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砲撃ちの狙い

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、このごろふとした拍子に肌から血が出たり、かぶれたりとかしてないかい?

 虫や微生物に食われると、知らぬ間にダメージを食らっていたりするもの。僕もふくらはぎあたりがかゆいなあ、と思っていたら、一晩あけてミミズ腫れのかさぶた版とでもいわんばかりに、ざあっと帯状に肌が赤くなっていたりするのだもの。

 先の虫とかに食われる、というのもあくまで門外漢の勝手な想像にすぎない。ひょっとしたら僕らの知らぬ間に、事態が進んでしまっているなんてこともあるかもしれないね。

 以前におじさんが話してくれたことなのだけど、聞いてみない?


 おじさんが小さかったころ、外で遊ぶときには「砲打ち」に注意しろ、と教わったらしいんだ。

 砲は鉄砲からきているとの話だけど、「鉄」でできているものとは限らない。銃としないのは、傷の痕の大きさが20ミリを超えることがままあることかららしい。

 もし、外に出ているとき、「パアン、パアン」と運動会のときに使う号砲に似た音がしたならすぐに建物なり、木の影なりに身を隠して、音が響かなくなるのを待て……という奇妙なことを学んだのだとか。

 銃刀法については、当時のおじさんもすでに知っている。よもや、法を破って危険なことをする輩がいるのかと、やや不安に思いつつも、「自分ならば大丈夫だろ」とのバイアスも働いて、外遊びをする機会を減らすことはなかったとか。


 そんなある日に、おじさんはその「パアン、パアン」という号砲じみた音を、出し抜けに耳にする。

 このとき、ちょうどおじさんは障害物が手近にない、だだっ広い道を歩いていた。やむなく100~200メートルくらいはある木の影へ走るも、幹へ背中を預けた際に、ふと左腕に大きな腫れができているのを見て取った。

 どこかにぶつけたのか、こすったのか。少なくとも木の下へ逃げ込む前には、このようなものはなかったはずだ。大きさは握りこぶしほどで、腕に乗っかっていると考えると、かなり目立つサイズ。わずかながら、かゆみも覚える。

 パアン、パアン……。

 号砲らしきものは、それからもしばらく、かなたから響き続けていた。やがて音がおさまってから木の下より出て家へ戻ったものの、その日はどこも運動会はじめ、号砲を用いそうなイベントには縁がなかったという。


 砲打ちに関して注意を受けたおじさんだったけど、そのときにできる傷については大きさしかうかがっていなかった。

 特に血が出ているわけでもないし、砲で撃たれたんじゃないだろう……などと、勝手な素人判断。その日は手の赤みのことを自分から誰かに話を振るでもなく、仮に尋ねられても、のらりくらりと適当な返事をして済ませていたらしいのだけど。


 夏場にしては珍しく、ぐっすりと眠ることができた一晩が明けて。

 目覚めたおじさんは、自分の身体中および布団が真っ黒けになっていることに気付いた。

 足の先から頭のてっぺんまで、寝巻の上からでもお構いなしに塗りたくられるそれらは、指でこすってもちっとも落ちる気配を見せなかった。しかも鼻を寄せると、漁港の近くを通りかかったときに嗅ぐような、魚臭さが感じられる。

 せっけんなども歯が立たなくて、たまらずおじさんは両親である祖父母のもとへ急いだ。

 祖父母はおじさんの様子に、はじめはぎょっとした顔を見せるも、すぐに「お前、砲撃ちに撃たれたのを黙っていたな!?」ととがめてくる。

 おじさんが昨日の腕のことを話すと、黒々と汚れた左腕が、祖父の万力のごとき握力で握りこまれる。

 するとどうだ。昨日、腫れていたあたりに、黒に埋もれながらくっきりと模様らしきものが浮かび上がってくるじゃないか。おじさんがのちに振り返ったところだと、ギリシャ文字のΨ(プサイ)によく似た形をしていたのだそうだ。


「すぐに身体を清めにいかにゃならん。俗っぽいやつじゃだめだ」


 祖父はすぐさま電話をする。どうやら、ここの近くの神社へ連絡しているらしかった。

 電話が住むと、おじさんはすぐ祖父母へ付き添われて、神社へ向かうことに。徒歩で10分ほどのところにある神社、その境内へ入ったときには、すでに神主さんが特大の洗い桶を用意して待っていたそうなんだ。


 それは、家族で使うゴムプールをもうひとまわり大きくしたようなもので、おじさんは服を脱いだうえで、水の張ったそこを転がるように指示されたそうな。

 服の下もだいじなところも真っ黒けっけだ。思っていたような恥ずかしさはなかったという。けれどもいざ、指示された通りに転がるその水は、まるで温泉のごとき熱さだったそうな。

 最初に足の裏だけつけたときは、まぎれもなく冷水。それが体を横たえたときにはかっと、一気に熱を帯びて、許されるならば今すぐにでも飛び出したく思うほどだったとか。

 しかし、それはできない。体を水より外へ出そうになると、神主さんが長い長い網のついた棒でもって、押さえつけてくるんだ。いやでも、このお湯の中を転がらねばならない。


 しかし、効果はおじさんの目にも映った。身体中からあの黒ずみが「去っていく」んだ。

 落ちるんじゃない。黒ずみたちは大小、いくつもの小人や動物のような姿へ変わって、おじさんの肌から離れ、桶の外へいくつもいくつも逃げていく。それがすっかりおさまったとき、おじさんもまた元通りの肌になり、あのΨに似た腫れもひいていたのだとか。


 砲撃ちに撃たれたものがどのようになるかは、いくつか型があるが、おじさんの場合は「通貨」にされていたという。

 一晩の寝ている間、おじさんは砲撃ちたちの間でやり取りされる貨幣のひとつとして、数えきれないほどたらい回しにされた。その結果があの黒ずみのひっついた姿だったという。

 人が扱う貨幣も、多くの手で回されて汚れを引っ付けている。それと同じようなものだから、いわば不潔のかたまり。すみやかにのぞかねばならない。

 一緒に汚れていた布団たちも、ほどなくお焚き上げされたのだそうな。

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