第三章
「やっと起きた……」
呆れる彼女の表情を横目に、僕はもう一度布団に潜り込む。スマホの画面は時刻が十二時前である事を示していたが、襲い掛かる睡魔には勝てない。
今日が平日ならまだしも土曜日だ。休日の睡眠を邪魔できる権利など誰にもない。
僕は、彼女に搭載されたスヌーズ機能を使うために合言葉を口にする。
「あと五分……」
僕の我儘を彼女は「あと五分だけだよ」と優しく受け入れてくれた。
その声だけは。
彼女の台詞と行動は同一人物か疑いたくなる程に乖離していた。僕の身体を優しく包み込む布団を無慈悲に引き剥がして「あと五分だけ寝てて良いんだよ!」と言う。
不的な笑みを浮かべる彼女は、悪魔そのものだった。
「言動と行動が一致してないよ」
「寝てても良いけど、君の人生で私と遊べる時間はあとちょっとしかないんだよ?」
「分かったよ、起きるよ」
僕は諦めて寝ぼけ眼を擦りながらベットから起き上がる。
「早く準備してね、リビングで待ってるから」
彼女は階段を駆け降りて、母親と会話をしに行く。何度か僕の家に来ただけで、僕よりも母親と仲良くなっている。異様なコミュニケーション能力の高さには感心する。
彼女は僕に欠けている要素を人並み以上に持ってるから、僕から盗んだんじゃないかと疑いたくなる。そんな窃盗犯の彼女の罪を見過ごさなかった神様から罰を受けたのだろう。だから、医者の目を誤魔化すことのできない病を疾して、十字架を背負って生きているのだ。僕はそんな考えを洗い流すために、洗面所で顔を濡らした。
水道水は冷たくて心まで冷やしてしまいそうだった。
寝癖を直して外出用の服に着替えて、彼女の待つリビングへ向かう。
リビングから美味しそうな匂いがしていた。
彼女は口の中にふわとろの半熟卵と赤褐色の米を放り込む。
「ここで食べるオムライスが一番美味しいです!!」
彼女が僕の母親に感想を伝えると「美優ちゃんが来るって聞いて頑張っちゃったわ!」と答える。仲睦まじい姿は良いのだけれど、僕以上にこの家に馴染むのはやめてほしい。僕が洗面所から出てきた事に気が付いた母親が「あんたの分も出来たわよ」と、出来たてのふわとろオムライスをテーブルに置く。
「うん」と僕が返事をすると母親は「可愛げがないわねぇ」と愚痴を溢す。
反抗期を迎える男子高校生に可愛げなんて求める方が間違っている。ただ、ふわとろの半熟卵とデミグラスソースの相性が良すぎて口の中に幸せを届けてくる。
可愛げがないと揶揄された手前、母親を褒めるのは悔しいけど「美味しい」と言わざるを得ない味だった。その台詞に母親の口角が上がるのが悔しかった。
多分、反抗期のせいだ。
信じられない早さで、オムライスを食べ終えた彼女が、おかわりを所望する。まあ、彼女がおかわりする事くらい母親も想定済みなわけで「沢山お食べっ!!」と大盛りのオムライスを皿に盛り付ける。
それを、ぺろっと食べ尽くす彼女の姿も見慣れてしまった。
昼食を終えた彼女が、母親との他愛もない会話で盛り上がる中、僕は皿洗いをしていた。こんな何気ない日常風景も、昨夜、見た夢のせいで愛おしく感じていた。
彼女が余命宣告を受けていると知らなければ、明るい女子高生が元気に暮らしているだけにしか見えないだろう。実際に明るい女子高生が元気に暮らしているだけなのだけれども、散り行く花が美しいように、終わりが決まっているから儚く見える。
「皿洗い終わったら出かけるよ!」
彼女が僕の手が止まっている事に気づいて催促する。僕が「手伝ってくれても良いんだよ」と小言を言うと、母親が「あんた、お客様になんてこと言うのよ!」と彼女の味方をする。
