第三章 四度目の日ノ出
ガガバーカは焚き火を見つめている。
あの蛇は不味かった。
食べ終わってからずっとこのままぼーとしてた。
クーチャからもらった毛皮を縫おうともしたが、どんな被り物にしようかと考えた時点で疲れて放り出した。
ただ適当に体をその中に埋め、上半身が積んだ岩に倚り懸かりながら、焔の踊りを見てた。
何故か懐かしい感じもした。昔もこんな光景あったかな。
そうだったな。いや、違った。
あの時は部族の皆と一緒に火を囲んでた。
周りにもっと人がいた。
そして寝ちゃいそうな自分を支えてたのは、もっと暖かい、逞しい……
そう悲しみながら、ガガバーカはあの時と同じように、眠りに落ちた。
あまりの悲しさに、誰かが大声で泣いていた。
あまりの恐怖に、その口を遮ろうとする人もいた。
どこかからは、低い呻き声と枝木の擦れる音。
闇から放たれる殺意。咆哮と叫喚は何度も続く鈍い音のあとで静まり返った。
微かに聞こえて来るのは途切れ途切れの湿っぽい鼻息。
そして満足を知らぬ闇はまた動き出した。落ち葉の踏まれる音はどんどん近づいてくる。
暖かい息が顔にあたって、唾液の臭いが伝わってくるその時!
「オロロロロロロロロロロ」
訳の分からない戦号をあげながら、男が向かい側から飛び出た。
「カシャカシャカシャ」「パカパカパカパカ」「カラカラカラ」
その男だけじゃない。その後ろから続々と人が現れた。
枝を切り落とす音、葉っぱを薙ぎ払う音、骨をぶつけて叩く音。
さらには光。燃え盛る枝を手にした人が四方八方から囲んで来た。
そんなのを前にしては、どんな闇でも慌てて逃げ失せるしかなくなった。
その大勢から一人が出てきて、こっちに歩み寄る。
光に照らされ、驚きから喜びと、慈しみに満ちたその顔を、ガガバーカは知っていた。
いつかの焚き火の傍で、見慣れていた顔だ。
その男に抱きかかえられて、泣き声は再び響き渡る。
「ガガバーカ」。男は赤ん坊をなだめながら、それを口にした。
「大した命だ」と称賛する言葉が、やがて名前となった。
ふっと瞼をあけたら、満天の星が目に入った。
ガガバーカは呆けて、しばらく固まってた。
確かに昔タリシから、自分を拾った時のことを聴かされてた。
いや、聴かされたというより、お願いして教えてもらった。
今の夢は、本当にその時の情景そのままか?
何でそんな夢を見たんだろうと、ガガバーカは枝を火に投げ入れながら、夜空へ問う。
タリシ、この星の光の中に、お前はいるのか?
タリシ、今日のこと、お前は見たのか?
やがてその回答は得られぬと悟って、自分の顔を何度も摩った。
不意に、視線が食べ滓に留まった。
その蛇の不味さのおかげで、骨にはまだ微かな肉、そして皮も残ってる。
ガガバーカはそれを持って、あの草むらの前まで行った。
昔、タリシは言った。他の部族の人間と会えるのは、生きてるうちに多くても四、五回。
草むらはただ風に揺れていて、おかしな動静はない。あの仔は寝てんだか死んでんだか、逃げたか食べられたかすら分からない。
だから流れてきて、獣に襲われながら生き残ったしぶとい命の『自分』は、神霊からの贈り物だ。
ガガバーカはとにかく食べ滓を草むらに投げ入れた。
食い扶持は増えるが、運命の贈り物は皆すべて素晴らしい。良し悪しはない、等しく受け入れようと。
少し様子を見てたが、何の動きもない。
「そして、ガガバーカ。」「お前という贈り物は、今の俺の誇りだ」と。
ガガバーカはそのまま寝所に帰った。
翌日の朝、ガガバーカはまた草むらの方へ足を運んだ。
骨の肉は綺麗に舐め取られていて、皮もだいぶ齧られてた。食欲はあって、血まみれだが一見怪我もなさそう。
だけどやはり噛み付こうとして、案の定ガガバーカに叩き飛ばされた。
その日の昼、ガガバーカは魚と蜥蜴を捕ってきた。
その日の午後、ガガバーカはまた食べ滓をあげに行った。
そして手を噛まれた。幸い幼い故か、傷にはならなかった。皮膚に赤い跡が残っただけ。
当然、元凶は然るべく張り飛ばされ、飯も抜きになった。
その晩、もう一度飯をあげに行って来たガガバーカは槍と工具を磨きながら、蜥蜴の皮で何か作れないかと考えていた、が、何も思いつかなかった。
三日目の朝、草むらを確認しに行ったガガバーカは噛まれなかった。
得意気にそのまま狩りに出かけようとするガガバーカは、その仔が草むらの外までついてきていることに気付いた。
その日の食事はまたしても蛇。捕る時も焼く時も、遠くからの小さき視線を感じた。
とうとう寝所の場所ですら把握され、加えて一緒の食事を強要された。
午後になってガガバーカが谷の地形を視察しに行ってる間、隙を突かれて寝所までも占領され荒らされる羽目になった。
「これが贈り物を渡された側の気持ちか?タリシ。」と、帰ってきたら嘆くばかりのガガバーカだった。
その晩、一人と一匹が焚き火を囲んだ。しかし何故か右の前足がちょっと焦げ臭い。
四度目の朝、ガガバーカは荷物を全て片付けた。
そろそろ出発だ。この峡谷を降りる。昨日の視察で降りれる場所を見つけた。
何となく別れの匂いがした。
ひたすらに前を往くガガバーカを見て、狼の仔は戸惑った。
「うぅぅぅ…ィィアウアウ」と、不安な声が漏れた。
やがて、ガガバーカは立ち止まって、振り返った。
「ここを出るのも、残るのも、お前の運命だ。他人には任せられない。」
「お前も十分に成長してる、そろそろ巣を離れる大きさだろう、ちゃんと肉も喰えてる。」
「お前は既に運命の贈り物を受け取った!うまくやれよ、『タリシテン』。」
そしてゆるりと腰を下ろし、坂を降りようとした。
狼の仔はそれを見て、躊躇もせず付いて行った。
タリシテン、『タリシのように』。
これは神霊からのもう一つの贈り物だ、二人への。
この章でどうやって次に繋ぐのか結構悩んだ。一応『タリシテン』の所は最初の予想通り。
話を構想してる時から既に幾つか名前と意味の組み合わせを考えていた。でもこれが一番くるだろうと思ってw
子供に自分の親の名前つけるの何となく熱いよな?自分もずっと何らかの作品でそういうのやってみたかった。




