8話 転校生
翌朝。
テレビの音をBGMに、俺は食卓でトーストをかじっていた。
目玉焼きは半熟。牛乳はやっぱり切れている。
『――昨日、異能治安局東京支部で発生した襲撃事件について続報です』
画面に映る、見覚えのある建物。
異能治安局東京支部。
正面玄関。
規制線。
あー、さすがにニュースになるよな。
『この事件で殉職したのは、
異能治安局東京支部所属の隊員、神崎優斗氏です』
「あー……」
思わず、声が漏れた。
画面には、爽やかな笑顔の写真。
まあ、やらなきゃ俺がやられてたわけだし。
『神崎氏は近年、急速に力を伸ばしていた有望な隊員で、市民救助にも数多く携わり、一般人気も高い存在でした』
人気者かあ。
そりゃ大きく報じられるわけだ。
『なお、現場では東京支部長・峯岸氏が直接対応し、犯人の撃退に成功したと発表されています』
「撃退、ね」
まじでなにもできなかったな。峯岸のおっさん強すぎだろ。
『しかし犯人は逃走。現場に残された仮面の特徴から、この人物はコードネーム**“スティッチ”**と呼称され――』
仮面おいてきちゃったからなー。
『極めて高度な再生能力を持つ、極めて危険な異能犯罪者として、全国に指名手配されました』
画面に映る、俺の仮面を元にしたイラスト。
《再生能力》
《治安局襲撃》
《凶悪犯》
「……目立ちすぎたかな?」
トーストをかじりながら、素直な感想が漏れる。
「物騒な世の中よねえ」
向かいの母さんが、ため息をついた。
「神崎さん、最近よくニュースに出てた人でしょ?あんない凄い人が、本当に怖い事件だわ」
「まあ、治安局がいるし大丈夫でしょ」
適当に返すと、
「湊も気をつけなさいよ。変なのに巻き込まれたら困るんだから」
「はいはい」
内心では、その渦中なんだけどなと思いながら、最後の一口を飲み込んだ。
――それにしても。
スティッチ、か。
ネーミングセンス、どうにかならなかったのか。
◇
学校。
いつも通りの校舎。
いつも通りの教室。
学校。
――なのに、朝から妙にざわついている。
「神崎優斗、殉職だってさ」
「マジで? あの人テレビ出てたよな」
「峯岸支部長が撃退したらしいぞ」
席に座りながら、俺は聞こえないフリをする。
そこへ、担任が教室に入ってきた。
「えー、ホームルーム始めるぞ」
ざわつきが少し落ち着く。
「……と、その前に」
「今日は転校生を紹介する」
ガラッ。
扉が開き、入ってきたのは――見るからな好青年そうな男子だった。
清潔感のある制服の着こなし。姿勢がやけにいい。
身長は、170ちょっとありそう。ちなみに俺は165cm。負けた。
教室を見回したあと、一瞬俺のところで視線が止まった気がする。
「白川俊介です。よろしくお願いします」
穏やかな声。
人当たりのよさそうな笑顔。
教室の空気が一瞬で和らぐ。
こいつは……モテそうだな。けしからん。
「藤沢の隣、席作っておいたから。そこ座れ」
そしてよりにもよって、俺の隣かよ。
白川は軽く会釈して、俺の隣の席に座った。
「よろしく、藤沢君」
「あ、ああ……よろしく」
俺はコミュ障全開で言葉を返すと、白川はまたニコっと笑って席に着いた。
◇
休み時間。
「なあ湊、見たかニュース」
隣に来た大河が、スマホを見せてくる。
「神崎優斗、殉職だってよ」
「しかも峯岸が撃退とか、漫画かよ」
「へー、すごいな」
適当に返す。
「でもさ」
大河は続ける。
「神崎って最近めちゃ強くなってたんだろ?」
「そんなやつ殺されるとか、犯人ヤバすぎだろ」
まあ、俺も再生能力がなかったら死んでたしな。
「スティッチって呼ばれてるらしいぞ」
「再生能力持ちだって」
「名前だけ聞くと可愛いな」
「中身は全然可愛くねえけどな!」
大河が突っ込みながら笑う。
俺と大河がそうやって席で話していると、白川が近づいてきた。
「二人は、仲がいいんだね」
「まあな。俺がいないとこいつはいつも一人ぼっちだから仕方なくだ」
大河が笑いながら答える。
おい、変な印象づけやめろ。