彼女は舌を出して、おちゃらけた表情で僕を煽ってくる。僕は大人だから、黙々と手を動かして皿洗いを終わらせたけど、相手が相手なら今頃、喧嘩が勃発している。
玄関で靴を履く彼女が母親に「行ってきます!!」と元気よく挨拶をする。
母親は「気をつけて行ってきてね!」と笑顔で見送る。それを眺めているだけの僕に母親は「美優ちゃんのこと、しっかりと守ってあげるんだよ!」と背中を叩く。
美味しい料理で客人を迎え入れて、優しい激励の言葉で送り出す。反抗期じゃなければ感謝の言葉を口にしてしまいそうな程には理想の母親だった。
彼女は母親との別れに名残惜しさを残しながら、ゆっくりと玄関の扉を閉める。
今生の別れでもないのに大袈裟だと思ったけれど、彼女に限ってはそうも言い切れないのかもしれない。
歩道に出て、彼女は背中の大きなギグバックを揺らしながら歩き始めた。
「さて問題です!! 今からどこに行くでしょうか?」
彼女が難問を突き付けてくる。
「せめて選択問題じゃないと無理じゃない?」
「ぶっぶー、不正解!!」
「今の回答判定なんだ……」
「正解は――海に行きます!!」
彼女の唐突すぎる提案には、いつも振り回されているから驚きはなかった。
彼女に連れられて歩く線路沿いの道は駅までの最短ルートだったから何となく電車に乗ることは予測できていた。電車に乗って海を目指すなんてことは、見当も付かなかったけれど。
最寄駅に着いて切符を買う。その目的地は、田舎方面の終点の無人駅だった。電車が来るまでに、二十分の待ち時間。運が悪ければ一時間待つこともある廃れた田舎の路線だから駅員もいなければ改札もない。
だから、切符を買わずに乗車するなんて悪巧みも罷り通る。
「切符買うなんて偉いね」
律儀に券売機に小銭を投入する彼女を眺めていると、汚れた心に気づかされる。
「それも目的の一つだからね」
切符を買う事を目的にするなんて理解が出来なかった。死ぬまでに金を使い切りたいなんて理由なら効率が悪いし、鉄道会社にお金を落としたいわけでもない。
今更、些細な善行を積んで神様の同情でも誘うつもりなのだろうか。
「切符を買う事に意味があるの?」
「別に、無人駅で切符を買う良い子を演じたいわけじゃないよ。私が生きてきた町に私が生きていた証拠残すの」
「――面白い考え方だね」
予想の斜め上の回答に僕は感心していた。確かに、不採算路線の切符の売上に色を付けられる。利用率が低いからこそ「律儀にこの区間の切符を買う人もいるんだ」と鉄道会社の誰かの興味を引くことは出来るかもしれない。
ただ、そんな行動に大した意味はないけれど。
「だから、君も切符を買うんだよ、二人で来たって証明のためにね」
「それなら、今日は沢山買い物をしないとね」
僕は動物のマーキングの様に生きた証をばら撒く提案をする。我ながら卑しい発想だったけど、人里離れた田舎町なら僕らが来たことが上書きされて掻き消されることもない。そして何よりも僕の財布がダメージを受けた方が記憶に残り続ける。
「珍しく、乗り気だねぇ〜」
そう彼女が呟くと踏切の音が鳴り始めた。少しして、警笛音と共に二両編成の列車が駅のホームに到着する。乗り込んだ車両の乗客は老夫婦一組だけだった。
客足の少なさに合わせて一両編成のワンマン運行にして固定費を削減すれば良いのにと余計な世話を焼く。そんなこと百も承知で運行する事情があるのだろうけど。
「ねぇ、聞いてる?」
彼女が僕の顔を覗き込む。彼女の問いに答えるなら″余計なことを考えていて全く聞いていなかった″が正しい。ただ、聞いてなかったと謝るのも癪だから「あれでしょ、犬派か猫派かでしょ?」なんて面白くない小ボケを挟む。すると彼女が「そう、そう、実は私は猫派でね……って違うっ!!」とキレのあるノリツッコミを披露する。
