陽炎の如く
「ふぐぬぬぬぬ…!!」
「力めばいいってもんじゃねぇぞ」
船額さんが庭の石に向かって顔が赤くなるくらい力を込めて持ち上げようとしている。石は少しカタカタと動き、ほんの少しだけ浮き上がる。
神社での能力特訓を始めて早や3日が経った。未だ能力を十全に扱う事は出来ていないが、ほんの少しずつ片鱗は見せはじめた。
俺も何か新しい事が出来るようにはなりたいのだが、いかんせん相手が居ないと発動しないタイプの為練習が難しい。それで結局、縁側で特訓を見守る日々が続いていた。
「今日も頑張ってますね〜」
「あ、希さん。こんにちは」
屋敷の奥から部屋着姿の希さんが出て来た。オフの姿みたいだけど今日平日ですよ…?
「そろそろ見回りを再開したいのですが…また琴ノ葉君達に頼むことになりそうです」
「そうですか…前回は大きな神力を目的とした見回りでしたよね?今回は何か目的が?」
「えぇ…ここ2日で不可解な事件が近場で数件起きています。通り魔事件に、不自然な事故多発…今回は船額さんや琴ノ葉君達の様な暴走ではない、故意的なモノの可能性があります」
故意的、つまり能力を自覚して扱い人に向けているかもしれないということ。もしそれが本当なら一刻も早く止めないといけない。
「前回の事でハッキリと分かりましたが、琴ノ葉君の能力は対能力者においてかなり強力な武器になります。しかしこちらに敵意を向けてくる人に対してどこまでやれるかはまだ未知数です…だから気をつけて」
希さんは真面目な顔で念を押すように注意してくる。いつもはフランクな話し方をしてくれる人だが、重要な事を話す時は決まって敬語になるという事はまだ浅い付き合いの中でわかってきた希さんの特徴の一つだ。それだけ危険があるという事だろう。
「はい!最新の注意を払って見回りします!」
「よろしい!それじゃあ明日に行って欲しい場所があるんだけどね…」
「すみません…!その…見回り…わ、私も…行かせて…もらって…ハァハァ…いいですか…?」
少し目を離していた間にめちゃくちゃ息の上がった船額さんが割って入って来た。何したらそんなに息が上がるんだ?
「お前はまだ能力使えないだろうが。その状態で危険なトコに行かせらんねぇぞ?」
「そう、ですけど…」
理由はよく知らないが船額さんは俺以上に見回りに行きたがってるようだ。やっぱり自分が助けてもらったから人に返したくなったのだろうか?もしそうなら気持ちはわからないでもない。
「…能力を使うだけなら俺がいれば出来ると思います。実際暴走した時に俺の洗脳で操って使いましたから」
「それは確かに聞いた。けど1人で何もできないんじゃあ…」
「まぁまぁ翔くん、能力の開花はその時のテンションが関わってくることもあるし?実際に外に出てみるのもいい影響になるかもよ?」
反対する笑原さんをなだめるように希さんが口を挟む。希さんの話も一理無いわけでは無いのか、笑原さんは頭を掻きむしりつつ唸る。
「…チッ、わーったよ…オイ扇!船額お前に預けるからな。お前が入れたみたいなもんなんだから…」
「わーっ!わぁっ!」
笑原さんが何か言おうとしたが慌てて船額さんが今日一の大声で遮る。俺がどうかしたのだろうか?
ふとそこで気になった事を希さんに質問する。
「それは大丈夫ですけど…桜木さん達は?」
「和ちゃんとヒカリちゃんには別の所行ってもらおうと思っててねぇ」
俺と船額さんだけでは何かあった時に対応できるかが不安なのだが…まぁ居ないものはしょうがない。俺は船額さんの方へ向き直って声を掛ける。
「船額さんは大丈夫?俺と2人じゃやっぱ…」
「いやいや!!だ、大丈夫ですっ!はい!」
言葉では了承してくれてるが、目が合わない。
友人を作るという目的の一つを達成する為に歩み寄ろうとしているつもりなのだが、仄香には自分の会話術が一切通じず、琴ノ葉は愛想笑いで誤魔化しながら頭を悩ませ続けていた。
(うわ〜!!勢いで私はまた〜!!!)
一方仄香の方は仄香の方で琴ノ葉の事で悩んでいた。彼女は今までの人生引っ込み思案の地味女として生きてきたが、それを変えたいと幾度となく考えていた。そこにやってきた現実離れした出来事、初めて経験した衝動的な恋、諸々が重なって端的に言えばブレーキがバカになっていた。
その結果、気になる異性を追っかける為だけに神社に加入し、能力の扱いもままならない状態での同行を勢いに任せて進言してしまったのだ。奇跡的にその望みは通ったものの、少し経った今後悔の波がやってきていた。
(会話もほぼまともに出来ていないのに何を私は先走って…!)
何故か一度も会話が上手くいっていないまま状況だけステップアップしてしまっているこの状況。自分で自分を追い詰めている事に気づいてはいるものの、転がり出した状況は止まらない。
互いに近づこうとしているはずが、何故か交差し続ける2人。彼らの意思が通じ合うのに一体どれほどの時がかかるのだろうか
◇◇
少なくとも、その時は翌日では無かったらしい。2人は学校を終えて下校をするそのままの足で指定された場所にやって来た。
「ここが謎の事故が多発している交差点…」
「何も変わったところは…無さそう、ですね…」
希さんらからもらった情報に寄ればここでハンドルをいきなり切る人が後を立たないそうだ。そして事故を起こした人は皆、口を揃えて「いきなり人が出てきた」という妄言を言うらしい。しかし監視カメラには一切それらしき人影は映っておらず、他の目撃証言が無いことから警察も手を焼いているとのこと。
「事故が起きるのは日の暮れ始める少し前の午後5時ほど、つまり今くらいか…」
「でも、見た感じ今はあんまり人居なさそう…?」
船額さんの言うとおり横断歩道を渡る人もおらず、車もまばらだ。元々人通りが多いわけでは無い通りなので特に変化があるわけでも無い。
「うーんこれは今日は収穫なしだろう…か……」
一応近くを見回って原因となりそうなものがないか調べようとしたその時、傾いた日が交差点を照らした。赤く点灯する歩行者用信号に影を落とさせる日光に照らされるものをもう一つ琴ノ葉は見つける。
それは金髪のギターケースを背負った女子高生だった。先ほど見た時には確実に居なかった少女に驚いた琴ノ葉だったが、その数秒後さらに驚く事になる。
「っ!!危な…」
青信号に従いスピードを上げた車がその少女目掛けて突っ込む。しかし次の瞬間、車は何事もなかったかのように素通りし、少女は同じ場所に立ち尽くしていた。確かにあの少女は車をすり抜けた。




