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魂の不在(前半、フェンネル公爵視点)

〜♪


「セレス、メアリージェニーの調子はどうだ?」

俺の問いに、侍女長の彼女は首を振る。

「…何も召し上がらず、夜も寝ず、ただ呆けて外を見るばかりで…」


〜♪


無表情のメアリージェニーから紡ぎ出される鼻歌は聞いたこともない歌だ。

窓辺に座る彼女の隣に座る。

「メアリージェニー、今日はどこかに行かないか?休みが取れたんだ。君も気晴らしにどうだ?」


〜♪


「何か、言ってくれないか?」


ピタッと鼻歌が止まる。

ゆっくりとこちらを向いたメアリージェニーは、ただ俺を見た。

ぽっかりと空いた、虚空のようになってしまった心に、今更愛情を注いだって何も育たない。

それでも、メアリージェニーをきつく抱きしめた。


「断らないなら、このまま君を連れて行く」


両手に抱いて馬車のソファに座らせた。

セレスが走ってくる。

「主様!!どうか、どうかもう、そっとして差し上げませんか…」

長く勤め、俺のことを誰よりも良く知っている侍女長が一番困惑しているだろう。

俺だって、こんな自分は知らない。


「構うな。おい、馬車を出せ」


御者が緩かに馬車を発進させた。

はらはらした表情で見ていたセレスは、走って着いてきた。

「ならば!ならば私も連れて行ってください!」

「邪魔をしないでくれないか、頼むから」


セレスは諦めて、歩みを止めた。





「さて、今日は君に新しいドレスを仕立てようと思っているんだが…どんな物がいいかな。以前送った水色のドレスを喜んでくれたね。やはり、メアリージェニーには淡い色がよく似合うと思うんだ」


闇の色よりも深い瞳には何も映っていないのだろう。

店に着くまでの間、君の手を握って、時折名前を呼んだ。


「そうだ、好きな色を知らない。俺は群青が好きなんだ。君は何色が好きなんだろうなあ。それから好きな花も知りたい。魔界にはユキノハナしか咲かないのだろう?こちらに来て、色々知った中で何が一番心を踊らせたんだ?」


それでも、ただまっすぐ前を向いて微動だにしないメアリージェニーの顔を見て、心が掻きむしられた。


頬に触れた瞬間、馬車が停止した。

「…どうやら着いたらしい。さあ、君も一緒に行こう」

再び両手に抱き抱えて、店の中に入る。

高いベルの音が鳴った。

「いらっしゃいませ。ああ、これはこれは公爵さ、ま…」

店主が近寄ってきて視線を落とし、ギョッとしている。


「ドレスを一着、仕立てて欲しい」

「…えっと…」

「ああ、この女性のだ。以前オーダーした時採寸したので作ってくれないか」

「どのようにお仕立てしましょう?」

「以前のは、夏用だっただろう?秋冬用の物を作って欲しい」

「そうなりますと…今一度採寸させて欲しいのですけれど…」

「座らせた状態で測れないか?」

「それは…ちょっと……」






断られてしまった。

「…融通がきかないな。君の秋用の服を作らなければ、うちにあるのでは、キツかったり痛かったりすると言うのに」


馬車に戻って、俺のお気に入りの場所にメアリージェニーを案内することにした。


小一時間ほど走る道のりで、ほんの少しだけ微睡んだ。

なにかが、髪の毛を触れた気がする。

目が覚めて見た君は、相変わらず前を見つめていた。


「すまない、寝てしまった…。どうやら着いたらしいぞ、降りよう」


さくさく、と草を踏む感触が心地良い。

秋桜が群生している丘で、メアリージェニーを一番景色の良いところに座らせた。


「ここは、俺が一番好きな場所なんだ」


夕陽が照らす秋桜と君がなんとも儚げで美しい。

ちまちまと作り上げた、秋桜の花冠をメアリージェニーの頭の上に乗せた。

「…綺麗だ、メアリージェニー」


めき、


めき、


ズン!!!!


大地が、いや、空気が振動している。

「なんだ?」


ズバン!!!!

黒い何かが振り下ろされた。

目の前をその何かが通過した。


(これは…手か!?)

瞬間的に、メアリジェニーを抱きしめた。

見れば、巨大な手の親指と人差し指の間に自分達がいる。鋭い爪が生えた手は、その全てが黒い。


丘を掴む手に力が込められて、巨大な黒龍が顔を出した。


「くっ!!!!」


後ろを振り返ると、御者が慌てて逃げ帰っている。


(それでいい!騎士団に報せてくれ!!!)


いや、こんなに巨大なのだ、恐らく公爵邸からも見えるかもしれない。


(どうする!?)


ふるる、と龍の鼻が鳴る。

それだけで、とんでもない風が巻き起こった。


メアリージェニーを強く抱きしめて、飛び退いた。

それがどうやら癇に障ったらしい。

龍は天に舞い上がると、口を開けて閃光を放った。


ごろごろと転がって、なんとか逃れることができた。

丘は、縦に大きく焼け焦げた。


(相手は飛翔タイプだ。こちらの攻撃は届かない…!!)


ぴく、

抱きしめていたメアリージェニーの腕に僅か力が入った。

「メアリー、ジェニー…?」


唇が戦慄いている。

「……匂い…」

「おい!しっかりしろ!!目を覚ませ!!走って逃げろ、メアリージェニー!!!」

「匂いが…」

「匂いが何だって!?」

「むせ返るほど強い、匂い…」


空虚な瞳に光が僅か宿り、ぱちっと目が合った、その刹那。

「メア、」


君は、久しぶりに会話ができたと思ったら、なんて顔をするんだよ。


「フェ、フェンネル公爵様…あ、」


胸が熱い。

これは、何だ。

ああ、龍の爪が刺さったのか。

「そんな顔しな、」


ぷつり、と意識が切れた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





フェンネル公爵様が覆い被さってきました。

「この、匂い、死の匂い…」


ずっと香っていた、ずっとフェンネル公爵様から香っていた。

この香りに惹かれて、フェンネル公爵様がいるとすごく安心した。

だから私はフェンネル公爵様の事が好きだったと?


「違う…!」


公爵様を仰向けに寝かせました。

真っ青な顔。魂の不在。


「どうして…」


ここは、どこなのだろう。

見渡すそこで、黒龍が私を見ていました。

「黒龍よ、なぜここにいるのです!」

「姫こそ、なぜ人間と一緒に?」

唸るような、地の底を這うような声が返ってきました。


「魔界に、帰りなさい。父に叱られますよ」

「…姫は、その人間が好きなのですか。弱くて脆い、そんなやつが」

「黒龍になんの関係がありますか」

「大いにありましょう。私は姫を貰いたかったのに…。魔王は、人間界に差し出したなどと吐かすのです。だから迎えに来たのですよ、メアリジェニー様。そんな人間など捨て置き、共に魔界で暮らしましょう」

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