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聖女の初仕事(フェンネル公爵視点)

聖女の仕事は、二つある。

今日は、こちらに来て早々ではあるが聖女の仕事の一つが舞い込んだ。

貴族の婚礼で、聖女による祓いの儀式が行われるのだ。

ギリシャ神話のレリーフでしか見たことない様な格好だったメアリージェニーも、今日は結婚式らしい服に着替えてもらった。

コルセットはどうしても固辞されてしまったが。


(お、あれがシャーレン伯爵令嬢だが…うん?)


花嫁姿のシャーレン伯爵令嬢は婚礼には似つかわしくない程に泣き散らしている。

「嫌よ!魔王の娘だなんて…そんなの聖女じゃないでしょう!?そのような方に、婚礼の儀式をお任せできませんわ!聖女が現れるまで、一年も待ったのに…うぅっ…なぜ私ばかりこんな目に…」

取り乱す娘の姿に、狼狽するばかりの花嫁の両親。

そこへメアリージェニーが歩いて…

「こんにちは、貴方がシャーレン伯爵令嬢ですか?」

「おい!やめろ!」

止めに入ろうとしたけれど、場所柄あまり大声も出せず、メアリージェニーはスタスタと近づいて行ってしまう。


「あなたは?」

「私は聖女メアリージェニーです。あなたのお祝いに来たのです」

「え、え?貴方が……」


恐らく想像ではどんな悪魔が来るんだぐらいに考えていたんだろう。

メアリージェニーは見た目だけで言えば、その辺の人間の女と差はない。

「私からお祝いされるのは嫌ですか?」

「うっ…!い、嫌に決まっているわ!何がおかしくて婚礼の儀式に冥界の王女が祓いの儀式をするのよ!逆に呪われそうよ!」

「うーん…。なんだか、ここに来てから嫌われてばかりです。私はシャーレン様を良く知らないのに、意味もなく呪うわけがないじゃないですか」

「ぐっ……。…一年待ったのよ、私。前の聖女様はお年を召して亡くなってしまったわ。だから、一年待ったの。そうしたらね、彼、今日の花婿よ?その彼がね、浮気をしたの。しかもまだ続いているんだわ。その浮気相手、今日来ているのよ。笑ってしまうでしょう?だから、私こそが選ばれたのよって花嫁姿を見せびらかしたかったのに、すぐに離縁になりそう……うぅっ」

「人はいずれ死にます。生まれて死ぬまでの間に、喜ばしいことと悲しいことが交互に訪れるだけのこと。魔界は、冥界とも同一視されますが、確かに同じ死後の世界。父は魔王とも呼ばれるし冥王とも呼ばれますので、ハデスとも呼ばれます。つまり、魔王とて神であります。神も冥界も悪魔も魔族も、皆契約で成り立っています。神も魔族も契約を反故にしない」

「契…約?」

「人間の交わす契約よりも、強い強い力がある契約です」


俺ははらはらしながら、メアリージェニーの口を何度塞ごうと思ったかしれない。


「…彼、乗り気じゃないんです。結婚。でも、私の家は社交界で影響力があるし、既に婚約も発表してしまったから仕方なく、と言う感じなのです。もう、私もどうしたら良いのか…」

「つまり、シャーレン様を愛する心を取り戻せれば良いのですね?分かりました。私に聖女の務め、お任せ頂けませんか?」


話を聞いてもらって、心が落ち着いたのか、シャーレン伯爵令嬢は何度もこくこくと頷いた。




花嫁がバージンロードを歩んで来る。

花婿であるサンドレ侯爵が、その手を取った。

シャーレン伯爵令嬢がちらりと来賓を見る。

そこには若い令嬢の姿があった。


(あれが浮気相手か)


