お茶会の誘い
ミカエル・サンドレ侯爵夫人が御礼に来ました。
(あの結婚式で祓いの儀式をした方ですね!)
「メアリージェニー様、この度は聖女のお勤めご苦労様でした。これはささやかですが、ほんの御礼です」
「わ、すごい箱の量です…」
「気に入っていただけるか分かりませんが、特にこのお菓子はおすすめですわ」
パカッと蓋を開けると、焼き菓子が沢山入っていた。
「た、食べても?」
「もちろん、どうぞ」
とはいえ、ここでもしゃもしゃ食べたら、後でフェンネル公爵様に怒られそうだったので侍女長のセレスに手渡した。
「あんなに美味しそうな焼き菓子が食べられるなら、何回でもやります!!聖女のお勤め!」
「あら!すぐに舞い込むと思いますわ!」
きょと、としてサンドレ侯爵夫人を見た。
「本当にメアリージェニー様には感謝しております。あの後、夫は浮気相手と別れて、以前では考えられないほど私を愛してくれるようになったのです」
「はい、そのように契約しましたので!お幸せそうでなによりです!」
「…なのに結婚式の日、私はメアリージェニー様に失礼なことを…」
「サンドレ侯爵夫人は、今も私を嫌いなのですか?」
「いいえ!メアリージェニー様は私の恩人ですわ!」
「ならもう気にしなくて良いです。なんだか、私のことを歓迎していない人間たくさんいます」
「…メアリージェニー様…」
「仕方ありません。私の事をよく知らないからなんでしょう」
それにしても、サンドレ侯爵はよほど紅茶が好きみたいです。
もうお代わりするなんて。それも何も入れないで飲むの、すごいと思いました。
私はミルクと砂糖がないと飲めないのに。
「それについては、私にお任せください、メアリージェニー様!もう既に何人か結婚式を渋っているご令嬢に、お薦めしておきましたから!」
渋っている、というのはやはり私のことが嫌いだからなのでしょうか。
「人間は、魔界も冥界も良くない所だと思っているのでしょうか。だから私が嫌いなのでしょうか」
「えっ…と…。亡くなった人が行く所、怖いものがいる所、そんな風に思う方は多いと思います。結婚式は祝いの場、お祝いに死を連想させることはあまり歓迎されないのです…私もそうでしたが…」
「みんな死ぬのに不思議なものですね」
「本当にそうですわね…。あの…メアリージェニー様、良かったら今度うちでお茶会をやるのですけれど、いらっしゃいませんか?」
「お茶…私紅茶は甘いのじゃないと飲めないのですが」
「もちろん美味しいお菓子も用意させますわ」
「なら行きます!」
「私、メアリージェニー様を宣伝して回りたいのです!!みんな!誤解したままなんて勿体無いですわ!!」
拳を握りしめて、すごい勢いです。なんだか背後にメラメラと炎が見える気がしました。
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「茶会に呼ばれたと?良かったじゃないか、契約とやらが上手くいって」
頂いたお菓子が並んでいます。
でも、フェンネル公爵様は甘いものはあんまり食べないらしいので、屋敷の皆さんと食べることになりそうです。
「はい、あくまでも叔父さんとの契約なので、叔父さんが良しとしなければ成立しませんが、今回は「良いよー」って言ってくれたので」
「そんなに軽いものなのか…?」
「ダメな時は絶対ダメですけどね。…人間はうまくいかない夫婦もいると聞きます。そういう夫婦は無理に結びつけようとすると、むしろ綻ぶんじゃないですかね」
「へぇ…」
フェンネル公爵様、最近目すら合わせてくれなくなってしまいました。
そんなにも私のことが嫌いで信用できないみたいです。
「まあ、気をつけて行ってこい。お前を歓迎する人間ばかりではないことは肝に銘じろよ」
「あれ?フェンネル公爵様は行かないですか?」
「なんでご令嬢たちが集まるお茶会に男が行くんだよ…大顰蹙を買うぞ」
「それはちょっとつまらないです…」
「あのなあ、俺はお前の保護者じゃないんだぞ。なんなのか言ってみなさい」
「こーけーにん」
「よろしい。俺も仕事が抜けられないし、屋敷の者を最低でも五人は連れて行きなさい。わかったな」
「はーい」
「おい、本当に分かっているのか?連れて行くだけじゃダメだ、もちろんこの屋敷の者はお前をちゃんと見ているだろうが、成人祝いの日のことだってあるんだ。予想外の事態に備えて、お前もちゃんとセレン達が近くにいるかくらいは確認しなさい」
「成人祝いの日?」
「だから…雨が降った日のことだ!」
フェンネル公爵様が私の顎を掴んでほっぺをむにむにしてきました。
「ふぁい?」
「あれはわざとお前を雨晒しにしたんだぞ!全く、冗談じゃない!!」
「…なんでフェンネル公爵様が怒っているんですか?」
「怒ってなどいない!」
「何が冗談じゃないのですか?」
「しらん!!そんなこと言ってない!」
「え?言いましたよ?」
「揶揄うんじゃない!……なんだよ」
「やっと目が合いました」
せっかく目が合ったのに、急にのけ反ってそっぽを向いてしまいました。
ふんわりとフェンネル公爵様の香りがします。
「わあ、良い香り」
その背中に抱きついて、つい匂いを嗅いでしまいました。
「離れろ!」
「良いじゃないですか、減るもんじゃないのに」
「酷い言い草だな…」
「あと、少しだけ…」
いつの間にか寝てしまったみたいですが、すごく夢が見られた気がします。きっとフェンネル公爵様のジャケットがかけられていたからでしょう。