けた衝撃の大半を盾が吸収する。蟻のフルスイングを受けても腕が痺れない。盾役の概念が変わる。
・守護のヘルメット(B相当・品質スコア40前後):頭部への衝撃を大幅に緩和。落石事故対策に最適。
【武器系・新】
・破壊のバット(B相当・品質スコア35前後):打撃力が異常。コンクリにヒビが入る。蟻の外骨格も砕ける。
・切断のナイフ(C相当・品質スコア25前後):岩を切れる切れ味。刃こぼれしない。
【道具系・新】
・無限のロープ(C相当・品質スコア20前後):コンパクトなのに50m以上。通常の刃物では切れない。深層探索に必須。
478:名無しの冒険者
>>456
盾がA格付けは高くね? 守護のヘルメットがBなのに。
501:名無しの冒険者
>>478
妥当。検証動画見ろ。衝撃の半分以上が消えてる。
あれがあれば盾役一人で前衛が成立する。
今まではみんな攻撃を避けることしか考えてなかったが
この盾は「受ける」という選択肢を作った。タンク戦術が可能になる。
品質の高い個体なら衝撃軽減率がさらに上がるって話もある。
523:名無しの冒険者
フリマアプリで3,000万円で出品されてるぞ。
545:名無しの冒険者
>>523
安いくらいだ。命の値段考えたら。
鉄壁の盾+守護のヘルメットのセットで
浅層ならほぼ死なない構成が組める。
567:名無しの冒険者
問題はこれらの武器が一般人にも流通してることだ。
破壊のバット持った強盗とか、シャレにならん。
589:名無しの冒険者
>>567
もう出てるぞ。昨日のニュースでアーティファクト使ったコンビニ強盗が報道されてた。
612:名無しの冒険者
政府の規制は?
634:名無しの冒険者
>>612
追いつかない。アーティファクト買取センターの買取価格が市場の4分の1だから、
誰も政府に売らない。結局フリマか闇市場に流れる。
アーティファクトの治安への影響は、既に現実のものとなっていた。
深夜2時。都内のコンビニ。
黒いマスクとフードで顔を隠した男が、金属バットを持って入ってきた。見た目は普通のバットだが——それはアーティファクトの「破壊のバット」だった。
「金を出せ」
店員が動くのが遅いと見るや、男はバットを振り下ろした。レジカウンターが粉砕された。木製のカウンターが段ボール箱のように砕け散り、破片が3メートル先まで飛んだ。POSレジの画面が爆ぜ、基盤が露出した。通常の金属バットではあり得ない破壊力。
店員が悲鳴を上げ、急いで現金を渡した。男は逃走した。
通報を受けて到着した警察官2名が、破壊されたカウンターを見て顔を見合わせた。
「これ……バットで?」
「防犯カメラの映像確認しましょう」
映像を巻き戻す。金属バットの一撃でレジカウンターが粉砕される瞬間が映っていた。
「アーティファクトか——」
年配の警察官が呟いた。
「対処法、何かあるんですか」
若い方の警察官が聞いた。
「ない。我々の装備は拳銃と警棒だ。アーティファクトの盾を持った犯人に、拳銃が通用するかすら分からん」
同様の事件が、この1週間で都内だけで30件以上報告されていた。警視庁はアーティファクト犯罪の専門チームの設置を検討し始めたが、そもそもアーティファクトを理解している人材が警察内にほとんどいなかった。
新宿区の雑居ビル地下。
薄暗い部屋に10名ほどの男たちが集まっている。テーブルの上にアーティファクトが並べられていた。魔剣包丁5本。破壊のバット3本。切断のナイフ7本。魔弾銃2丁。
組織のリーダー——元半グレの30代——が口を開いた。
「今週の入荷分だ。値段は——」
魔剣包丁200万円。破壊のバット500万円。切断のナイフ300万円。魔弾銃1000万円。
「魔弾銃、高すぎじゃないか」
「見た目はおもちゃのエアガンだが、BB弾で鉄板に穴を開ける。しかも弾が若干追尾する。発砲音はほぼゼロ、反動もない、弾はそこらで売ってるBB弾。銃刀法の規制対象外だ。むしろ安いくらいだ」
「買い手は?」
「いくらでもいる。半グレ、詐欺グループ、海外マフィア——つい先週、東南アジアのシンジケートから100丁の注文が来た。もちろんそんな数は確保できないが、需要は青天井だ」
リーダーの隣に座った男——ブローカー——が補足した。
「中国系のバイヤーも動き始めてる。香港経由で本土に流すルートを構築中だと。包丁やバットなら税関も引っかからない。見た目は普通の金属製品だ。X線で見ても何も分からん」
「つまり——国際市場が開くということか」
「そういうことだ。国内の闇市場なんて序の口になる。アーティファクトは21世紀の新しい武器だ。世界中が欲しがる」
「政府の規制は?」
「追いついてない。アーティファクトは既存の法律のどのカテゴリにも該当しない。銃でもない、刀でもない、爆発物でもない。法整備が間に合ってないうちが稼ぎ時だ」
男たちが笑った。
だが彼らは知らなかった。このビルの外で、公安警察が張り込んでいることを。
警視庁。公安部の捜査会議室。
スクリーンには密売組織の監視映像が映されている。
公安部長が指示を出した。
「明日、一斉摘発する。アーティファクト密売の実態を白日の下に晒す。3組織同時だ。新宿、池袋、川崎」
「了解しました。——ですが部長、一つ懸念があります」
