再会
ある時、医者から余命を告げられた日
――あなたの余命は一年ほどです。
医師の口からその言葉が放たれた瞬間、世界が一瞬にして遠のいていくように感じた。
「え……私、死ぬの?」
頭の中でそんな言葉が繰り返し響いた。けれど、不思議なことに、自分が死んでいく未来はどうしても想像できなかった。人は死ぬとわかっても、案外その瞬間を思い描けないものなのだろう。だから涙も出なかった。心の奥が、ぽっかりと空洞になってしまったみたいで。
ただ、周囲は容赦なく前へと進んでいった。
母は診察室を出た途端に顔を覆って泣き崩れた。
「そんなの、あんまりです……」
「どうして……どうしてうちの子が……」
そして私の手を強く握りしめながら、かすれた声で言った。
「健康な体に産んでやれなくて、ごめんね……」
その言葉を聞いた時、胸が締めつけられるよりも、むしろ虚しさが広がった。だって、そんなの母のせいじゃない。人がどんな身体で生まれるかなんて、自分でコントロールできるはずがないのに。だから私は心の中で「しょうがないでしょ」とつぶやいた。でも、その小さな声が母に届くことはなかった。
友人たちも変わってしまった。
以前は笑い合っていたのに、今では誰もが私を腫れ物のように扱う。
「大丈夫? できる? 代わりにやろうか?」
そんな言葉を投げかけられるたびに、胸の奥がざわついた。
前までは、そんな風に気を遣われたことなんてなかったのに。私が望んでいたのは、病気になる前と同じように接してくれることだった。普通に、変わらずに。けれど、私の願いは誰にも届かない。みんなが私を「余命一年の人間」としてしか見なくなってしまった。
食事にも制限がついた。
好きなものを、好きなだけ食べることができない。
その小さな不自由が、思っていた以上に心を削っていった。食べたいものを我慢するたび、理不尽な怒りや悲しみが湧き上がり、感情のブレーキが利かなくなる。そうなると、私はただ泣くしかなかった。誰にも見られないように、声を押し殺して。布団を頭までかぶり、夜ごと枕を濡らすのが習慣になっていった。
やがて、学校へ行く気力もなくなった。
朝になると、母が私の名前を呼ぶ声が階下から聞こえる。けれど私は耳をふさぎ、体を小さく丸めて布団の奥に潜り込んだ。世界と自分を切り離し、ただ時間が過ぎ去るのを待っていた。
6月13日
今日もまた、何も変わらない一日が始まった。
窓から差し込む朝の光が、眠り続けたままの私の部屋を白々と照らす。時計の針はとうに午前を過ぎていた。起き上がる気力もなく、私はただ天井をぼんやり見つめていた。
――ゴン、ゴンッ。
突然、窓に何かが当たる音がした。
心臓が小さく跳ねる。けれど、すぐにどうでもよくなった。きっと風に舞った小石か、鳥か何かがぶつかったのだろう。そんなことを考えても、意味なんてない。どうせ私は一年後に死ぬ。生きていない未来に、こんな小さな出来事を気にする意味がどこにあるのだろう。
再び布団を被ろうとした、その時――。
――ゴン、ゴンッ。
今度はさっきよりもはっきりと、同じ音が鳴り響いた。
煩わしさに負けて、私はしぶしぶ布団から顔を出す。窓辺に近づき、カーテンの端に手をかけた。
シャッ。
布を払うと、まばゆい光が差し込み、思わず目を細める。だが、その次の瞬間。
視界に飛び込んできた光景に、私は思わず息を呑んだ。
――そこにいたのは、私がよく見知った人だった。
眩しいほどの笑顔を浮かべ、太陽を背に立っていた。
「おはよう! 麗音、久しぶりだな!」
その声は、重苦しい部屋の空気を一瞬で弾き飛ばした。
窓の外で手を振るその人は、まるで太陽そのもののように輝いて見えた。