ドッペルゲンガーに出会う
久々に投稿をします
のんびり書いていくつもりです
春、それは出会いの季節。
新入生が新たな生活に心躍らせながら、暖かな日差しの下を歩いていた。
「ついに、大学生になったな悠斗!」
ワクワクしながら肩を組んでくる茶髪のいわば少しチャラい系の男は、僕の親友の南条宏人だ。
中学校からの付き合いで……腐れ縁というやつだ。
「僕はまだ、いまいち実感がわかないな。授業だって受けていないからね」
「まあ最初はみんなそんなもんだろ。環境の変化で嫌でも実感するだろうよ」
宏人の言うことにも一理ある、環境の変化はどんなに否定しても順応してしまうものだ。
この浮かれた気分もすぐになくなるのだろう。
「そうだね。それより宏人は朝起きられるように頑張らないとね」
目下の問題を指摘すると宏人は、情けない顔になりながらも虚勢を張った。
「それは、未来の俺がきっと何とかしてくれるさ」
「それは思考放棄というんだよ」
そんな他愛もない会話をしている時、一人の女性が視界に入った。
その女性の顔を見て僕は凍り付いてしまった。
動いていた足は止まり、ただ目だけは彼女を追っていた。
「急に止まって、どうした?」
突然止まった僕を不思議そうに見てくる宏人に返事をする余裕もなく、目の前の光景を受け止めることで精いっぱいだった。
それは夢か現か幻か、とにかく僕はひどく驚いていた。
なぜなら、視線の先の彼女がとても……そっくりだったからだ。
鼓動は高鳴り、鉛のような体は解き放たれたように軽くなり、気づけば彼女のもとへ走り出していた。
「おいっどうしたんだよ」
これ以上じっとしていることなどできず、彼女に近づき声をかけた。
「あのっ!」
艶やかで背中まで伸びた黒い髪、夜空を内包したような黒い瞳。
何もかもが似ていたがただ一つ、僕を怪しい人物をみるようなその視線だけは知らないものだった。
そこでようやく気付いた、彼女からすればいきなり知らない人から声をかけられたのだから警戒するに決まっている。
そんな当たり前のことにすら僕は思考が回っていなかった。
「何の用でしょうか?」
落ち着いて、けれど警戒しながらそっと彼女は問いかけてくる。
だが僕は、何を話そうとしていたのか何も決めていなかった。
「えっと、すみません。何を話そうとしたのか忘れてしまいました」
ただ、彼女を引き留めたいと一心で話しかけたので、このあとどう接すればいいのか困った。
だが彼女は、僕の返答を想像もしていなかった目を見開きながら驚き、そして警戒したこわばった表情から一転、朗らかに笑った。
「ふふっ自分から話しかけてきたのに、忘れたって変な人ですね」
「すみません、僕も思わず話しかけてしまったので」
「ナンパですか?」
違うと返答しようとしたが、はたから見た僕の行動はナンパそのものだったので、否定しにくかった。
「ナンパ……になるんですかね?」
「急に走り出してどうしたんだよ」
そこで僕が置き去りにした宏人が追いつき、僕と彼女を見てひどく驚きながら一言発した。
「突然何かと思ったら、ナンパかよ」
「やっぱりナンパみたいです」
宏人にも言われてしまったので、ナンパだと認めた。
実際、彼女と話したいと思ったのだから同じようなものだろう。
「変な人達ですね」
「人達って、もしかして俺もカウントされてる?」
宏人は心外だと訴えるが、僕はとどめを刺す。
「突然駆け寄ってナンパをする奴の友達なんだから、宏人も変な人だろ」
「お前のせいだろうが」
「ふふっ、それであなたの名前は何ですか?」
彼女は僕たちのやり取りを見てくすくすと笑った後、改めて問いかけてきたことで、僕はまだ名乗っていなかったことを思い出した。
「僕の名前は氷見悠斗です。こっちのチャラい男は南条宏人。あなたが知り合いにあまりにも似ていたので、思わず声をかけてしまいました」
「そんな偶然があるんですね。私は、白井優香といいます。よろしくお願いします」
白井さんはきれいにお辞儀をする。
そこまでの短い動作だけでよくわかった。
当たり前の話だが、彼女は似ているだけで別人なのだと。
それがわかれば僕の用事は済んだようなものなのだが、どうも彼女にひかれているようだった。
「あの、連絡先を交換してもらえませんか?」
