初めての人間界で食べたマッシュポテト
「おお!!これが!魔王の、むす、め……?」
(しゅわしゅわ炭酸みたいに肌が痺れますね、なんでしょうこれは)
と思っていたら、人間界に着いたようです。
白い髭の男の人が口を開けたまま、こちらを見ています。
「あなた、人間ですね!?」
ペタペタと顔を触って「死んでない人間です!」と感動していたら、周りをぐるっと囲まれてしまいました。
「神官殿から離れろ!魔王の娘!!」
「しんかん?しんかん……」ペタペタ触った人間を指さしたら。
「うん……そ、そうだ、その方だ。離れろ」
一歩二歩と蟹さん歩きで横にずれたら、
「もっと離れなさい!」
と言われてしまいました。
「どれくらい離れれば良いんですか!何歩か言ってくれなきゃ分からないです!」
「じゃあ、十歩俺の方へ歩いて来い」
「いち、にーい、さん、し……じゅう!」
丁度、その人の前に立ちました。
「こんにちは!魔界の王女、メアリージェニーです!以後よろしくお願いします!…あれ?」
すんすんと匂いを嗅いだら、この人すごく良い匂いがします。
「な、なんだ君、無礼だな!」
「良い匂いします!」
周りの人間もギョッとして口々に何か言いました。
「フェンネル公爵様!!!」「くそ!公爵様から離れろ!!」「公爵様!!!」
こちらに来いと言うから行ったのに、離れろなんて面倒くさい。
それより
「人間、貴方はフェンネル公爵様と言うのですね」
「ぐっ!!!それ以上寄るな!!」
(良い匂いなのに…)
「フェンネル公爵様…本当にこの娘の後継人になるのですか?」
「し、仕方あるまい!仮にも聖女候補だ。縛り付けて牢屋に放り込んでおくわけにもいくまい」
(良い匂いを嗅いでいたら、お腹が空きましたね。確か鞄に…)
「しかし…」
「ならお前が預かるか?」
「それは無理です!」
「薄情な奴だ……って何してるんだ!!!」
私の肩を揺らして大声を出さないでほしいものです。
「じゃがいも蒸したヤツです。美味しいですよ、叔父さんが持って来てくれました」
「お、叔父?」
「叔父は人間の神です」
ざわっ
「お前、今なんて…」
「え?何か変なこと、言いましたか?むしゃむしゃ」
「あ!ここは神聖なる神殿だ!じゃがいも食べるのやめなさい!」
「後でバターくれるなら、やめます」
「ぬっ…!バターでもオリーブオイルでもくれてやるから、ここではやめろ!!」
(別に叔父さん怒らないと思うけどな…)
でも人間がうるさいのでやめます。
それにしても、必要以上にじろじろ見てきますね。
姿形は人間と同じはずですが、何が珍しいんでしょう。
まあ、私も生きた人間は珍しいと思うのですから、きっと同じような感じなのでしょう。
フェンネル公爵様が後継人になってくれたので、私はこの良い匂いを堪能しながら暮らせるらしいです。やったー!
この公爵様のお屋敷とやらに連れて行かれて、食卓に招かれました。
「フェンネル様!じゃがいも蒸したやつ、どこやったんですか!」
「そんなものじゃなくて、もっとまともなもの食べなさい!」
うーん、見たことないほど長いテーブルの上にいっぱい色んな物が載っています。
「これ、何ですか?」
「料理だが…」
繁々見てみますが、どれも食べ物じゃないみたいに綺麗です。
「仮にも王女が、じゃがいも蒸したやつをモサモサ食べるなんて…」
「じゃがいも、まともじゃないんですか?叔父さんが人間からのお供物で貰ったものだって言ってました」
私を指さすので、嫌だなと思って避けました。
「それ。神の兄と魔王の弟だって?他人が聞いたら君、火炙りものだぞ」
「炙って食べるのは魚とかですよ。私を炙っても美味しくないです、多分」
「いや、そうじゃなくてだな…いや、もう良い。頼むからウチにいる以上あんまり変なこと言わないでくれ…。あとこれは君が所望したじゃがいもバターだ」
「ええ!?これ、ぺちょんぺちょんですよ!?じゃがいも、どこ行っちゃったんですか…!?」
どこにもじゃがいもは見当たりません。流れる溶岩みたいなペースト状です。
「ああ、君があんまり不憫なんで、料理長がマッシュポテトにしたんだろ」
「ま?まっしゅ…?」
「良いから食べてみなさい。そんな目で見るんじゃない。ほら」
フェンネル様が、フォークで少しだけ掬ったのを口に入れてくれました。
「もぐもぐ、ん!じゃがいもが甘いです!不思議!何の魔法でしょうか!?」
「魔法じゃない、料理だ」
「もっとください!あーん」
「ええい!自分で食べなさい!」
「フェンネル様、ケチなんですね」
「ぐぬぬっ…!!!言っておくがな!俺はお前を疑っているし、常識がなさすぎる!はっきり言って嫌いだぞ!」
嫌い、とは、なんでしょう。
私は臭い匂いは嫌いです。
「私臭いですかね」
くんくんと嗅いでみる。もしかしたら、お父様が趣味で作る燻製の匂いが付いてしまったかもしれない。鳥ささみの燻製は絶品ですが、洗濯物に匂いが付くと厄介です。
フェンネル様はぽかんとしています。
「いや、別に臭くはないが…?何の話だ…」
「臭くないのに嫌いとは、不思議です」
「なんで匂いが判断基準なんだよ…」
「……」
「メアリージェニー?」
「魔界、暗いです。だから、匂いも大事な判断材料です」
「なるほど?」
「私はフェンネル様、好きです。良い匂いがします。美味しいご飯もご馳走してくれて、それから私を守ってくれました」
「ん?守って?」
「はい、さっき、私は殺されてたかもしれないでしょう?」
「っ!」
「人間たちは刀を私に向けていました。もしかしたら殺す気だったのですか?」
「それは……。いや、そうだな、こちらから呼んでおきながら無礼を働いたのは私達だ。非礼を詫びる」
「?別に大丈夫です。生きてます」
「…逞しいな…まあ、好きなだけ食べると良い」
「わーい!」
一通りのテーブルマナーは知ってます。魔界のテーブルマナーが通用するかは分かりませんが。
要は食べ物が違うだけです。
「よく食うな、うまいか」
「すごいです!美味しい!食べたことのない味ばかりです!」
「…太るぞ…」
「?食べるためにあるのでは?」
「まあ、好きなものを好きなだけ食べれば良いと思うが、そこらの淑女は体型を気にしてあまり食べない。というかウエストを締め付けているから、そんなに入らない」
「ふーん。人間って変ですね。太ると言うことがよく分かりませんが、私はこれ以上大きくはなりません」
「成長の話じゃなくてだな…」
「こんなに美味しいもの、食べないなんて、勿体無いですね。そういえは、叔父も言ってました。最近の人間は腰巻きで腹を括っているとかって。身体が弱くて聖女の器がいないって」
エッグスタンドのゆで卵を掬って食べてみます。こういうのは魔界と同じですね。
「…は?君、そんな理由でここに来たって言うのか?」
「父は反対しましたけどね。私、母が人間なので、見てみたかったのもあります、人間界」
フェンネル公爵様は大きなため息をついて、俯いてしまいました。
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