1話 目覚め
4月の夕方、校舎の影がやたら長く伸びていた。
俺――藤沢湊は、鞄を片手にぶら下げながら校門を出る。
「ふぅ……今日も俺、特に輝くことなく終了っと」
自分で言いながら苦笑していると、後ろから声が飛んできた。
「おい湊、ひとりでナレーション始めてんじゃねぇよ。帰宅部って暇なんだな」
振り返ると、案の定、湊の中学からの友達である後藤大河が半笑いで立っていた。
背は高いけど、いつも気だるそうで、面倒くさがりの筆頭みたいなやつだ。
ちなみにこいつも帰宅部だ。
「いやいや、俺は心にナレーションを飼ってる男だからな。今日も順調に脳内再生されてるわけよ」
「知らねえよ。てか声に出てんだよ、それ」
「……マジ?」
「マジ。歩く実況中継かよ、お前」
大河にツッコまれながらも、俺は笑ってしまう。
こういう会話ができるのは、大河くらいだ。
「で? 今日は部活見学とかしないの?お前、春だし新しい自分を見つけるチャンスじゃん?」
「春とか関係ねぇだろ。てか俺が入れそうな部活なんて、ほぼないしな」
「まあ、確かに。湊ってこう……やる気はある風だけど特に持続しないタイプだし」
「ひどくない? 描写に悪意があるよね今」
「事実だろ」
大河のあっさりした言い方に、俺は肩をすくめる。
「まあいいさ。俺はマイペースに生きていくよ。人生はゆるくがモットーだし」
「じゃあ何だ、今日もいつも通り帰るだけ?」
「いつも通り帰るだけだね。悲しいくらいに」
「自分で言うんだな、それ」
そんな他愛もないやり取りをしながら、校門を出て住宅街へ向かう坂に入る。
大河とは途中で別れた。
あいつはコンビニ寄るとかなんとか言ってたけど、たぶんアイスでも買うんだろう。
ぽつんとひとりになった帰り道。
風がやわらかく吹いていて、今日も平和そのものだ。
(能力発現イベント……そろそろ俺にも来ねぇかな)
そんなことを思いながら、俺は鞄を揺らしつつ家へ向かった。
そして家の玄関の扉を開けようとしたとき、視界の端を黒い点が横切った。
反射的に手を振ったら、指先に小さな何かが当たった感触。その小さななにかは家の壁に勢いよく衝突すると、そのまま地面に落ちて動かなくなった。
「げっ!!ハエ……?まじかよー」
俺がそのまま玄関の取っ手に手をかけて扉を開けようとしたとき、一瞬目の前がスローになったような気がした。
(貧血か……?)
「ただいまー……っと」
玄関を開けると、味噌汁のいい匂いが鼻に入ってきた。
おお、今日の夕飯は当たりっぽい。
「湊? 帰ったのね。手洗いうがいしてからテーブル座りなさいよー」
「了解であります母上」
俺は鞄を置き、洗面所で適当に水をばしゃばしゃして戻る。
食卓には、味噌汁、焼き魚、サラダ、そして俺の好物の冷奴があった。
うちの母は派手さゼロだけど安定の美味さを提供してくれるタイプだ。
「今日は珍しく時間通りね。寄り道したりしなかったの?」
「うむ。今日はまっすぐ帰りました。健全な高校生は寄り道などしませぬ」
「その喋り方のほうが健全じゃない気がするけど……まあいいわ」
母は苦笑しながら味噌汁をすすっている。
俺も真似してひと口飲む。
「っはぁ〜……今日の味噌汁、優勝」
「はいはい。おかわりあるわよ」
そんな他愛もない親子の会話をしながら夕食が進む。
父は仕事で帰りが遅いから、だいたいいつも母と2人だ。
俺としては別にそれが寂しいとかじゃなく、むしろ落ち着くというか……
このゆるい空気が、好きだ。
食べ終えたあと、自室に戻って布団にダイブした。
「……ふぅ。今日もなんとか生き抜いたぜ俺」
制服を脱ぎ散らかし、適当なTシャツに着替える。
スマホをいじってみるけど、大した通知もない。
大河からは画像付きで
『このアイスマジでうまい。』
のメッセージだけ。
「はは、大河も安定してんな……」
天井をぼーっと見上げる。
特別なことなんて起きるはずもない、いつも通りの1日。
「……寝るかー。」
電気を消し、布団を頭までかぶる。
まぶたが落ちていく。
数時間後、ふと目が覚めた。
「風呂入ってねーわ」
俺は、そのまま風呂へ直行した。
ドライヤーで髪を乾かして戻ってきた時には時計は3時30分。
もう寝れる気がしない。
(アイス買いに行こ…)
俺は、軽く外に出れる格好に着替えるとコンビニに向かう。
まだ外は暗く、風が涼しか感じる。
「……っ!」
不意に目の前が一瞬遅くなった気がした。
しかし、すぐに元に戻ったのでただの立ちくらみだろう。
「さっき風呂入ったばっかだしな」
俺はそう自己完結し、コンビニは歩を進めた。
グルル…
「ん?」
魔物が威嚇するような音が聞こえる。
街の外なら分かるが、ここは街の中だ。魔物がいるわけがない。
(野良犬かなにかか?ちょっと覗いてみるか……。)
俺は、好奇心に従い、音のした路地をそっと覗いた。
グチャ……グチャ
なんともグロテスクな音が聞こえる。
「ッ!!」
俺は思わず絶句した。
黒い巨大な犬のようななにか。
4足歩行なのに背中の高さが俺の身長と変わらない。
そいつが普通の犬を食っていた。
(……共食いか?)
