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血を与えたら進化しすぎた件~世に出回るアーティファクトも東京に出来たダンジョンも多分俺のせいだけど面白いからいいよね~  作者: 唯之助


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第17話「六本木ヒルズ襲撃(後編)」

 午前3時18分。警視庁本部。


 緊急対策室に当直の幹部が集まりつつあった。麻布署からの報告がモニターに表示されている。


 「六本木ヒルズ森タワーで重大事案発生。巡回中のパトカー2名と連絡途絶。発砲の報告あり。複数の住民から獣のような声の通報」


 刑事部長の松岡——55歳——が口を開いた。


「徘徊者の集団が建物に侵入した可能性が高い。ここ数週間の徘徊者事案の延長です」


「徘徊者だけなら、巡回の警察官が応答不能になることは考えにくい」


 公安部長の黒崎が反論した。


「発砲があった。つまり巡回警官が拳銃を使用する状況に追い込まれている。徘徊者相手に発砲した事例は過去にない。何か別のものがいる可能性を考慮すべきです」


 副総監の田辺が判断を下した。


「まず機動隊を派遣し封鎖線を構築。同時にSATに出動準備を指示。SATの突入は現場の状況が判明してからだ」



 午前3時35分。


 警視庁第六機動隊から30名と車両5台が六本木ヒルズ前に到着した。


 指揮官の大島警部——42歳——がパトカーの残骸を確認した。運転席ドアが開いたまま。車内に血痕。二人の警察官の姿はない。


 エントランスのガラス越しに内部を見た。照明は点いている。警備デスクに人影がある。だが——動きが不自然だった。座ったまま微かに揺れている。人間の自然な動作ではない。


「封鎖線を張れ。半径200メートル。一般車両の通行を遮断」


 大島が命じた。


 その間も——レジデンス棟の住民からの110番は鳴り止まなかった。


「タワーの低層階の窓から人が倒れているのが見えます」


「獣の遠吠えみたいな音がずっと聞こえる」


「連絡通路が何かで塞がれてる。タワー側に行けない」


 大島が双眼鏡でタワーの外壁を観察した。20階付近の窓ガラスが内側から割れ、破片が地上に降り注いだ。窓の向こうに一瞬だけ見えた巨大な黒い影。遠吠え。


「グオオオオッ!」


 封鎖線の機動隊員たちの顔色が変わった。


 大島は無線を握った。


「本部。六本木ヒルズ内部に大型の未確認生物を確認。SATの出動を正式に要請する」





 制圧がさらに上層階に進んでいた。


 33階以上のオフィスフロアと、森美術館のある52・53階。深夜はほぼ無人だが、48階の外資系投資銀行に夜間トレーダーが5名、52階の美術館に展示替え作業の学芸員が2名いた。


 セレネのワーウルフ部隊が効率的に制圧した。48階のトレーダーたちはドアが破られた瞬間に机の下に隠れたが、ワーウルフの嗅覚から逃れることはできなかった。一人が内線電話に手を伸ばしたが、カーミラが防災センターから内線システムを無効化済みだった。


 52階の学芸員は非常階段を駆け下りたが、階下から上がってくる転種と鉢合わせした。


「大丈夫ですか? こちらに来てください」


 転種が自然な口調で声をかけ、腕を掴む。爪が皮膚をかすめた。唾液が浸透する。学芸員は何が起きたか分からないまま意識を失った。



 午前3時45分。上層階の制圧がほぼ完了した。


 ここで予定外の事態が起きた。


 40階のオフィスに、ヘカテの事前調査に含まれていなかった人間がいた。IT企業の社長——35歳——が、社長専用のセキュリティカードで直接エレベーターから入館し、サーバールームで一人、復旧作業をしていた。入退館記録の通常ルートを通っていないため、ヘカテの情報網に引っかからなかった。


 この社長は異変に気づいていた。30分前からフロアの廊下で人間のものではない重い足音がした。そして遠吠え。サーバールームのドアに鍵をかけ、個人の携帯電話で110番に通報した。