「で、なんの話だっけ?」
「聞いてないじゃん……」
「ごめん」
結局、話を聞いてなかったことに対して謝罪した。謝罪を避ける為にした回り道が無駄になったけれど、彼女のノリツッコミを聞けただけ儲けたと自分のことを諭す。
「もしも明日、言葉を失うとしたらどうする?」
僕の想像を、遥かに越える質問だった。てっきり「喉渇かない?」くらいの、軽い質問が飛んでくると思っていた。中々に回答の難しい質問だったけれど、彼女の質問を二度も無視をする訳にはいかないから咄嗟に思い付く在り来たりな回答をする。
「とりあえず手話を覚えるかな?」
何かを失う想定するなら代替品を用意するのが一般的な思考だ。彼女の求める答えがそんなものじゃないことは、百も承知だったけれど会話を続ける為に口に出した。
「私はね、それを歌にする。そうすればきっと誰かに届くから」
彼女の回答には、言葉だけじゃなく“自分自身が消えてしまう”そんな前提条件が含まれている気がした。誰かに届けたい、と言う表現に彼女らしさを感じる。
「その歌を誰かに届けたらどうなるの?」
「それは届いた人しか分からないよ」
「じゃあ、僕が言葉を失うことを歌にして君に届けたら?」
「私が失った言葉を取り返してあげる」
彼女は時々、百点満点の回答をする。それは排出率の悪いソシャゲのガチャくらい天文学的確率で。それは、狙って出せるものではなく彼女の本音が美しく綺麗だからこそ生まれる言葉なのだろう。僕の斜に構えた脳みそからは絶対に生まれない。
「なら僕も、失ったものは取り戻さないとね」
「頼もしいねぇ〜」
彼女の快晴みたいな笑顔は病も吹き飛ばせる、そんな淡い期待を脳裏に抱かせる。
「仮に失うものが、言葉だろうと、心だろうと、君自身だろうと、残された人々は取り返す方法を模索しなくちゃいけない。今から医学者を目指すのも悪くないね…」
「ダメだよ。君は音楽を続けてくれないと」
「まぁ、医者をしながら音楽をやってるアーティストもいるからね」
「君があんな明るくて爽やかな曲を作れるとは……」
彼女は僕に対して疑いの目を向けてくる。実際、明るくて爽やかな曲なんて作れやしないけど、先の見えない暗闇の中を一緒に歩む曲なら作れる。そんな気がした。
「まあでも、今から医学部受験は間に合わないから辞めとくよ」
情けない言い訳で話を終わらせた。それから暫くは、他愛もない話をしながら車窓を流れる景色を眺めていた。彼女の会話を途切れさせない話術は才能だと思った。
目的の終点駅に着いて、駅の改札口に置かれた切符回収箱の前で彼女が立ち止まる。
「折角だから、サインを書かないとね!」
彼女は小さな切符にペンで丁寧に上田美優と名前を書く。多分、屑入れ同様に捨てられるだけの切符回収箱にサイン入りの切符を投入する。何の意味があるのか僕には理解し難い行動だったけれど、この一瞬を、僕はずっと忘れずに覚えているような気がした。だから僕は、彼女の奇行を止めずに眺めていた。
すると後ろから「あら、えらいべっぴんさんねぇ〜」と同じ列車に乗っていた老夫婦が話しかけてきた。彼女が「そんなことないですよ〜」と答えると、老夫婦が「まるで女優さんみたいねぇ〜」と続けるから、彼女は閃いた顔で「サイン書きましょうか?」と提案する。
老夫婦は鞄の中を覗き込んで、サインが書けそうなものを探す。そして、一冊の小説を取り出して彼女に手渡した。彼女は容赦なくサインを書き込む。
ただ、上田美優と名前を書くだけだからサインと呼ぶよりも署名と呼ぶ方が正しい見た目をしていた。
「ありがとうねぇ〜」とお礼を言う老夫婦に、大きく手を振って別れを告げる彼女は女優という役を演じきっていた。
