5話 相方
コンクリートの床に、魔獣の黒い残骸が溶けるように消えていく。
血の匂いだけが、まだ空気に残っていた。
「……終了」
佐原秀が片手を上げると、結界が解かれたのが分かった。
俺は肩で息をしながら、その場に立ち尽くす。
黒狼化はすでに解けていたが、脚がまだ微かに震えている。
さすがに連戦はきつい。
「新人にしては……いや」
佐原は俺をじっと見てから、口元を歪めた。
「正直に言う。想定より、だいぶ上だ」
朝霧が楽しそうに口笛を吹く。
「だろ? 言ったじゃん。面白いって」
九条は腕を組んだまま、少し離れた位置で俺を見ていた。
視線が、さっきからやけに鋭い。
「評価、出すわ」
そう前置きしてから、淡々と言う。
「異能治安局基準で――Aランク相当」
「……A?」
思わず聞き返した。
「単純な身体能力、戦闘判断、対応力。どれもA水準以上。ただし」
九条は言葉を切る。
「制御と経験が足りない。だから現時点では“相当”止まり」
「妥当だな」
佐原が頷く。
「このまま伸びれば、Sも見える。」
Sランクってまじか。
「――で」
九条の声が、少しだけ低くなった。
「ここからが本題よ、藤沢湊」
俺は無意識に背筋を伸ばした。
「あなた、能力を隠してるでしょ」
断定だった。
「脚力、視力、獣化。普通なら別能力扱いされる要素を、無理なく同時に使ってる」
九条は一歩近づく。
「複合能力? 派生? それとも――別の何か?」
沈黙が落ちる。
朝霧も、佐原も、黙って成り行きを見ている。
「……言わなかったら?」
俺がそう聞くと、九条はあっさり答えた。
「その場合は、給料減額ね。」
「俺の能力は、殺した相手の能力を奪う力です」
お金は大事だ。
俺が答えた瞬間空気が、ぴたりと止まった。
朝霧が、目を丸くする。
「……は?」
佐原も無言で眉をひそめた。
九条だけが、表情を崩さない。
「続けて」
促されて、俺は話す。
「おそらく草むらで踏み潰してしまったバッタから脚力。うちの玄関で殺した蝿から動体視力。シャドウウルフから身体能力と黒狼化」
「だから噛み合ってたわけね……」
九条が小さく呟く。
「複数能力に見えたのは、元が別物だから」
「制限は?」
即座に飛んできた質問。
「今のところ、奪える能力の数に制限はなさそう。ただ、これから増えていくと上限とかあるかもしれないけど……」
俺は正直に言った。
「あと、能力の影響も受ける。シャドウウルフのせいで、殺しに対する抵抗が薄くなってる」
それを聞いた瞬間、朝霧が楽しそうに笑った。
「最高じゃん」
「最悪でもあるわ」
九条が即座に切り捨てる。
彼女は、しばらく黙って俺を見つめていた。
値踏みじゃない。
計算している目だ。
「……現状はAだけど、今の話を聞けばSSにも及ぶわね」
そう前置きしてから、はっきり言う。
「管理下に置けるなら、これ以上ない戦力」
俺は肩をすくめた。
「否定はしない」
九条は小さく息を吐き、結論を出す。
「戦闘力テスト、正式合格。ランク評価はSS見込み。そして――」
一歩近づいて、低い声で言った。
「その能力のこと、うち以外には一切話さないこと」
「破ったら?」
「後悔することになる」
どうなるかは教えてくれないんだな。
「了解」
俺が頷くと、九条は小さく頷き返した。
「それと、もう1つだけ」
そう前置きしてから、淡々と続ける。
「うちの仕事は、原則バディ制よ」
「バディ制?」
「2人1組で行動する。単独行動は禁止」
説明はそれだけだった。
「あなたも例外じゃない」
九条は視線を横に動かす。
「藤沢湊。あなたのバディは――」
一拍置いて、はっきり言う。
「朝霧優斗」
一瞬、空気が止まった。
朝霧は目を細めて、俺を見た。
「……マジか」
「決定事項よ」
九条の声に、揺らぎはない。
「戦闘力、適性、役割。総合的に判断した結果」
俺は息を吐いた。
「拒否権は?」
「ないわ」
即答だった。
朝霧が軽く舌打ちする。
「ま、そうだよなー。」
それだけ言って、視線を逸らす。
九条はそれ以上何も付け加えなかった。
「それと、うちの組織には他にもメンバーがいるけど、受けた仕事内容は仮に組織メンバーが相手だろうと絶対に明かさないこと。」
俺は軽く頷く。
どうせ「明かしたら?」って聞いても「後悔することになる」としか返ってこないんだろうし。
「以上。今日は解散」
短い宣告だった。
朝霧賢一(21)
能力名=リグレッション
詳細=不明