「六本木ヒルズ森タワー40階です。建物内に化け物がいます。助けてください」


 この通報が午前3時50分に警視庁に到達した。


 建物内部からの生存者による直接通報。人質がいる。生きている人間が助けを求めている。


 ——状況が変わった。



 午前4時08分。


 SATに出動命令が下された。


 即応班の20名が市ヶ谷の待機施設から出動。装甲車で六本木ヒルズへ。到着見込みは午前4時23分。


 指揮官は佐藤誠——45歳、SAT歴15年のベテラン。複数の人質救出作戦を成功させてきた。


 装甲車内でブリーフィング。


「目標は六本木ヒルズ森タワー。建物内に未確認生物が複数。機動隊が2メートル超の獣型生物を目視確認。建物内に生存者あり。40階から携帯で通報した人物を確認済み」


 佐藤が隊員を見回した。


「ただし通常の対テロ作戦とは状況が根本的に異なる。敵は人間ではない。装備や戦術が通用するかは未知数だ。突入の主目標は生存者の救出。敵の制圧ではない。入って、確保して、出る。深追いはしない」


「了解!」



 午前4時23分。六本木ヒルズ前。


 SAT装甲車が封鎖線内に進入した。佐藤が車外に出て機動隊の大島と合流する。


「状況は」


「タワー内部に獣型の大型生物が最低1体。エントランスの警備員は徘徊者の可能性が高い。パトカーの2名は行方不明。40階の生存者との通話は——15分前から途絶しています」


 佐藤は考え込んだ。本来なら偵察ドローンで内部映像を取り、敵の配置を把握し、突入ポイントを確保してから動く。だが敵の正体が不明で、時間もない。


「突入は二方向。正面と地下。10名ずつ」


 佐藤が決断した。


「第1班、俺が正面エントランスから突入。エレベーターと非常階段のアクセスを確保する。第2班、副長の田中が地下駐車場から侵入。非常階段で上層に向かう。時間制限15分。到達できなければ撤退」