老夫婦の姿が見えなくなってから、彼女は海の方に歩き始める。
「ねね、私って女優に見えるらしいよ〜」
そう言いながらニヤける彼女の姿は、ただの浮かれている女子高生だった。
「あの歳になったら、視力も低下してるだろうからね」
「つまり溢れだすオーラが女優だったってことね」
「はは、面白い冗談を言うね……」
「君がどれだけ抗っても、多数決で私の勝ちだけどねっ!」
底無しのポジティブに押し負けた。彼女の前向きな思考は、僕の体内に無い成分でできているから僕の捻くれた思考と多々、衝突する。
その度に、僕の心が揺れ動くような感覚がしてむず痒かった。
「ほら、海が見えてきた!!」
彼女は無邪気に指を刺す。その先の海は太陽に照らされて宝石のように輝いていた。
駆け足で砂浜まで走る彼女が振り向いて「早く」と急かすから、僕も釣られて駆け足になる。彼女は波を寄せては返す海水に見向きもせず、砂浜に文字を書き始めた。
杖みたいに大きな木の棒で砂の用紙に上田美優と署名をする。
「えへへ、これでこの海も私を忘れられないね!」
「海に記憶力なんてないよ」
僕は、彼女の想像力に現実を突きつける。
「でも、脳の記憶する箇所は海馬って言うでしょ?」
「それなら馬を連れて来ないとね」
「それならここにいるよ、ウーマンがっ!」
「誰が上手いこと言えと……」
彼女の口から親父ギャグが聞けるとは思わなかった。お世辞にも面白いとは思わなかったけれど、その発想は創作家に向いている気がした。
馬とウーマンも然り、海に記憶を模す考え方が。
彼女は、砂の署名を写真に収めてから、海に向かって叫んだ。
「忘れちゃダメだからねー!」
当然だけど返事なんてない。相手が山ではなく海だったから、彼女の声は木霊することなく海に消えていった。それでも彼女は満足そうな表情をしていた。
「よし、次行くよっ!」
彼女は海に背を向けて歩く。折角、海に来たのだから水遊びの一つでもすれば良いのにと思いながら彼女の後を追いかける。車一台通れるか怪しい狭い路地を抜けて、暫く道なりに歩く。足が疲労を感じ始めた頃、辿り着いたのは山の麓の神社だった。
神主不在の小さな神社だった。おみくじも絵馬も御守りも性善説の基に販売されていた。料金箱にお金を入れてお取りください。というシステムに風情を感じる。
僕らは賽銭箱に、小銭を投げ入れて願い事を唱える。彼女が何を願ったのか、気になったけれど「何を願ったの?」なんて聞く野暮な真似はしない。
「おみくじでも引く?」
彼女の願いを知りたい感情を紛らすために提案をした。
「良いね、大吉を引いた方の勝ちだからね!」
乗り気の彼女は見事に凶を引き当てる。それは、残酷な未来を知っている神様からの助言に思えた。おみくじの病気の欄には“意外に長引く”と書かれていた。
本来、悲観すべきその文字に僕は期待を抱いていた。少しでも長生きするようにと。
彼女は、その欄に目もくれずに願事の欄を読み上げる。
「願事、焦らなければ叶うってさ!」
「気長に世界平和でも願うことだね……」
「別に、そんなの要らないよ」
彼女の返答は思いの外、冷たかった。普段なら“今すぐ世界を平和にしろ!”と神様を叱りつける事ぐらいしそうなものだけど、どうやら彼女の叶えたい夢は違うらしい。その夢が何か聞ける自然な流れは用意されていたけれど僕は口を噤んだ。
「ところで、隠してるけど君のおみくじの結果は?」
彼女が僕の手の中を覗き込んでくる。別に隠してる訳じゃない。神様も人間も最初から信用していないから、おみくじの結果如きに一喜一憂することもないだけ。
別に隠す必要もないから、無感動な態度で結果を見せた。
「えっ、大吉じゃん!」
