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第三話 ギルドの始まり

 彼らとの狩りは、その日だけで終わらなかった。


 最初はただ効率が良かっただけだった。同じ時間帯にログインできて、役割の噛み合うメンバーが揃っている。野良でも何度か狩りをしたが、それよりもずっと安定している。

けれど二日、三日と続くうちに、その理由は少しずつ形を変えていった。


 ログインするとまず視界にフィールドの空気が広がる。淡く発光する草原、遠くで周期的に明滅するモンスターの索敵エフェクト。視線を走らせればもう誰かがいる。カナメの大盾が夕焼けを反射していたり、レイの矢が空気を裂く音が聞こえたりする。


 もし誰もいなければ、近くの岩に腰掛けて数分待つ。それだけで、誰かが現れる。


 待ち合わせの言葉はいつの間にか消えていた。


 それが当たり前のように成立していることにルナリアは少しだけ違和感を覚え、そしてすぐにそれを心地よいものとして受け入れている自分に気づいた。


 現実では仕事と割り切れない関係は煩わしい。感情が絡めば判断は鈍るし、遠慮はミスに繋がる。だから距離を取る。それが、彼が現実で身につけてきた処世術だった。


 けれど《LUMINA ONLINE》では距離が近いほど戦いやすい。


 カナメが一歩前に出る時、必ず盾を斜めに構える癖。

 レイが射線を通す前に、わずかに立ち位置を調整する間。

 ミオが回復詠唱を始めるのはHPバーが減り切る直前ではなく、被弾の予兆を感じ取った瞬間だということ。


 それらがミニマップや数値ではなく、感覚として身体に染み込んでくる。チャットを打たなくても、ピンを立てなくても、だんだんと次に何が起きるかが分かってくる。


 ――信頼。


 そんな単語が頭をよぎる。だがルナリアはそこで思考を止めた。

考える必要はない。ただ楽だから続けているだけだ。


 その日の狩りはやや長丁場だった。

敵の湧きが良く、経験値効率も悪くない。スキルのクールダウン管理が忙しく、集中力を切らせば即座にHPが削られる。


「今日は街でご飯にしない?」


 一区切りついたところで、ミオが言った。


「そうだな。回復アイテムも心許ないし街に帰るか!」


 カナメが応え、ルナリアとレイも同意するように頷いた。


 《LUMINA ONLINE》の街中レストランは単なる回復ポイントではない。

料理ごとにモーションが用意され、噛む速度や温度、喉を通る感覚まで作り込まれている。満腹度バフや一時的なステータス補正もあるが、それ以上に「食事をした」という体験が残る。現実と遜色ない体験というだけでもこのゲームをする価値はあるだろう。


 店に入った瞬間、香ばしい匂いが視界情報と一緒に流れ込んできた。鉄板の上で油が弾く音。パンが焼ける音。NPCシェフがリズミカルにフライパンを振る音。それらが全て食欲をそそってくる。


「これ、現実より美味しくない?」


 注文した料理を食べながらミオが無邪気に笑う。


 ルナリアも否定できなかった。

パンを割ると、外側は軽く音を立て、中から湯気が立ち上る。スープは口に含んだ瞬間に温度が伝わり、喉を通るところまで計算され尽くしている。ゲーム制作者のこだわりを感じる。


 それに加えてこの世界ならではの要素もある。それはこの世界にしか存在しない食材だ。


 例えば淡く発光する果実を使ったタルトは甘さの後にひんやりとした清涼感が残る。味覚ログに記録されない現実では再現不能な後味。はたまた口の中に入れるとパチパチと炭酸のように弾ける砂や、ピリッとしたスパイスにもなる煌びやかな鉱石の結晶たち。


 そして特にメニュー表を見ていて気になるのは氷雪ドラゴンステーキの火薬スライム揚げだ。全く味も見た目も想像できない。しかも高い。


「これ、ゲームなのにさ……」


 レイがどこか困ったように呟いた。


「現実戻りたくなくなるな。現実より楽しい」


 ルナリアは返事をしなかった。

否定も肯定もしない。彼の意見には同意しつつも現実がいかに大切なものかを理解しているから。

だからただ同じ卓を囲み、同じ料理を食べているこの時間が想像以上に楽しいという事実だけが残った。


 翌日、再びみんなで集まって少し強い敵に挑むことになった。


 推奨レベルぎりぎりのフィールド。

視界には常時警告色のエフェクトが走り、敵の索敵範囲が重なるたびに空気が張り詰める。


 モンスターは速い。攻撃モーションも短く、反応が遅れれば一撃が重い。一瞬の隙がゲームオーバー。

戦闘開始と同時に、集中力が一段階引き上げられる感覚があった。


 ルナリアが踏み込む。

スキル発動。短剣が光の軌跡を描く。


 だが、手応えが薄い。


 ――足りない。


 ダメージログが思ったほど伸びない。初期装備では決定打に欠ける。


 敵の反撃。

一瞬の判断遅れ。回避が半拍遅れ、HPバーが大きく削られた。ゲージが黄色に染まる。


「ルナ!」


 ミオの回復が即座に飛んできた。視界に淡い光が走り、HPが引き戻される。

だが、余裕はない。


 カナメが盾で敵を押さえ、レイがその弱点を正確に射抜く。

エフェクトが重なり、敵のHPが削れ、最後は連携スキルで押し切った。


 勝利。


 だが胸に残ったのは、達成感だけではなかった。


 装備の替え時か……。


 倒れた敵が霧のように消え、ドロップウィンドウが開く。

その中に、見慣れないアイテムがあった。


《感情のかけら(非推奨)》


 淡い色をした結晶。

説明文は短く、注意書きだけがやけに強調されている。


「それ、あんまり良くないやつじゃなかったか?」


 レイが言う。


「攻略サイトで見たことある。強いけど、癖があるって」


 ミオも物珍しそうにドロップウィンドウを覗き込む。


 ルナリアは二人の言葉を聞きつつ結晶から目を離さなかった。


 非推奨。


 その言葉が、なぜか胸に引っかかる。


 ログアウト後、現実で攻略サイトを開いて調べてみた。

画面に表示された見出しは、少し物騒だった。


《削除された感情由来素材》


 公式の言葉をそのまま持ってくるとそういう素材であるらしい。一体何を意味しているのかはよく分からないが。調べても情報は少なく、運営のコメントは歯切れが悪い。


 使用非推奨。

 バランス保証外。

 使用は自己責任。


 だが、ユーザーコメントには、確かに書かれていた。


 ――当たれば、推奨装備より強い。

 ——ただしかなり低確率で他の装備に素材を回した方がコスパが良い。


 ルナリアは、少しだけ笑った。


 危ない。癖がある。自己責任。

それらは今の自分にとって欠点ではない。


 このゲームは楽しい。

戦闘はハラハラするし、仲間と笑える。知らない味があって、まだ見ぬ仕組みがある。


 そしてこの世界には自分の知らない奥行きが確実に存在している。

それを確かめたくなっただけだ。もしかしたらこれはロマンとでも言うのだろうか。誰もやらないからこそ、大きな価値があるように感じられる。


 翌日もルナリアはログインする。

同じメンバーと同じ時間に。


 それがギルド《ASTERISM(アステリズム)》の始まりになるとは、まだ誰も気づいていなかった。

 今後はちゃんとした戦闘シーンも描くのでお楽しみに(#^^#)


 皆さんはこんなゲームしてみたいですか?

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