 午前4時30分。突入。


 第1班がエントランスに接近した。先頭に防弾盾2名、後方にMP5を構えた4名、ショットガン2名、佐藤と通信担当が最後尾。


 スタングレネード2発。170デシベルの爆音と700万カンデラの閃光がエントランスを満たした。


 突入。


「前方クリア!」


 エントランスは静かだった。警備デスクにグール化した警備員が座っている。閃光に反応せず、虚ろな目でゆっくり首を回している。


 先頭の隊員がグールの額にMP5の銃口を向けて発砲。グールの動きが止まった。


 だがその銃声が——合図になった。


 エレベーターホールに通じる廊下の奥から、地響きのような足音。


 ワーウルフ第2グループの2体が姿を現した。1体は直立で廊下の幅いっぱいに立ちはだかり、もう1体は四足で壁際を這うように接近する。挟み撃ち。


「撃て!」


 MP5の連射音。9ミリ弾がワーウルフの胸、腹、腕に命中する。毛皮が裂け、血が飛散した。


 ワーウルフは3歩後退した。だが止まらない。弾丸が食い込んだ箇所の肉が蠕動し、鉛の弾頭を押し出し始めた。3秒で出血が止まる。


「効いてない——!」


 ショットガン担当が前に出た。至近距離3メートル。12ゲージ散弾を腹部に叩き込む。


 ワーウルフの腹部に大穴が開いた。内臓が見えるほどの損傷。膝をつく。


 だが10秒後——傷口の肉が盛り上がり始めた。再生。


 壁際のもう1体が、隊形の側面に飛び込んできた。防弾盾の隊員に体当たり。200キロ以上の質量が時速60キロで衝突し、隊員が壁に叩きつけられた。


 ワーウルフの爪が腕を切り裂く。防弾ベストに覆われていない部位。爪に塗られた唾液が傷口から侵入した。


「隊員、負傷!」


 佐藤が負傷した隊員を後方に下げた。9ミリ弾では止められない。散弾は一時的に有効だが再生される。


「1班、撤退! エントランスから離脱!」


 ショットガンの追加射撃で牽制しながら後退した。ワーウルフは追ってこなかった。建物の外には出ない。セレネの指示を守っている。



 同時刻。地下3階。


 田中修——38歳、SAT歴10年——の第2班が地下駐車場に突入した。


 暗視ゴーグル越しの薄暗い空間。高級車が並んでいる。人の気配がない。


 だが田中の皮膚が粟立っていた。直感が「上を見ろ」と叫んでいる。


 見上げた。


 天井に——二つの影が張り付いていた。


 人間の姿。だがコンクリートの天井に逆さに張り付いている。赤い瞳が暗闇の中で光った。


 リリスとカーミラ。


 SAT第2班の地下侵入を予測し、待ち伏せていた。ヘカテの分析通り。


 リリスが天井から落下した。音もなく。田中が銃口を向ける間に、リリスは先頭の隊員の背後にいた。首筋に牙。麻痺毒。隊員の身体から力が抜ける。


 一斉射撃。MP5の9ミリ弾が地下空間に反響する。


 リリスの身体が——霧になった。


 輪郭が溶け、黒い靄が弾丸をすり抜けた。鉛の弾頭が霧を通過し、背後のコンクリート壁に突き刺さる。


「弾が通らない——!」


 霧が田中の背後で凝集し、実体化した。


「残念ね」


 静かな声。田中は肘打ちを繰り出した。SAT歴10年の近接格闘技術。だがリリスが片手で受け止めた。


 麻痺毒が注入された。田中の視界が暗転する。


 カーミラも天井から降下し、残りの隊員を次々に制圧した。


 ——ただし、隊列の最後尾にいた通信担当の隊員が一人、リリスとカーミラが前方の隊員に集中した3秒の間に、反射的に無線のスイッチを押していた。


「地下3階、敵は人型! 2体! 弾が効かない——霧に——」


 それだけだった。カーミラが振り返り、無線機を持つ手首を掴み、首筋に牙を突き立てた。麻痺毒。隊員が崩れ落ち、無線は途切れた。


 3秒間の送信。だがその断片的な情報が、地上の佐藤の無線に届いていた。


 リリスは倒れた隊員を一人ずつ見た。筋肉の質、骨格、反射神経——SATの隊員は一般人と別格の身体を持っている。ヘカテの分析通りだ。元の素体が優れた人間を転種にすれば桁違いの戦力になる。


 リリスは自分の手首を牙で切り、血を滴らせた。田中の傷口に押し当てる。純種の血液が体内に流れ込む。転化の開始。


 田中以外にも3名。身体能力が特に高いと判断した者だけを転種に。残りは唾液でグール化。


 4名の転化で、リリスの血液の15%が失われた。一時的に動きが鈍くなる。だが——それだけの価値がある。精鋭を転種化する。エリザベートの描いた絵図通りだ。


 《リリスから全員へ。第2班、制圧完了。SAT隊員4名を転種化》







 佐藤は装甲車から本部に無線を送っていた。


「本部、佐藤。作戦は失敗です」


「第1班、隊員1名負傷。獣型生物は9ミリ弾が無効。散弾で一時的にダメージを与えるが再生する」


 息を呑んだ。


「第2班——全滅。田中以下10名全員が応答なし。ただし——」


 佐藤は声を震わせた。


「制圧される直前に、通信担当から断片的な無線が入りました。『敵は人型、2体、弾が効かない、霧に——』そこで途切れています」


 本部から副総監の田辺の声が返った。


「……撤退を許可する。封鎖線まで下がれ。ビルには近づくな」


 佐藤は装甲車のハッチを閉じた。手が震えていた。


 SAT歴15年。こんな敵は想定していなかった。獣型の生物には弾丸が効かない。そして地下には——弾丸が霧を通過する、人型の何か。


 SAT20名のうち、生還は第1班の9名のみ。うち1名は感染。第2班10名は——全員消えた。







 六本木ヒルズ森タワーの全フロア制圧が完了した。


 ヘカテが建物内の通信システムで最終確認を行った。


「地下6階から54階まで、全フロアの掌握を確認。在館者70名前後、全員グール化完了。SAT隊員10名を制圧、うち4名を転種化」


 リリスが即座に次の指示を出した。


「レジデンス棟に移る。——今しかない」


 カーミラがリリスを見た。


「外の機動隊は」


「SATが壊滅した直後だ。封鎖線を維持するだけで手一杯。レジデンス棟側に人員を回す余裕はない。——だが時間が経てば増援が来る。動くなら今のうちよ」


 リリスの判断は正確だった。機動隊30名は森タワー側の封鎖線に張り付いている。SATが壊滅したことで「ビルに近づくな」の指示が出た。誰もレジデンス棟に目を向ける余裕がない。


 森タワーとレジデンス棟を繋ぐ連絡通路。占拠開始時に転種がバリケードで封鎖していた。住民がタワー側に来ないようにするための措置だったが——今度は逆だ。


「バリケードを開けろ」


 カーミラが転種3名を率いてレジデンス棟に入った。


 深夜4時を過ぎたレジデンス棟は混乱の中にあった。森タワーから聞こえる遠吠えと銃声で目を覚ました住民たちが、廊下に出て何が起きているか話し合っている。110番に電話をかけている者もいた。だが誰も逃げていない。警察から「室内に待機しろ」と言われているからだ。