どうしてもこの軌跡を手放したくないとお願いをするが、白井さんは困ったように笑った。
「すみません、さすがに初対面の方と連絡先を交換するのは怖いので、お断りさせてもらいます」
当然だ。
彼女の判断は正しい。
突然現れた男に連絡先を渡すのは怖いだろう。
そんな彼女に無理強いをしては、それこそただのナンパと変わらない。
「わかりました。今回は諦めます。迷惑をかけてすみませんでした」
「いえ、構いません」
「話も終わったみたいだから、俺たちはどっか行きますね。悠斗が迷惑をかけてすみません」
僕の断られたのを見て、黙っていた宏人が僕の腕をつかんで離れようとする。
「では、失礼します」
名残惜しいが、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと僕もその場を離れようとした。
「待ってください」
だが、彼女がそんな僕を引き留めた。
「何でしょう?」
彼女からすれば、これ以上厄介ごとに巻き込まれるのは嫌なはずなのだが。
彼女は真剣な目でしばらく僕を見つめた。
そのまっすぐな瞳を直視するのは、僕には少しつらかった。
「氷見さんは、どこの学部ですか?」
「経済学部です」
僕がそう答えると彼女は驚いた様子だったが、すぐに表情は引き締まった。
「私も経済学部なのですが、一つ提案があります」
「提案ですか?」
「はい、私は授業を受けるときに後ろから二番目の右端に座ります。なので、授業が被っていたならそこで会えるはずです。もし会えたなら、それは運命ということで連絡先を交換しましょう」
彼女の提案はうれしいのだが、それに甘えていいのか少し僕は迷った。
「そこまで迷惑をかけるわけにはいかないですよ。悠斗も一時の気の迷いがあっただけですよ」
「いえ、私は構いません。大学に知り合いがほとんどいないので、同じ授業をとっているのなら、テストなどで協力ができるかもしれないので、私のとっても好都合です」
「そうですか……」
白井さんにそう言われれば、引き下がるしかないので宏人はとりあえずそれで納得したのか、どうするのか僕に視線を向けてくる。
僕の気持ちはすでに固まっていた。
「その提案、ありがたく受けさせてもらいます。突然無理を言ってすみません」
「いえ、これも一つの縁だと思うので気にしないでください。それでは失礼します」
そう言って白井さんは僕たちに背を向けて歩いて行った。
そして残された僕たちの間には気まずい空気が流れていた。
「悠斗、わかってんだろうな」
「うん、わかってる。心配してくれてありがとう」
「ならいいんだが、あんま無理するなよ」
「ありがとう」
心配してくれる親友に感謝して、僕たちは授業を受けに行った。
今日の授業はまだ初回なので、軽いオリエンテーションなのが救いだった。
なにせ、僕の頭の中は彼女のことでいっぱいだったので、内容がまるで頭に入ってこなかった。
宏人にもあきれられてしまった。
「じゃあまた明日な」
「また明日。宏人は二限からだっけ?」
「ああ、俺はとても一限の時間は起きれる気がしないからな。悠斗は一限だろ、頑張れよ」
「ありがとう。じゃあね」
帰りの駅で宏人と別れ一人で帰路をゆっくり十数分ほど歩くと家に到着した。
「ただいま」
誰もいない空の家に挨拶をしてから、中に入る。
「ふう、とりあえず忘れないうちに日記を書くか」
僕は日記を書くのが日課になっている。
すぐに日記帳を持ってきて、今日の出来事を振り返りながらペンを持ち、書き記していく。
「これでいいかな」
詳しく書き終えたので日記帳を閉じると、突然吐き気が込み上げてきたので急いでトイレに駆け込んだ。
「おえっ……」
胃の内容物を吐き出しながら、少し落胆した。
こうして吐くのは何も珍しいことではなく、日記を書き終えるといつもこうなってしまうのだ。
今日は大丈夫かと思ったのだがむしろ、未来に進もうとしている僕を許さないというように、過去の僕が攻めているように思えた。
ようやく落ち着くと僕は名前を呟いた。
「風花……」
この名前の人物は、今日出会った白井さんが似ている人だ。
絶対に忘れることのない大切な人物。
高校生の時に交通事故で亡くなった、僕の幼馴染で初めての恋人の名前だ。