「何だ」
「摘発対象の組織が、アーティファクトの武器で武装している可能性があります。通常の防弾ベストで魔弾銃の弾を止められるか——検証されていません」
部長の表情が険しくなった。
「……検証している余裕がない。突入班には防弾盾を二重に持たせろ。それと——フリーマーケットで出品されている鉄壁の盾を確保できないか当たれ。押収品でもいい」
これは氷山の一角だ。アーティファクト密売に関与する組織は、都内だけで50以上。全国では200を超えると推定されている。すべてを摘発するのは不可能だ。
「……間に合うのか」
誰も答えなかった。
冒険者制度の破綻も、深刻化していた。
区役所に臨時設置された冒険者登録センター。窓口には長蛇の列——500名以上が並んでいるが、対応できる職員はわずか5名。朝8時半の開庁前から並ぶ者もいる。列は建物の外まで続き、歩道を塞いでいた。近隣住民から「通行の邪魔だ」という苦情が区役所に殺到しているが、対処する余裕がない。
「冒険者登録をお願いします」
「身分証明書を拝見します。——24歳、年齢要件はクリアしています。次に適性試験を受けていただきますが、次の試験日は——2ヶ月後です」
「2ヶ月?」
「希望者が殺到しており、試験会場の確保が追いつかない状況です。申し訳ありません」
「じゃあそれまでダンジョンに潜れないってことですか」
「無許可での侵入は違法となっています」
若い男が舌打ちして窓口を離れた。だがその目には明確な意思がある。違法でも潜る、と。
窓口の職員は目を伏せた。今日だけで同じやり取りを40回以上繰り返している。そしてこの窓口を離れた人間の大半が、その足でダンジョンに向かうことを知っている。止める術がない。
実際、圧倒的多数の冒険者が無許可で活動していた。
東京ダンジョン攻略スレ Part 52 ——冒険者制度崩壊
567:名無しの冒険者
国家公認冒険者とかマジで意味ない。登録に2ヶ月待ちとか何の冗談だ。
589:名無しの冒険者
もう無許可で潜ってるわ。出入口50箇所以上あるのに全部監視できるわけない。
612:名無しの冒険者
>>589
捕まるぞ。
634:名無しの冒険者
捕まらないって。警察は六本木ヒルズと徘徊者対策で手一杯。
ダンジョンの無許可侵入なんて取り締まる余裕ない。
656:名無しの冒険者
実態はこうだろ。
国家公認冒険者:推定2,000名
無許可冒険者:推定20,000名
678:名無しの冒険者
>>656
10倍かよ。もう制度が完全に破綻してるじゃん。
701:名無しの冒険者
そもそもダンジョン管理庁がまだ発足してないだろ。
特別対策法は通ったけど実施体制の構築が間に合ってない。
法律だけ作って中身が空っぽ。
経済産業省のアーティファクト買取センターも、機能不全に陥っていた。
原因は単純だった。政府の買取価格が、市場価格と乖離しすぎているのだ。
魔剣包丁は政府50万円に対し市場200万円。破壊のバットは政府200万円に対し市場800万円。鉄壁の盾は政府500万円に対し市場3,000万円。
4倍から6倍の価格差がある。冒険者が政府に売る理由がない。アーティファクトはフリマアプリか、より高値がつく闇市場に流れた。
経済産業大臣が頭を抱えた。
「市場価格で買い取れば国家財政が破綻する。だが現行の価格では誰も売ってくれない。この状態ではアーティファクトの流通管理は不可能です」
八方塞がりだった。
朝のニュース。テレビ各局が一斉に報道する。
『徘徊者感染者、推定1,000名突破。都内各地で目撃情報が急増』
『アーティファクト密売組織を摘発。しかし「氷山の一角」と公安当局』
『無許可冒険者、推定2万人超。国家公認冒険者制度、事実上の破綻』
『政府のアーティファクト買取制度、機能せず。市場価格との乖離が原因』
『六本木ヒルズ奪還作戦「オペレーション・サンライズ」、近日中に決行か』
『国連安保理、日本の危機について緊急討議。各国が支援と引き換えにアーティファクト提供を要求』
日本社会は、複数の危機に同時に包囲されていた。
ダンジョンの拡大は止まらない。50箇所以上の出入口。2万人以上の無許可冒険者。制御不能のアーティファクト流通。犯罪組織による武器化。
吸血鬼は六本木ヒルズに君臨している。徘徊者感染は拡大中。SATは壊滅した。自衛隊の奪還作戦は準備中だが、成功の保証はない。
政府の対策は法整備が追いつかず、予算が足りず、人員が足りず、そもそも前例がない事態への対応ノウハウがない。
国際社会は支援を申し出ているが、その裏にはアーティファクトという未知の技術への欲望がある。
そして——この混乱のすべての根源にいる青年は、アパートのベッドで寝ている。
宍粟真央。
昨夜ダンジョンに新しい魔道具を置いてきた帰り道、コンビニで買ったカップ麺を食べ、ニュースを少し見て、そして眠った。六本木ヒルズ奪還作戦のニュースに「ふーん」と呟き、徘徊者感染者1,000名突破のニュースを「増えてるな」と流し読みし、アーティファクト犯罪のニュースを「そうなるだろうな」と他人事のように眺めた。
世界が壊れていく速度は加速している。
だが真央にとって、それはスマホの画面の向こうの出来事でしかない。
何も感じることなく——。