 カーミラは上層階から降りていった。


 廊下に出ていた住民たちは、スーツ姿の女性が階段から降りてきたのを見て——一瞬だけ安堵した。マンションの管理会社の人間が来たと思ったのだ。


「避難誘導です。こちらへ」


 カーミラの声は落ち着いていた。住民が近づいた。カーミラの手が首筋に触れた。麻痺毒。声を上げる間もなく崩れ落ちる。


 次の住民。次の住民。転種3名が各フロアのドアを開け、室内で眠っている者にはそのまま麻痺毒を注入していく。起きている者はカーミラが対処する。


 グール化はしない。この人間たちには別の用途がある。


 住民の中に、携帯電話で110番に繋がっている者がいた。


「——今、誰か来ました。女の人が——あっ——」


 通話が途切れた。


 この断片的な通報が警視庁に届いたのは午前4時38分。SATが壊滅した8分後だった。だが森タワーの事態で混乱の極みにある対策本部は、レジデンス棟からの通報を即座に処理する余裕がなかった。「森タワー側の事案の続報」として処理され、レジデンス棟住民に起きていることが個別の問題として認識されるまでに、さらに時間がかかった。


 その間に——作業は終わった。


 1時間弱で、レジデンス棟の全棟を確認。


「レジデンス棟住民、確保完了。82名。全員を森タワー中層階に移送します。——グール化はせず、麻痺状態で拘束」


 ヘカテが報告した。


「82名か」


 リリスが頷いた。


「在宅者は推定350名だったはず。残りは」


「東京を離れた世帯が大半です。ダンジョン騒動以降の人口流出で、レジデンス棟の入居率は3割を切っています。——82名は現在の実数です」


「十分ね。血液供給源としても、盾としても。——人間の政府は、生きた自国民がいる建物を爆撃できない。グールでは盾にならないが、生きた人質なら意味がある」


 森タワーの在館者はグール化して戦力に変えた。レジデンス棟の住民は生かして人質にする。前者は兵隊、後者は盾と食糧。一つのビル群から二種類の資源を搾り取る。



 始祖がヘカテに伴われ、夜明け前の空を飛んで森タワーの屋上に降り立った。


 54階。窓の向こうに東京の夜景が広がっている。東の空が僅かに白み始めていた。


「……良イ……眺メダ……」


 始祖が掠れた声で呟いた。


 五人の純種が始祖を囲んだ。


「母。六本木ヒルズは、私たちのものです」


 リリスが報告した。


 エリザベートが窓際に立ち、眼下を見下ろした。封鎖線の赤色灯が点滅している。パトカーと機動隊の車両が森タワーを取り囲んでいる。


「人間たちが見ているわ。今がその時ね」


 エリザベートが転種の元警察官を呼んだ。


「110番に電話して。言うことは——」


「『六本木ヒルズは、吸血鬼の一族が占拠した。森タワーとレジデンス棟を含む全域が我々の支配下にある。建物内の人間は全員、我々が管理している。交渉を望む。日本国政府の代表者と対話する用意がある』」


 転種が携帯電話で通報し、文面を読み上げた。


 人間の世界に、吸血鬼の名が公式に告げられた瞬間だった。



 ヘカテが窓のブラインドを操作した。一斉に降りるブラインドが、差し込み始めた朝日を遮断する。


「日の出が近づいています。全員、遮光の確認を」


 始祖は護符を首にかけていた。日光の影響を緩和するが、長時間は持たない。


 リリスがブラインドの隅から薄明の空を見つめた。


「ここが、私たちの家です」


 静かな声。


「もう、誰にも追い出させない」





緊急閣僚会議。


 全閣僚の顔に疲労と動揺が浮かんでいた。


 防衛大臣が報告した。


「六本木ヒルズ森タワーが占拠されました。占拠勢力は自らを『吸血鬼の一族』と名乗り、日本政府との交渉を要求しています」


「吸血鬼?」


 総理大臣が聞き返した。


「はい。SAT隊長の佐藤誠の直接証言に加え、制圧直前に第2班の通信担当が送信した断片的な無線記録があります。それらを総合すると、敵は三種。人型で霧状に変化する能力を持つ存在——無線では『弾が効かない、霧に——』とだけ記録されています。体長2メートル超で銃弾を受けても再生する獣型生物。そして人間がグール化する感染現象」