「白川君、だっけ? クラスは慣れそう?」
「白川でいいよ。まだこれからかな。でも、二人とも話しやすそうで助かるよ」
まあ、コミュ力高そうだしすぐに溶け込むだろう。
「そういえばさ」
白川が、なにか思い出したように言った。
「週末、空いてたりする?」
おお、いきなりか……。
「週末?」
「よかったら映画でもどうかなって。三人で」
いや、コミュ力高すぎだろ。転校初日にいきなり遊びのお誘いか。
コミュ力高いと言うより、もはやバグってる。
大河が即答する。
「行く行く! 最近ヒマだし!」
大河もたいがいだけどな。
視線が、俺に向く。
「藤沢君は?」
「……まあ、予定なければ」
任務が入るかもしれないからそれ次第だな。
「決まりだね」
白川は、満足そうに微笑んだ。
◇
放課後。
俺は学校を出ると、そのまま組織のアジトへ向かった。
すでにアジトには朝霧も来ていて、ソファーでタバコを吸いながらスマホを触っていた。
最近はスライムおじさん。通称スラおじという育成ゲームにハマっているらしい。
テーブルを挟んだ向かいのテーブルには九条さんが座っており、書類を眺めていた。
「お疲れ様、次の任務よ。緊急だからこれからすぐに向かってほしいの。」
九条さんは、手に持った書類を見ながら俺たちに任務を言い渡す。
「ランク8の魔獣《空裂き(そらさき)》が確認されたみたい。討伐に向かって。止めは藤沢君が刺すように。異能治安局との接触はなるべく避けてね」
「「了解」」
ランク8の魔獣に対して、俺ら2人だけで討伐に向かわせるなんて九条さんはスパルタだなー。
でも今回もインセンティブがたんまりつくみたいだから、無問題。
それから朝霧と二人で現地へ向かった。
戦闘は案の定激しかった。
だが――結果として、俺と朝霧は魔獣を討伐することに成功し、俺は新たな能力を得た。
それは、風を操る力。
この力のせいでなかなか魔獣本体に近づけなかったけど、最終的にかまいたちのような風で切り刻まれながらも俺の再生能力と脚力による踏ん張りで強引に距離を詰め、朝霧のアシストで敵の隙ができたところに透過能力でそのまま《空裂き》の心臓を握りつぶした。
だがその代償として、朝霧は深手を負った。
朝霧の傷が完治するまではしばらく休業だな。
◇
アジト。
アジトにつくと、すぐに朝霧は組織のメンバーに運ばれていった。顔面蒼白だったけど朝霧のやつ大丈夫だよな……?
俺がどんなに心配したところで何もできることはないのでとりあえず、九条さんに今回の任務を完了したことを報告した。
「ご苦労様。朝霧があそこまで深手を負うのは久しぶりね。とりあえずウチの医療班にまわしといたから1週間もあれば回復するって」
医療班なんてのもいるんだな。いまだにこの組織の所属メンバーは全く把握できていない。
「了解。」
俺は九条さんに、ふと思い出したことを伝えた。
「そういえば、今日クラスに転校生が来たんですけど」
「ほう」
「白川俊介って名前で……タイミング的に、ちょっと気になって。昨日の今日だし」
その瞬間。
九条さんの目が、わずかに鋭くなった。
「……白川、俊介?」
「知ってるんですか?」
九条さんは、端末を操作し、短く息を吐いた。
「偶然、とは言いにくいわね」
画面に表示されたのは、先日盗んできた異能治安局・隊員情報。
《白川俊介/特S級隊員/東京支部配属/能力:ロストナンバーズ》
「――なるほど」
九条さんは、静かに言った。
「藤沢君の学校に転校してきたのは偶然なのかどうかはわからないけど、まあどっちにしてもあまり関わらないほうがよさそうね。特Sって言うランクも初めて聞くし……。」
「それが……今週末一緒に映画を観に行くことになってしまって……ハハ」
俺が言うと、九条さんは頭を押さえて大きく息を吐いた。
「……とにかく、ボロだけは出さないこと。何かあったら、必ず報告して」
「了解です!」
俺は、無意識に笑っていた。
――やっぱり、ただの転校生なわけがない。




