魔界にて(フェンネル公爵視点)
ここは、地獄なのか。
ならメアリージェニーの故郷だな、などと思うと吹き出しそうになる。
長い列を延々と並んでいる。
少しは進んでいるのだろう。
彼方に聳える宮殿を目指しているみたいだ。
(なら、並んでいる人たちは皆死者なのか)
これから、地獄へ行くか天国へ行くかの審判があるのだろうか。
なら、俺は間違いなく地獄に堕ちるんだろう。
メアリージェニーをあんな風に扱って。
さぞや魔王もご立腹というものだ。
「ギャアアアアアアア!!!」
後ろの後ろの後ろのずっと後ろの方で地を這うような悲鳴が聞こえた。
(なんだ?)
思って見ると、巨大な何かが堕ちていった。
(?)
堕ちていった物が追突する音がいつまで経っても聞こえない。
意外と軽くて聞こえなかったのか、それとも
まだ落下して堕ち切っていないのか。
地獄の底の底の底というのは、一万年落下しても辿りつかないのだという。
(まさかな)
前の連中が、俄かに動く。
(お、)
急に列がどんどんと進み始めた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
これが、
これが魔王。
つまりメアリジェニーの、父親。
ただの闇だ。
底知れない暗さの、ただ声だけが聞こえる魔王。
「貴様がフェンネル公爵か」
「…そうです」
「メアリージェニーが随分と世話になったらしい」
「どうも…」
「お前は、あの娘を幸せにしてやれるか?」
「そのつもりでしたが…死んだのでどうにも…」
「ふむ。時にフェンネル公爵よ、お前はよく娘を助けてくれた…らしいな?」
「なら天国へ行けますか?ふっ、助けた…どうでしょうね。随分と非道い事も言いましたよ」
「ほう?」
「…でも、メアリージェニーがいない世界など、何の意味もないと…やっと気付かされた。愚かな男です」
「…なるほど?」
「どんな罰も受けましょう」
俺は頭を垂れた。
「はあ、困ったな…。どうやらなあ、お前が死ぬのは予定外なのだ。特有の酷い死臭もその為だ」
「酷い…死臭…ですか」
「そうだ。運命に沿って死んでいく者は、微かに薄く香るが、メアリージェニーが反応するほどの強い香りは危険が迫っている事を報せる為のもの。遥か昔の人間はそうやって危険を回避したものだが…最近の人間はそれを嗅ぎ分けられない」
「確かに、良い匂いだと何度も猫みたいに…」
「ん?」
「いや、何でも」
軽い咳払いの後
「娘がいない世界で生きていくのは嫌か」
と問うた。
「当たり前です」
「…だ、そうだメアリジェニー」
闇の中から、その呼ばれた人が出て来た。
けれど、意外に俺は冷静だった。
「…なぜここにいるんだ」
「お父様に抗議しに来たのです。死なせちゃ嫌だって」
「そんな駄々の捏ね方があるか」
「フェンネル公爵様!!!」
駆け寄って苦しいくらいに抱きしめられた。
「どうして死んだんですか!」
「そんなこと言われてもだな」
「一緒にいて下さい、一緒に…」
「…君には聖女の仕事があるんだろ。それを放棄して魔界に帰ったら魂ごとけされるんだろう?」
メアリージェニーがくるっと魔王の方に向く。
「もう!お父様!ちゃんと説明してくださらなかったのですか!?」
「ぬっ…私だって娘をやる以上だな…男として…」
「もう!分かりましたから、ちゃんと言って差し上げて下さい!」
闇がなんだかタジタジして見える。
「そんな訳で、フェンネル公爵よ、魂を肉体に戻そう」
「え、俺死にましたけど」
「ああ、それだがな、予定外の魂はみな帰している。しかし、肉体の方がちょっとアレだな…」
「いや、そうですよ、今戻ってもまた死ぬ様な酷い刺され方でしたよ」
「うーん…まあ、ちょっと昏睡するかも知れないけど、帰ってよし!」
(そんなに軽いことなのか!?)
(ことなのか!?)
(なのか!?)
(か……)
思考の残響の中、再び意識を失った。