「SATの損害は」


「20名投入、生還9名。うち1名は感染し隔離中です。第2班10名は全員行方不明」


 防衛大臣が声を落とした。


「そして——行方不明の隊員の一部がSATの装備を着けたまま建物内を歩いている姿が、外部の監視カメラに映りました」


 会議室の空気が凍りついた。


「意識を保ったまま敵側に転化している可能性があります。つまり——特殊部隊の戦闘技術を持つ敵が誕生した、と」


 防衛大臣が目を閉じた。たった一夜で、精鋭が無力化された。そして精鋭が敵の戦力に加わった。送り込むたびに敵が強くなる構造。


「レジデンス棟の住民は」


 総理大臣が聞いた。


「占拠勢力の声明では『レジデンス棟を含む全域が支配下にある』としています。レジデンス住民からの110番通報は午前4時40分頃を最後に途絶しました。——住民の安否は確認できていません」


 長い沈黙。


 総理大臣が額に手を当てた。


「ダンジョンだけでも手一杯なのに——」


「六本木ヒルズ周辺を完全封鎖。自衛隊を展開し封鎖線を構築しろ。ビル内部への突入は当面見送る。まず封じ込め、情報を集め、対処法を確立してから動く」


「敵の交渉要求には」


「応じない。今は応じない。——だが回線は残しておけ」


「国民への説明が必要です。SNSには既にヘリからの空撮映像が拡散しています」


「記者会見を行え。事実だけ伝えろ。隠せる状況ではない」




 午前8時。テレビ各局が臨時ニュースを流した。


『緊急速報——六本木ヒルズ森タワーが未確認の武装集団に占拠されました。警視庁の特殊部隊が投入されましたが制圧に失敗。自衛隊が封鎖線を構築中です』


『SAT隊長の証言——「狼男のような存在。また、霧になって攻撃をすり抜ける人型の生物がいる可能性も」』


『占拠勢力は自らを「吸血鬼の一族」と名乗り、日本政府との交渉を要求』


 SAT隊長の佐藤が使った表現がメディアで繰り返し引用され、「吸血鬼」という単語がニュースの見出しに躍った。掲示板やSNSでしか使われていなかった「グール」「ワーウルフ」という言葉も、佐藤がブリーフィング中に部下から聞いた用語をそのまま報告に使ったことで、報道の語彙に組み込まれた。


 「徘徊者」という公式呼称と「グール」というネットスラングが、報道の中で混在し始めた。



 SNSが爆発した。



 @tokyo_survivor

 マジで吸血鬼いるのかよ。もう東京終わりだろ


 @news_watcher_99

 ダンジョンの次は吸血鬼。政府は何してるんだ


 @dungeon_veteran

 掲示板で言ってた「徘徊者=グール」がマジだった。吸血鬼が作ってたのか


 @conspiracy_theories

 ダンジョンも吸血鬼も同じ原因から派生してるんじゃないか?

 全部ここ数週間で起きてる。偶然にしちゃ出来すぎてる


 @realist_in_tokyo

 >>conspiracy_theories

 陰謀論はやめろ


 @conspiracy_theories

 陰謀論じゃない。仮説だ。巨大蟻、ダンジョン、徘徊者、狼男、吸血鬼。

 全部同時多発的に東京で起きてる。何かが繋がってる


 @naming_nerd

 「徘徊者」ってダサくない? SATの人もグールって言ってたし、もうグールでいいだろ





墨田区向島のワンルームアパート。


 宍粟真央はベッドに寝転がりながら、スマホでニュースを見ていた。


 画面には封鎖された六本木ヒルズの空撮映像。自衛隊の車両が森タワーを取り囲んでいる。テロップには「吸血鬼」「ワーウルフ」「グール感染」の文字。


「へー、六本木ヒルズ占拠か」


 いつもの声で呟いた。


「吸血鬼、本当にいたんだ」


 記事を読み進める。SAT隊員の証言。政府の対応。感染の危険性。占拠勢力の交渉要求。


 すべてが、画面の向こうの出来事だった。


 コメント欄に「ダンジョンも吸血鬼も同じ原因から派生してるのでは」という投稿があった。


 真央はスマホから目を離して、一瞬だけ天井を見た。


 ダンジョンは——まあ、俺が女王蟻に血を垂らしたからだ。あれは間違いない。


 吸血鬼は——あの夜、蚊に血を吸われたな。あれがどうなったかは分かんないけど。仮にそうだとして、何が変わるわけでもないし。


「まあ、面白いからいいか」


 スマホを枕元に置き、目を閉じた。


 窓の外では朝日が昇っている。六本木の方角に、自衛隊のヘリコプターの音が微かに聞こえる。


 真央はすぐに眠りに落ちた。

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