第二話 世界に触れる
熱で倒れて投稿できていませんでした(汗
申し訳ございません(汗
最初のログインは、ひどく静かで、そして息を呑むほど鮮やかだった。
闇がほどける。
そう感じた瞬間、世界が音を取り戻す。
風の流れが頬を撫で、草の先端が擦れ合う微かな音が耳に届いた。遠くで何かが羽ばたく気配がする。
佐倉直人は、思わず呼吸を忘れた。
空気が、ある。
それは映像的なリアルさではない。
湿度、温度、圧。肺が自然に膨らみ、吐く息が自分のものだと分かる感覚。重力が足裏に均等に乗り、わずかな体重移動に地面が応える。目に飛び込む光でさえまるで本当の太陽光のようだった。
フルダイブ型VR。
言葉では知っていた。知識では知っていた。だが、知識で理解することと体感で知ることでは大きな隔たりがあった。
直人は、ゆっくりと自分の手を持ち上げる。
細い指。白く整った肌。爪の形まで作り込まれている。
現実の自分とは似ても似つかない輪郭なのに、脳は一切の躊躇なく「自分の身体だ」と受け入れてしまった。
違和感が、ない。その事実が一番の衝撃的だった。
すごい、なんて言葉じゃ足りないな。
拒絶反応はなく恐怖もない。
むしろ楽しい。
まるでずっと欲しかった服を初めて袖に通した瞬間のような感覚。現実では絶対に持ち得ない身体を軽やかに、自然に着こなしている。この姿で過ごす未来を思い浮かべるだけでワクワクしてきた。
視界の端に半透明のウィンドウが展開される。そこに映っていたのは小柄な少女のアバターだった。
これが、今の直人の姿。
長い銀髪が風に揺れ、光を受けて淡く輝いている。装備は軽装で、余計な装飾はない。動きやすさだけを突き詰めた、洗練されたデザイン。
直人は、肩の力を抜いた。
ここでは、この姿が自分だ。
試しに声を出す。
「あ、ああ~……へえ、すごい」
少し高く柔らかい声が返ってきた。それが妙にしっくり来て、思わず口角が上がる。
身体だけじゃない。声も、姿勢も、言葉遣いさえ、この身体に最適化されていく。
面白いな、これ。
キャラクター作成画面は、驚くほど簡潔だった。種族、外見、職業。説明文は短く、余計な煽りはない。だが、その一文一文が妙に刺さる。この姿を作った時も感覚的に好みを作り込める自由度の高さがあった。
次の項目を開くと、職業一覧が視界いっぱいに広がる。
STRIKER。
GUARDIAN。
SNIPER。
DANCER。
このような物理系の戦闘職の下に、魔法職、生産職が整然と並んでいく。
直人は一つずつ説明を読み、STRIKERで視線を止めた。
――高い瞬間火力と機動力。
――防御は低いが、判断力と操作精度次第で戦況を支配できる。
胸の奥がわずかに熱くなる。
反射神経。判断の速さ。現実では評価されにくかった部分がここでは武器になる。昔から運動神経には自信がある。きっとゲームの中でも活かせるかもしれない。
これだ、と直感した。
選択を確定させると世界が微かに脈打つ。UIが溶けるように消え、足元の感触が一段とくっきりした。
そして最後に名前入力欄が表示される。
少しだけ、迷う。
何にしようか……。
現実の名前は使わない。個人情報を晒してはいけないというのもあるが、ここは現実の延長ではない。別の役割を生きる場所だ。ある意味新しい人生を歩み出す一歩と言ってもいい。
「……ルナリア」
短く、響きのいい名前。入力して確認を押す。
転送。
次の瞬間、石畳の広場に立っていた。
噴水の水音。鍛冶槌が鉄を打つ乾いた音。NPCたちの話し声。それぞれが勝手に動き、立ち止まり、目的を持って行動している。
ただの背景じゃない。街そのものが生きている。
直人――ルナリアは胸が高鳴っているのを感じた。
初期装備の短剣を握る。軽い。だが頼りなさはない。
試しに鞘から短剣を引き抜いてみる。光が刃に反射し、すこしだけ歪んだ景色が刃全体に広がった。
本当に細かく作られてるんだな。
踏み込み、斬る。
回避。
思考と動作が寸分違わず一致する。
これ、動かしてるだけで楽しい。
門をくぐり街の外へ出る。
空が開ける。草原の匂いが濃くなり、風が強く飛び込んできた。
地平の先には巨大な山々、ファンタジーにあるような空に浮かぶ島々。光り輝く湖。そして現実とは少しだけ異なる外見の動物たちが草むらにくつろいでいる。
本当に異世界に来たような気分になる。
そんな時だった。遠くで何かが蠢く気配。
最初の敵、明らかにモンスターとわかる邪悪な見た目。名称は《スクラップ・クリーパー》。
地面を這う黒い塊で、金属と肉が混ざり合ったような質感。無数の脚が絡まり、中央で核が脈打っている。
少し、気味が悪い。
でも――。
――倒せる。
距離を詰め、短剣を振る。刃が核に触れた瞬間、嫌な感触が返ってきた。それでも身体は止まらない。
二撃、三撃。
そして――。
敵は音もなく崩れ落ちた。
光が弾け、経験値が加算される。
モンスターが粒子となって消えていく演出が妙に胸をくすぐった。
楽しい。
被弾して、HPが減っても、心臓は跳ねるだけだ。死ぬかもしれないという緊張すら、快感に近い。
そんな時だった。
「今の、ちょっと危なかったけど……すごかったよ」
振り向くと、柔らかな雰囲気の少女アバターが立っていた。
淡い色合いのローブ。穏やかな笑顔。視線が自然とこちらを気遣っている。
「私はミオ。MEDIATOR。回復と補助が専門かな」
その声が終わる前に、鋭い風切り音。
矢が飛び、物陰に潜んでいた敵が正確に撃ち抜かれる。
そしてその矢を放った人物が前に出てくる。黒いローブに身を包み、仮面で顔の半分を隠した少年だった。弓を肩にかける仕草が、無駄なく洗練されている。
「油断してたな。俺はレイ。SNIPERだ」
さらにその後ろ。
地面を踏みしめる重い音。
背丈ほどの大盾を背負った青年が、どっしりと立っていた。
動かないだけで、前線を塞ぐ存在感。
「カナメだ。GUARDIAN。驚かせたなら悪い。三人で狩りしててな」
自然と、自己紹介が揃う。
ルナリアも笑みを浮かべる。
「私はルナリア。STRIKER」
「じゃあ、ルナって呼ぶね」
ミオが即座に距離を詰める。
その近さが、なぜか嫌じゃない。
「よかったら一緒にやらない? 前衛火力が足りなくて」
効率がいいから。
そう思って、ルナリアは頷いた。
でも、それだけじゃない。
一緒に戦う。その言葉が不思議と胸に残った。
戦闘が再開される。
ルナリアが切り込み、カナメが受け止める。
レイが危険な個体を正確に撃ち抜き、ミオの回復が遅れない。
噛み合う。
だが、ルナリアだけは常に限界だ。
攻めすぎる。
被弾を恐れない。
「ルナ、もう少し下がってもいいよ?」
「平気。楽しいから」
本音だった。
危うい。
でも、それがいい。
ここなら現実とは違う自分で、思い切り生きられる。
そんな期待が、確かに芽吹いていた。
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