いや、冷静に考えるとあれは犬じゃない。
全くの別物、魔物だ。
見つかったら今度は俺が殺される。
俺は、足音を立てないように静かに後ずさる。
ドクン…ドクン…
心臓の音がうるさい。
冷静になれ、俺。
だが、現実は冷酷で後ずさりしながら下がっていた俺の足に誰かが飲み捨てた空き缶が当たった。
カランッ
(マジか……)
犬のよう魔物はしっかりその音に気づいてこちらを振り返っていた。
目と目が合う。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ……!
冷や汗がどっとでてくる。
魔物は新しい獲物を見つけて喜んだように声を上げる。
「あ、ああぁ……」
恐怖でうまく声がでない。
犬のような魔物=魔獣は湊に飛びかかってきた。
(終わった……。できればあまり痛みを感じずに死にたいな)
俺が生存を諦めていた時、目の前の光景に異変が起きた。
魔獣の動きが遅くなったのだ。
これが走馬灯ってやつか?死ぬ瞬間世界がスローになるって言う……。
(いや、まて……。これなら避けれるくないか?)
俺はあっさり魔獣の飛びつきを避けた。
さっきまで全く反応が追いつける速さではなかったのに、かなり余裕を持って避けれた。
(もしかして……能力に目覚めたのか!?)
「これなら勝てる!いや、逃げれる!!」
色々確かめたいが後回しだ。
(とりあえずこれでもくらえ!)
俺は魔獣の鼻っ面目掛けて渾身のパンチを繰り出す。
が、俺のパンチまで遅く見える。
(……あれ?話が違う……)
魔獣はあっさり俺のパンチを避けると、そのまま喉元に目掛けて食らいつこうとしてきた。
俺は慌てて後ろにジャンプする。
ふわっ
「ぬあ!高っ!」
俺の想定の約10倍くらい距離を飛んだ。
どうやら足だけは俺の目についてきてる!
拳は封印。足での攻撃に修正する。
「おらっ!」
俺は離れた距離をひとっ飛びで潰すと今度こそ魔獣の鼻っ面に蹴りでの1撃を入れらことに成功した。
「ガゥッ!」
「効いてる!」
俺はその後も魔獣の攻撃を、距離を取ることで避けながら、隙を見て蹴りで攻撃をするヒットアンドアウェイで着実にダメージを与えていった。
「ぜぇ……はぁ……」
(どうやら早く動けるだけ早く疲れるみたいだな。)
やっぱり何かしら運動部に入っておけば良かったな。
でも敵も満身創痍。
「終わりだ!うらあ!!」
魔獣の頭に強化された脚力での全力の蹴りが直撃し、なんとかノックアウトできた。
「はぁ……はぁ……帰宅部なめんなよ。ざまあみやがれ!」
勝てた…。
こいつは1〜14レベルの中の5レベルくらいってとこだろうか。
一般人が勝てるなんて奇跡的なレベルだ。
グルルッ……
不意に後ろから唸り声が聞こえた。
「クッソ……」
そうだった、こういう魔獣系は群れるタイプがいるんだった。
グルルッ…
敵はあと2匹か。
1匹だって奇跡だったのにそれがもう2匹なんて無理だ。
「逃げるしかねえ!」
俺は魔獣に背を向けると全力で逃げる。
だが、やっぱり早く動ける分早く疲れてしまう。
疲労困憊になった俺は、魔獣に追いつかれてしまった。
ガァッ!!
「くっ……!」
魔獣が飛びかかってくるのは横に飛び退くことでギリギリ回避する。
一撃でも受ければ隙ができてジ、エンドだ。
足が、痙攣して力が入りづらい…。
魔獣の動きが遅く見えてる分、俺は自分の死がリアルに見えた。
(結局死ぬのか……。)
俺はその場から動けず、襲いかかってくる魔獣を真っ直ぐ見つめる。
ゆっくり、魔獣が一歩、また一歩と近づいてくる。
ピタッ
魔獣が突然、攻撃を躊躇いだした。
ザシュッ!
その音と共に、目の前の魔獣の内の1匹が切断された。
「大丈夫か!?」
(助かっ……た……)
緊張感が切れた俺はそこで意識を手放した。




