第九章 〈カイシア〉の城塞③ 〈ニウシア〉儀式
メン……セツ………
メン! セッツー!
メーン! セッツゥゥー!
Man, Sets!!
ガガバーカは『最終面談』の場に立たされている。
「この場所でなら、皆自分の腕を余計なことを気にせず存分に発揮できます。」
ズィンズィのその一言で、ここに住むことを決心した。
あんな景色を目の当たりにしたら、あんなことを聴かされたら、心のワクワクを止められるわけもない。
『城塞』内での観覧はまだ半ばにもかかわらず、ガガバーカはその場で即座に参入を申し出た。
それで行われたのは、五日間に渡る〈ニウシア〉儀式だった。
ガガバーカは知識ではなく、狩猟の技能を持つため、儀式の間は主に外で過ごしていた。
その儀式は、二日間の『生存』技能試練と三日間の『狩猟』技能試練に分けられた。
そしてタリシテンも連れていいと言われた。
『生存』技能というのは主に一人で野外での生存能力を考察するもの。当然その中には危険との遭遇、単独での狩り、そして水源の探査なども含められていた。
『狩猟』技能の試練は団体狩猟、目標は象。牙がやたらと長いやつ。
発見・追跡・計画・見張り・追い込みなど、団体での役割の何を、どれほど果たせるのか、多方面の技量が問われるのだった。
今回の目標ははぐれた個体だったとはいえ、あの巨体と長牙は一瞬の油断も許してはくれない。
狩りには怪我という概念はない。『生』と『死』のみが存在する。
されど当然、我らがガガバーカは、
狩りの好手槍の達人ガガバーカは、
『生存』と『狩猟』そのどちらも熟した。
タリシテンが足を引っ張ることもあったが、それはそれで可愛いもんだった。
五日目の夕方、帰ってきたばかり、身を清めた水を拭く余裕もなく、
ガガバーカは『最終面談』の場所へ呼ばれた、
七人の<ヤクウィン>が待つあの建物、『楼閣』へ。
入る前、ガガバーカはタリシテンに外で待つよう言いつけた。
そして今まさに、儀式の仕上げという所だろう。
<ヤクウィン>は全員、ガガバーカの目前にいる。その面前を囲むように地面に座っている。
タンタンタンッ!
その中顔の知らない一人が石で地面を叩いた。
木造だからかそれとも地面の構造がちょっと特殊なのか、音はめちゃくちゃ響いた。
「入居希望者ガガバーカ、そこに座っていいです。どうぞお構いなく。」
「…………」
ここの人間どうやら皆そうだ。言葉に無駄な発音がいっぱい付いてくる。
他のことに気を取られているうちには気にしなかったが、いざ集中して聞くとやはり慣れない。
自分もここで暮らしてたらいずれこうなるのかな……
でもそんな事を口にしたら怒られるだろうと、ガガバーカは腰を下ろす時に沈黙を貫いた。
「あの狼は連れてきてないのですか?」
「タリシテンはまだ若い、やんちゃなんだ。何か壊したら大変だから、とりあえず外で待たせている。」
「では早速、本題に入りましょう。
あー、ガガバーカ様」
今度は顔見知りのズィンズィのじいさんが口を開けた。
「〈カイシア〉内部を案内していた時にあなたが見た通り、私たちは現在、食べられる草をこの中で育てようと試みてます。」
「そして一定の成果もありました。ご覧になったはずです。」
今度はソオムが補足する。
「草だけではなく、牛や羊、ひいては象や獅子みたいな恐ろしいものまで、同じように育てられないかなと…実は私たちは思うのです。」
「育てて食べる、もしくは生活の中で何か役に立ってもらうとか」
「そこであなた様が現れました。狼と一緒に渡り歩いてきたようですね。
実は今回の技能試練の儀式も、あなた様がどれほどその狼と一緒に行動できるのか試すためでもありまました。」
「一緒にいる日がまだ浅いから、特に連携とかはできないけどね…」
そんなに期待されると、さすがのガガバーカでもちょっと恥ずかしい。
「ですから私たちも前向きに、ご入居について検討したいと思います。
まずはご自分の集落を離れてこの〈カイシア〉まで来た理由を教えてもらえませんか?途中でどんなことがあったのかも、是非聞かしてください。」
そうやって、ガガバーカは思い出せる限りのことを全て告げた。
自分の出身、トルンの死、タリシテンと出会った時、その名前の意味。
それらを聞いてる時のあの七人の顔に、それぞれ違う表情を宿った。
でも複雑なものに構う余裕はなく、ガガバーカはただ伝えることに精一杯だった。
そして全てを聴き終えたあと、皆黙り込んだ。
考えているように見えたが、今度は少しだけ、七人の顔に同じ『困ってる』ような表情も読めた。
「こちらから一ついいですか?」
返事の隙もくれないみたいに、その知らない<ヤクウィン>の話は続いた。
「あなた、それを言ったらですね、誰も受け入れてくれないですよ?」
???