なぜか浮気相手の方が勝ち誇った顔をしている。

なんという尊大な態度であろうか。

さあ

聖女の祓いの儀式が始まる。

「えぇーっと…花婿ドリュッシー・サンドレ侯爵は花嫁ミカエル・シャーレン伯爵令嬢を生涯に亘り真に愛すると誓いますか?」

「……」

「誓いますか!?」

「ち、誓います」

シャーレン伯爵令嬢は、不安げにその様子を見ている。


「花嫁ミカエル・シャーレン伯爵令嬢は花婿ドリュッシー・サンドレ侯爵を生涯に亘り真に愛すると誓いますか?」

「は、はい。誓います」


月桂樹の葉に聖水を浸して、さっと二人の頭上を一往復させた。

きらきら

きらきらきら


厳かな会場に、わっと声が上がる。

まるで金粉が舞っているかのよう。

(結婚式で前聖女の祓いの儀式など、何度も見たが…こんなもの、初めて見る)


「アイナン・カーレ!!!お幸せに!」




聖女の務めを終え、披露宴で振る舞われた食事に舌鼓を打っているメアリージェニーを捕まえて問うた。

「あの金粉はなんだ!?」

「神の祝福は金と決まっていましょう。あそこには叔父さんも居ましたし…あれ?人間には見えませんでしたか?」

「通称を叔父さんで通してくれて感謝する…じゃなくてだな、」

「あれ、強力な契約ですよ。神との完璧な契約です。なら、破れるわけがない」

「じゃ、じゃあ、あの、アイナン何ちゃら言うのは何だ!?」

「ああ、魔界で言うところの結婚おめでとうですね、祝福します、とも言い換えられますが」

「はあ…。ん?魔界でも結婚式なんてあるのか?」

「そりゃあありますよー。破れた黒いドレスに黒いヴェール、参列者は逆手拍手でお祝いです」


髑髏がびたびたと逆手拍手しているのを想像してゾゾっとした。


「まあ、というのは嘘で…。普通ですよ。この結婚式と何ら変わりません。ただ魔界は暗いですから、花嫁の持つブーケは白く光るユキノハナです。なので、花嫁が先頭切って歩んでいきます。その光を頼りにみんなで教会まで歩んでいきます」

「白く光る?ユキノハナが?」

「魔界にはユキノハナしか咲かないので、ブーケはそれだけです。シャーレン様のブーケ、見たことのない花ばかり。とっても綺麗です」


(見たことがない、だって?花をか?)


ぐっと拳に力が入る。

「…うちの屋敷の庭には季節ごとに違う花が咲く。帰ったら見てみると良い。…おい、ここに来てまで匂いをかぐんじゃない」

すんすんと鼻をひくつかせていたメアリージェニーは、じっと一人の女を見た。


(キュレー殿…)


社交界の花。キュレー・トワトソン伯爵令嬢。

二人で会ったこともある。

いずれかはそうなる予感がしつつある仲だ。

彼女にメアリージェニーの後継人になる話をしたら、大激怒を喰らって、それから二人で会ってはいない。


メアリージェニーの視線に気が付き、彼女がこちらにやって来た。

大変気まずい。

メアリージェニーがちゃんと挨拶できるのかすら怪しいというのに…


つい、と裾を上げて見事なカーテシーを先に披露したのは、驚くべきことにメアリージェニーだった。

「初めてお目にかかります。私、聖女のメアリージェニーと申します。以後、お見知り置きを」

「まあ!これはこれは…私はキュレー・トワトソンと申しますわ」

キュレー殿も負けじと美しいカーテシーで応える。

「魔界ご出身と聞き及びましたが、なんとも可愛らしいお嬢さんでびっくりしましたわ。ねえ、エルシー?」


(っ!…初めてキュレー殿に愛称で呼ばれた…こんなところで、なんだ急に…)


美しいが鋭い目線で俺を射抜く。

「先に貴方からご紹介してくれなくては嫌ではないですか、ねえ?メアリージェニー様?」

「……」

メアリージェニーはそれ以降黙ってしまった。

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