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第一話 最適解のある日常

 会議室の時計は、九時ちょうどを指していた。


 秒針が音もなく重なった瞬間、佐倉直人は顔を上げる。誰かが開始を告げる必要はない。この部署において、時間そのものが合図だった。開始は九時。終了は十時。議題は事前に共有され、結論はおおよそ想定済み。突発的な感情や思いつきが入り込まない限り、進行が乱れることはない。


 直人は、この環境を好んでいた。


 無駄な雑談はない。声を荒げる者も、同情を求める者もいない。会議の場に並ぶのは数字、進捗、リスク、対策だけだ。個人の好悪や気分は、ノイズでしかない。もし紛れ込んだとしても、それを切り分けるのが直人の役割だった。


「では、次の議題に移ります」


 部下の一人が立ち、スクリーンに資料を投影する。整理されたグラフ、過不足のない文字量。直人は視線を滑らせながら、遅延の要因と回復曲線を頭の中で分解していく。


 説明の途中、部下の声が一瞬だけ詰まった。


 気づいたのは、おそらく直人だけだ。だが彼は何も言わない。声の揺らぎは数値ではなく、業務の進行にも直結しない。


「対応策は妥当です。優先順位を整理して、本日中に反映してください」


 それだけ告げて、次の議題へ進む。部下は短く頷き、席に戻った。誰も異議を唱えない。会議は予定通りに終了する。


 効率的で、正しくて、問題のない一時間。


 直人は、自分のやり方を疑わなかった。


 感情を拾えば判断が遅れる。遅れは損失につながる。だから切り捨てる。それは冷酷さではなく、責任だ。成果は出している。会社も評価している。結果がすべてを証明していた。


 仕事を終え、夜の街を歩く。人の流れは多いが、直人にとっては背景にすぎない。コンビニで簡単な食事を買い、帰宅する。部屋は静かで、余計なものがない。生活に必要なものだけが、必要な場所に配置されている。


 シャワーを浴び、ベッドに腰を下ろすと、直人はフルダイブ用のヘッドギアを手に取った。


 ――《LUMINA ONLINE》。


 完全フルダイブ型VRMMO。現実と遜色ない感覚再現、徹底した負荷管理、そして感情的ノイズを極力排した設計思想。効率と再現性を重視するそのコンセプトは、業界でも異端でありながら、高い評価を受けていた。


 直人は装置を装着し、深く息を吸う。


《ログインを確認しました》

《ようこそ、LUMINA ONLINEへ》


 視界が切り替わる。


 次の瞬間、石畳の硬さと、夜風の冷たさが全身を包んだ。嗅覚には微かな土と鉄の匂い。遠くの喧騒は適度に調整され、耳障りな音は存在しない。すべてが計算された快適さだった。


 直人のアバターは、現実の自分とは似ても似つかない姿をしている。長い髪を揺らす小柄な少女。軽装の防具に、鋭い刃を携えたSTRIKER(ストライカー)用の身体。


 外見に意味はない。役割がすべてだ。


 ステータスを確認し、必要な情報だけを拾う。数値は正直で、裏切らない。ここでは努力と工夫が、即座に結果として返ってくる。


 ギルドホールへ向かう途中、フレンド通知が点灯した。


ASTERISM(アステリズム):集合可能》


 短く了承を返し、足を速める。


 戦闘は単純だった。


 敵の動きを見切り、距離を詰め、最適なタイミングで刃を叩き込む。判断は一瞬、迷いは不要。HPバーが削れ、敵が崩れ落ち、経験値が加算される。


 原因と結果が明確で、その間に余計な感情は挟まらない。


 直人は最前線に立ち、ダメージを引き受けながら敵を切り伏せていく。非推奨素材で作られた装備は癖が強く、一般的には扱いづらいとされているが、直人にとっては許容範囲だった。むしろ、制御しがいがある。


 戦闘が終わり、フィールドに静けさが戻る。


 経験値バーがわずかに伸びたのを確認し、直人は小さく息を吐いた。


 ここでは、感情を切り捨てることが、強さに直結する。


 少なくとも――今のところは。

 次回から本格的に主人公がゲームを遊び始めます。

毎日投稿するので、これからよろしくお願いします(#^^#)


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