第一章 前途なき光
挿絵を頼んだ人は今週一杯忙しいので、イラストはちょっと遅れてあげるかも。別に必ず一章ごとに一枚ってわけでもない。ペースも考えないと…
ガガバーカは部族随一の槍使いだった。
前代の族長タリシに拾われてから、ずっとその恩を返せるように、自分を鍛えてきた。
斧、鞣し、裁縫、調理なども色々試しに学んでみたが、やはり一番得意なのは武器の槍だった。投げて、殴って、攪乱して、刺して、そして血肉を戴く。たったそれだけで部族の皆を笑顔にできる。
その槍は空中から地面に、陸から水底に、ガガバーカの手にかかれば逃げられる獲物はそうそういない。
単独行動で標的を追跡するのはおろか、団体の狩猟時も自分の役割に尽力し、できるだけよい収穫をもたらす。もちろん、その時に追跡や行動の画策は全てクーチャが一手を担い、自分は目標を仕留めることに集中できるのでもっと楽なんだが。
クーチャはタリシの息子にして、現族長トルンの弟。動物の糞や足跡からその体調を分析し、目標の選定や誘き寄せ、囲い込む計画も立ててくれる、大変賢い奴。団体狩猟の時は大体クーチャとガガバーカが皆を率いて出る。そして帰ったら、クーチャは兄の所へ報告してる間、ガガバーカはそのまま剥ぎ取りをし、調理してる女性たちにチヤホヤされながら食事が出来上がるのを待っていた。夜を共に過ごす相手もたまにその時間に決めることもあった。
そして皆で一緒に食事をする時はよくトルンとクーチャの議論に加わっていた。今夜見張りを立てるか、立てるなら誰にするか、そんな小さいことから、これから来る温暖季節でどんな頻度で狩りに出たら、次の寒冷季節を凌げられるほど産まれて来る子供だちの腹を満たせるのか、そんな気が遠くなるような話題まで。
血縁がなく後に加わってきたが、そんなことは誰も気にしてなかった。この三人はまさに同胞の兄弟のように、同じ教育を受けてきた。
もちろん、ガガバーカは夜の見張りなど、するつもりそれっぽちもない。むしろ一晩中ずっと気を張らなきゃならないのは大の苦手だ。狩りで獲物を気長に待つことはできても、来るかどうかすら知らない夜に襲ってくる野獣を待つのは無理がある。もっとも、トルンも疲れてる弟に見張りをさせるほどの間抜けでもない。
夜は決めた相手と寝床で温もりを分け合い、その後はぐっすり寝る。
狩りをしない時は工具を作り、磨き、次の狩りに備える。
そしてまた狩りに出る。
それがガガバーカの習慣で、生活で、信条でもあった。
自分たちがいれば、どんな窮地でも凌げる、部族は安泰だと、恐らくこの三人だけじゃなく、亡くなったタリシもそう思ってたのだろう。
しかし、そんな日々も、九日前でいとも容易く破滅を迎えた。
寒い季節の終り目に、トルンが寝ている間で謎の虫に刺された。
夜を掻っ切るような長く続く悲鳴がもたらしたのは、あれからずっと床に伏せるトルンだった。
巫覡婆が挙げた薬、植物でも動物の一部でも、二人の弟はできる限り取ってきたが、効果はほぼなかった。
こうして、トルンが刺されてから十日目、単独狩りから戻ってきたガガバーカは、その死を聞かされた。
最初は信じ難く、肩に担いでた仔牛を降ろして、そのまま小刀で皮を剥ごうと思ったら、いつものようにうまくは行かなかった。
手が震えていた。
できるだけ皆に背を向けて座ったが、それでも事実を聞こえてしまった。
何回も何回もだ。
涙がちょちょぎれた。
振り向いて自分の兄の死を宣告してきたクーチャの顔を殴ろうとしたら、火に照らされたのは可笑しいほどに悲しみを堪え、歪めているもう一人の兄の顔だった。
きっと自分も同じ顔だ。いや、クーチャの方がもっとだと、ガガバーカは思った。
だが、悪い事はいつも畳みかけて来る。
その夜の未明に、ガガバーカはもう一つ信じられないことを聞かされた。
巫覡のババアが、神霊と交流した結果、誰かがトルンに呪いをかけた、と。
その呪いのせいでトルンは九日間苦しみ、死んでいった、と。
きっとその地位を欲しがってる弟の誰かではないか、と。
明けを告げる星が夜の幕を開ける直前に、クーチャがこっそり帳を分けて寝床に入り、そのことを伝えた。
その手に持ってるのは、上質な毛皮と幾つかの工具だった。
これを持って、出て行け、と。
噂はもう広まっていて、部族の間で不信が蔓延る、と。
あんたが出たら、俺はそれで巫覡婆と手を打ち、何とかこの災厄を終息させる、と。
子供たちは心配ない、手は出させないと。
差し出されたものには、幾つか小さい袋をぶら下げている帯もあった。
これからは暖かくなるが、いざという時必要だと思って、用具も入れといた、と。
開けてみたら、骨の針と動物の靭帯だった。
斧も燧石も渡された。
でも、まだ何もかも理解できていない。
ただ呆然として、袋に工具の石を詰めるガガバーカだった。
今はこの方法しかなかった、済まない、と。
そして、
「お前の腕ならきっと生きて行ける」、と。
終始クーチャの顔を見る気もなかった。
でも、クーチャの言うことはいつも正しかった。
クーチャはいつも最善の結果が残るよう働きかけてた。
だから、ガガバーカはクーチャを責めることも、疑うことも、できなかった。
ただただ渡されたものを着ている毛皮に引っ付けて、手に取って、魂が抜けたように前を向いて何歩か歩いた。
「さらば、ガガバーカ。父さんが願ったように長く生きろ」と、
クーチャはその背中を強く叩いた。
それでようやく意識を少し取り戻したように、得物の槍を手にして、走り出した。
見張りとすれ違い、柵を蹴っ飛ばし、この苦しみを嚙み砕くように歯を食いしばり、ただただ駆け抜けた。
全ての星々が光に飲み込まれるまで、一度も振り向かなかった。
ガガバーカは部族を出た、もう二度と戻ることはない。