ガガバーカはただただ理解できなかった。
全てを聞きたいと言ってきたのに喋ってはダメなこともあるのか?
「まずあなたが集落を出た時のこと、その原因、それはですね、二度と誰かに言わない方がいいです。
理由分かります?ね、分かります?」
分からないから教えて欲しいと言いたかったが、その機会もくれずにその<ヤクウィン>の話は続く。
「あくまで忠告ですね。次からは気をつけてください。今回は皆いますから、大目に見てあげられますけど。」
と、訳も分からず釘をさされた。
「そしてわたしからも一つ。」
また知らない顔だ。
「これから我が〈カイシア〉で生活したいのならば、『ゲー語』は覚えてください。」
「ゲー語?」
流石に声に出しちゃった。
ガガバーカにはタリシテンと意思の疎通はできたが、この人たちとはまだのようだ。
「そうです。それが立派な〈カイシア〉人になる第一歩です。
一番基礎的なのは…そうですね。とりあえず言葉の後ろに『です』か『ます』を付けて欲しいですね。」
なるほど、あの意味を成さない無駄な発音は『ゲー語』と呼ぶのか。
一体誰が最初にあんなのを思い付いたのだろう……『ゲー』と呼ばれるやつか?
でもここはとりあえず………と、ガガバーカは目を閉じて少し息を吸った。
「分かったます。」
(ぷっ)
誰かが失笑したようだ。
ガガバーカは目を開け、座ってる七人を見渡す。
何人かが手で口を抑えている。どうやら可笑しな使い方をした。
でもそれでいい。
さっきの緊張な感覚より誰かが笑った方が余程マシだ。
「今はそれでも構いません。いずれは使えるようになるでしょうから。」
どうやら承諾は得た。
「ガガバーカ様」
また発言の順番がズィンズィに回ってきたようだ。
「ではあなたがこの〈カイシア〉で生活することを許しましょう。おめでとうございます。」
その声とともに、七人が一気に手を叩き始めた。
そして叩きながら言う。
「めでたいですね。」「歓迎いたしますよ。」「今日からこの〈カイシア〉の一員ですね。」
「〈カイシア〉人として恥じぬ行動をすることを期待しています。」
そしてなかなかその叩きが終わらなかった。ダラダラと煩い音が続く。
ガガバーカはこれで終わりと思っていいのかと、不安と困惑で動けなくなっている中、ようやくソオムのおばさんが手を振りかざして、
「皆さん、『拍手』は程々にしましょう。皆さんもきっとお疲れですから。」
そしてガガバーカを見て、こう言った。
「あの狼のことですが、ガガバーカさんの所有物ということで、一緒に生活ことを許可しました。
〈カイシア〉としても、あなた方のこれからに期待しています。」
「それでは、『最終面談』、お疲れ様です。貴重なお話、ありがとうございました。」
ズィンズィのこの一言で、ガガバーカはようやくこの場から解放された気がする。
そして無言のまま立ち去り、外でじっくり待ってたタリシテンと合流した。
なんだか………やるせないと感じてしまった。
それを噛みしめながらガガバーカはただ歩き続ける。
目的地もなく、タリシテンを連れて。
最初にあの景色を見た時はワクワクしてて、ここに住めることを期待していたが、
いざここの<ヤクウィン>と向き合ってみたら、どうもその人たちが胡散臭いと思えてきた。
多分悪いことは企んでないけど、その人たちの真意はガガバーカには読めない。
まるで薄い帳を隔てて中の人と外の人が会話しているように感じた。
帳の中から見えるのは外の人が布に投じた、揺らめく影。
外にいるその本当の形は、はっきり見えない。
…………
気が付くと、ガガバーカは既に知らない景色に踏み込んでいた。
見たこともない場所だ。案内してもらった時にここら辺には来なかった。
目の前に広がるのはどうやら低地みたいだ。今自分が踏んでいるのは境い目か?
はっきりとこっちとあっちの高低差がわかる。
太陽の顔が既に柵に埋もれ、最後の真っ赤な光もどんどん消え失せようとしている。
その一筋の光を頼って見ても、向こうは暗い。
人はあちこちいて、時々咳とか歩く音とかするが、皆この高地から伸びる長~い影で覆われてる。
何だか寂しそうな場所だなって、ガガバーカは理由もなくそう思えた。
「あんたがガガバーカかい?皆あんたの噂をしてるよ。」
その寂しさを遮ったのは、背後からの声だった。
振り向くと小さな子供がいて、自分に話かけている。
「もうこれ以上進まないで、向こうには気安く踏み入れない方がいい。」
「何故だ?別に危険はないだろ?まだ柵の中だし。」
ガガバーカはその『ゲー語』を使ってない子供から謎の親しみを感じた。
「ここから先はね、黒〈カイシア〉なんだよ。」
これで最初の何章でたまに説明で敬語使ってたのは会社帰りで書いてたからってバレましたね。どうでもいいですけど。
ちなみに狩った象の種類はステゴドンです。象牙めちゃくちゃ長い。