「僕の勝ちだね」
「そんな貴方には、二人分の絵馬を購入できる権利を授けます!」
「はは、それは権利じゃなくて債務だね……」
「債務不履行は破産だよ」
彼女に押し付けられるがまま絵馬を二つ買った。大吉のおみくじには「願事は焦らなければ叶う」と書かれていた。彼女の凶と同じ評価なんて酷い話だ。
ただ、僕の願いに時間の余裕なんてない。
理性と裏腹に焦る感情が、絵馬に願いを書く提案を受け入れていた。
絵馬には「君が僕より先に死にませんように」と書いた。どちらか片方が死ぬまで結果の出ない願いに焦る度に、その夢は叶わないんだと言われている気がした。
僕たちは、お互いに何を書いたのか詮索しない契約を交わして神社を後にした。
帰り道、夕焼けが視界の全てを茜に染めていた。無人駅の待合室に一匹の猫が迷い込む。驚かせないようにゆっくり近づいて和解を試みるも、猫の警戒心には勝てなかった。僕との間に一定の距離を保つ猫は気まぐれに歩き始めて、その姿を消した。
「君、猫好きなんだね」
「できれば毎日、摂取したいね」
「言い方が気持ち悪い……」
彼女は目を細めて嫌悪感を露わにする。我ながら気持ち悪い発言だったけれど気にせず話を続ける。今更、彼女の前で取り繕っても何の意味もない。
「幸福感は立派な栄養素だからね」
「それなら毎日、私から摂取してるでょ?」
「そうだね、塩分過多で摂取を控えたくなるぐらいね」
無人駅のベンチにに座る彼女は、華奢な足をバタバタさせながら喜びを露わにする。
「塩分は多い方が美味しいでしょ!」
「君が短命な理由がわかった気がするよ。その点、猫から摂取する幸福感は塩分控えめで健康に良いよ」
「なら、私も猫を主食にしようかな」
お世辞じゃなく彼女は僕に幸せを届けてくれる。でも、彼女から貰う幸せには必ずおまけが付いてくる。喜びにも、楽しさにも、喜怒哀楽の『哀』が必ずついてくる。
僕の研究結果によると、上田美優と言う生物に『哀』は存在しない。彼女が外部に振り撒く感情の殆どは『喜』と『楽』ばかりで、残りは隠し味程度の『怒』だけ。
果たして、彼女から受け取る『哀』は誰のものなのだろうか。
彼女が喜怒哀楽の『哀』が欠けた欠陥品だから、神様が後付けで、余命という名の身に余る『哀』を押し付けたのだろうか。
「ねえ、聞いてる?」
「なんだっけ、目玉焼きなら半熟派だよ」
「そうそう、私もとろーりと垂れる卵が好きで……って違うっ!」
「ちなみに猫は、食べるじゃなくて吸うんだよ」
「今回はちゃんと聞いてるじゃん……」
「これは、褒めてほしいね」
「ちゃんと会話ができて偉いね〜」
彼女は園児を手懐けるような優しい口調で僕を褒める。会話の最中に考え事をする悪い癖を揶揄されている気がした。彼女に出会うまでは他人との会話することの方が珍しかった。そんな人生を歩んできて他人との会話が上達するわけがない。
だから、彼女の発言は何も間違っていない。
「その通りだよ、会話ができてるだけで、もっと褒められるべきだ」
「そうだーそうだー、私たちは生きてるだけで偉いんだぞっ!」
彼女は、国会の野次みたいな合いの手を入れる。彼女のコミュニケーション能力は見習うべき点が多い。話題が暗い方向に舵を切ったら、それを上手く明るい方向へ軌道修正する。それを反射的、本能的に、行えるのは生まれ持った才能なのだろう。
夕焼けが姿を隠し始めた頃、待ちに待った電車が無人駅に到着した。
僕も彼女も、しっかりと切符を握りしめて客席に腰掛ける。
歩き疲れた彼女は、怠惰な国会議員のように眠りにつく。
僕の肩に凭れて眠る彼女は、車窓を突き抜ける斜陽に照らされて綺麗だった。
僕も疲れていたから、彼女の後を追うように夢の中へ向かった。