2話 知らない天井
「はっ…!」
喉の奥から掠れた声が漏れ、湊は跳ね起きた。
視界に飛び込んできたのは、見慣れたはずの天井とはまったく違う、無機質なほど白い天井。
「どこだ、ここは…」
思わず呟き、ゆっくりと上体を起こす。
鼻に刺さる消毒液の匂い。耳に届くのは機械の微かな電子音。
肌に触れる布団は、自宅の安っぽいものよりずっと薄く、妙に冷たい。
——病院?
状況を整理しようとして、脳内に昨夜の光景が流れ込んだ。
コンビニへ向かう夜道。
街灯の届かない路地で巨大な狼のような魔獣。
能力が突然目覚めて、世界がスローになって——
それでも結局、追い詰められて……。
「助かった…のか?」
呆然と呟き、指先をぎゅっと握る。
あの時、確かに誰かの声が聞こえた。
意識が途切れる直前に、鋭く、それでいて落ち着いた声。
(……誰だ?)
その時。
ガチャッ。
機械的な音を立てて、病室の扉が開いた。
入ってきたのは、まったく見覚えのないおっさんだった。
年は四十前後。無精髭に、軍人のような鋭い目。
だが立ち姿には妙な余裕がある。普通の“おっさん”では絶対にない。
「お、起きてたのか。シャドウウルフをよく、1人で倒せたな。」
開口一番、それだった。
(シャドウウルフ?……ああ、あの魔獣か)
俺は内心そう思いながらも、表向きは丁寧な声で返す。
「結局、他の2匹に追い込まれましたけどね。……ところで、あなたは誰ですか?俺は藤沢湊って言います。」
おっさんは「ああ、そうだったな」と軽く顎を掻き、名乗った。
「俺は異能治安局の嶺岸 拓真だ。残りのシャドウウルフは俺が片付けといたから、安心してくれ。」
(——俺がやっと一匹倒せたのに、二匹を…?)
「強いんですね。俺は一匹で精一杯でした。」
すると拓真は「いやいや」と笑いながら首を振った。
「そんなことはないぞ。シャドウウルフはランク5のモンスターだからな。一般人じゃ太刀打ちできん。Bランクの隊員が3人でなんとか倒せる程度だ。」
え……まじで?
湊は一瞬、心臓が跳ねる音を聞いた気がした。
「そういえば君はどうやってシャドウウルフを倒したのかな?能力を使ったのかい?」
拓真の質問に湊は少し考えると、答える。
「そう……ですね。その時に運良く能力が目覚めたみたいで」
「そうなのか。それは運が良かったね。ちなみにどんな能力だったんだい?」
「どんな能力……」
あれはなんの能力だったんだろうか。
人間は2つの能力を持つことはできないらしいし。
でも、明らかに動体視力と脚力は異常だった。
「湊君……?」
「あ、ああ。すみません。」
俺は素直に答えるべきか悩んだ。
(この人は異能治安局の人らしい。2つの能力があるなんて知られたら色々とめんどくさそうだ)
「能力なんですけど、自分でもよくわからなくて……。記憶が曖昧でなにか能力が使えたのは覚えてるんですけど、それがなんだったか……。」
「ふむ、死ぬ寸前で気が動転してただろうし仕方ないね。」
なんとか誤魔化せたみたいだ。
「ところで湊君は、異能治安局に興味はないかい?」
おっさんが急にとんでもないことをぶっ込んできた。
俺は一瞬固まったあと、当たり前の疑問を口にする。
「どうして俺なんですか?」
「異能治安局の中でもシャドウウルフを1人で討伐できる者はそこまで多くない。能力は未知数だが、最低限の戦闘力は保証されている。使いこなせれば将来有望間違いなしだろ?」
そう言って拓…おっさんはニヤッと笑った。
「少し、考えさせてください」
とりあえず、一旦保留にすることにする。
異能治安局ってリスキーな仕事の割に給料安そうだし。
「……そうか、わかった。ではもし前向きな回答になりそうだったら連絡してくれると嬉しい。」
おっさんは俺に連絡先を渡すと帰っていった。
名刺とかじゃなくて、メモ用紙に雑に書かれた連絡先を渡してくるなんてワイルドなおっさんだ。
異能治安局――能力や特殊事件を専門に扱う政府直属の治安組織。
異能犯罪の対処や能力暴走の鎮圧を任務としている。
組織の隊員はその戦闘力によってC〜SSでランク分けされいる。




