グラスを落とした女の子
野城市までやってきた俺達だったがパトロールと言っても今回は目的地がある。もちろん件の事故があった現場だ。
「やっぱこの辺車も人も多いなぁ…目撃されずに人を突き飛ばすなんて普通無理だわ」
「事故現場から察するに吹き飛んでくるならあの路地裏でしょうね。まぁダメ元で調べてみますか」
ここに至るまで一応見回りはしているが収穫はゼロ。そもそも「ここら辺に念動力みたいなの使って人ぶん投げてる女の人見ませんでした?」とか直接聞けないから基本自分らの足で手掛かりになるものを探すか現行犯を取り押さえるぐらいしか方法が無いらしい。よく犯人は現場に戻ってくるだなんて言うし手掛かり無しの今ではこんな所を見て回るしかないのだ。
「というかここ結構学校から近いな…放置しすぎるとウチの高校からも被害者が出る事態もあり得る…」
「経験者が言うと説得力が違いますね」
「傷口に塩を塗りたくりおって!……ん?なんか落ちてる…眼鏡?」
足元に何か光の反射が見えた気がしてよく見てみると黒縁眼鏡が落ちていた。アスファルトに色が同化して今まで見つけられなかったのだろう。拾い上げてじっくり見てみたがどうやら度が入っていない伊達メガネと言うやつらしい。眼鏡の縁に金色の意匠の様なものが付いていて何となくそこらの100均とかで買えるようなものではないことは想像がつくが…
「んー…??」
「どうしたんですかそんなの拾い上げて。多分貴方に眼鏡は似合いませんよ?」
「うるさいな…そういう桜木さんは眼鏡似合いそうだよね」
「な、なんですかいきなり…」
「頭堅そうじゃん?(笑)」
あぁ!!止めて首絞めないで!!昨日武田が喰らったチョークスリーパーを俺にも体験させないで!!
俺の顔が赤から青に変わるくらいで止めてくれた。桜木さんが強めに当たってくるからこっちも反発したくなっちゃうんだよな。一周回ってこのくらいの距離感がこの人は一番良い気がしてきた。いやそうじゃない。
「ゼェ…ゼェ…この眼鏡…なんか見たことある…」
「見たことある?落とし主を知ってるってことですか?」
「いや…これ多分今人気のグループVtuberのコラボ商品だった気がする。俺は良く知らないけど妹が好きで結構前にプレゼントしたんだよ」
ハッキリ思い出した。コラボ商品って大体腰抜かすくらい値段が高くて手が出せないっていうから内緒で買ってプレゼントしたら引くくらい喜ばれたんだった。あの時ほど妹から感謝を言われた日は無かったし財布に大打撃も受けたから思い出に残ってる。
「これ…もしかして今探してる能力者の所持品の可能性あるかな?」
「あるでしょうね。もちろん確定じゃないですが…でも持ち物から人を探せる能力はウチや知り合いには居ませんよ」
「そっか…でも高価なものだし汚れないよう保管しておくよ。会うつもりなんだから直接渡して確認できるし…」
「テロの次には窃盗…」
「銃刀法違反さん黙ってくれますか~?」
とりあえずハンカチに包んで潰れないよう胸ポケに入れておく。結局この日はそれ以上の手掛かりを見つけることも出来ず夜になってしまい解散となった。明日は蝗梠さんも一緒にパトロールをするらしいが…持ち主、見つかるだろうか…?
◇◇
翌日、9時頃──
船額仄香は部屋のベッドの上から起き上がることもなく外に出れずにいた。理由は言うまでもないだろうが、一昨日の出来事が脳裏に張り付いて離れないからだった。
「私…どうすれば…」
自分が拒絶した相手が目の前で車に轢かれた。怒りに満ちた顔が鉄の塊に歪む瞬間がスロー再生のように脳内でループしている。結局一昨日はあの後警察に通報することも出頭することもなく家に逃げ帰ってしまった。両親は何事かと尋ねてきたが自分が人を突き飛ばして殺したかもしれないとは言えず、強引なナンパにあって逃げ帰ったという半分本当の嘘で誤魔化した。親は私のノミの心臓っぷりを知っているためそっとしておいてくれている。
悩みの種はそれだけではない。先ほど突き飛ばしたとは言ったが厳密には違う。触れていないのだ。間違いなく押し退けた手は空振りしてしまったはず…一体私の身に何が起きているんだろう?この二つの誰にも言えない悩みが私が起き上がるのを押さえつけていた。
「…内輪君、配信してるかな…」
昨日は寝る、ご飯を少し食べる、親と少し話すくらいしかできなかったが今日は配信を見るくらいの気力はありそうだ。所詮現実逃避だが…
内輪風太郎、所謂私の推しと言うやつだ。所属するFan’sというグループの中でも皇子様系の声とその声から持たれる印象を裏切る天然キャラのギャップが特徴で人気も高い。中学時代から推していてお小遣い貯めてグッズを買ったりなんかもしている。外に出る時も肌身離さず持って…
「~~!!!」
がばっと体を勢いよく跳ね飛ばして起き上がる。完全に忘れていた…!一昨日の事件の最中に身に着けていた有名眼鏡チェーン店とのコラボ商品〈Fanglass~内輪風太郎モデル~〉を落として拾い損ねていたのだった…!疲れと焦りが私を狂わせてしまっていたのだ。あれは私が彼を推していることの証明みたいなもの、わかりやすく説明するとほぼ命だ。今私は死んでいると言っていい。またあの場所に近づくことになるが…ここでクヨクヨしてもしょうがないのだ!今は走れ私!後のことは後の私に丸投げします!
推し事で気分が一気に回復した私は両親に学校へ忘れ物を取りに行くと言い残し私は駆けだした。
近々序章の修正を行うかもしれません。今のところの修正予定は主人公の性格の矯正でしょうか。
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