外伝 村上の思惑
砥石城攻めの村上サイドの話になります。
天文十九年 九月五日 午前 場所:信濃国 中野 村上軍本陣
村上義清「そうか!武田め!やはり攻めてくると思っておったわ!」
この時、村上軍は高梨氏との戦いのため、高梨氏の居館を包囲していた。
その居館のある地、中野は村上の居城である葛尾城から千曲川沿いに、
十五里(約60キロ)北上した地点にある。
「はっ!主の清野信秀が申すには、先日、九月一日に武田軍は砥石城の麓に布陣。翌二日より攻撃を始めております!」
井上清政「義清さま♥お考えが当たりましたね!武田も清野様を信頼しきっていることでしょう……」
この井上清政[1]。女ながら村上家でも名高い猛将である。
義清「強欲な武田が、一度きりで諦めるはずがないからな!至急、高梨に講和の使者を送れ!」
井上「わかりました~」
命を受けた清政が急いで陣を出ていく。
屋代正国[2]「しかし……武田は動きましたか」
石浦「なぁに……また上田原の時のように、ブチ破ってやれば良いじゃねぇか!」
石浦は興奮のあまり、勢いよく立ち上がる。
義清「仮に武田が動かずとも、そのまま高梨を滅ぼせば良い。どちらに転んでも村上に損はない」
石浦「そうじゃ!そうじゃ!」
石浦は上田原の戦いによる戦功で厚遇されている男である。
己が思うがままに暴れることのできる戦場は、彼にとって理想の場なのだ。
五日後、高梨氏が当主の妹である於フ子を嫁がせることで講和が成立。
村上軍は取って返すこととなった。
義清「須田[3]・落合[4]にこの場を任す。残りの者は反転する!続け!」
村上軍兵士「「「おおおおっ!」」」
村上軍は、六日をかけて葛尾城に帰城した。
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九月十七日 昼頃 葛尾城 城内
義清「砥石城の戦況はどうなっておる?」
屋代「城将の矢沢・布下[5]は守りに徹しており、武田は攻めあぐねておるようです」
中野で知らせを受け取って僅か十二日後、義清は武田軍の包囲殲滅を謀っていた。
軍議を開いて、配下の将から報告を受けている。
石浦「楽巌寺の坊主からは、真田に動きなしってことです」
義清「よし!」
井上「義清さまが依頼されていた上杉からの援軍ですが……」
義清「おっ!どうであったか?」
井上「はい。すでに碓氷峠を越えているとのことです」
義清「わかった。丁度いい頃合いになりそうだな」
義清は各軍勢の状況が、自分が描いた予想図の通りになって満足していた。
だが、それでもまだ物足りなく思っていた。
義清は地図を眺めながら、武田にとって嫌な一手を思いつく。
義清「そうだ……花村を動かそう!小笠原の者どもに助力して攻め寄せよ!」
井上「なるほど……ここで深志の方面でも動きがあれば、武田にはさぞ辛いことでしょう~」
小笠原への援軍として義理立てにもなる。
以前の林城への援軍の時は、小笠原が脆すぎた……と石浦から報告を受けた。
義清(正直……戦力としては、さほど期待していないが……)
屋代「高遠様はどうです?」
義清「高遠か……」
武田に不満ながら従属している高遠頼継は、村上にとって情報源の一つであった。
義清「動く気があるならば、とうに動いている気もするが……。一応、催促の使者だけ出しておけ」
屋代「承知」
義清「そんなところか。武田の若造め……いろいろ小細工をしておるようだが、まだまだ若い」
石浦「義清様は五十目前の大ベテラン!負ける気がしねぇぜ!」
義清「ははは、言うたなコイツめ!明日は休みを取り、明後日に出陣だァ!上田原では叶わなかった晴信が首、今こそ討ち取ろうぞ!」
石浦・井上「はい~」「おうっ!」
屋代「……はっ」
意気揚々と石浦・井上の両将は広間を出ていく。
一方で後から広間を出た屋代の顔が、あまり優れていなかったことに気がついた者はいなかった。
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[1]井上清政:村上家臣。井上城主。女性なのは本作オリジナル。
[2]屋代正国:村上氏庶流。1520年生まれ。上田原の戦いにも従軍をしている。
[3]須田:須田 満親のこと。1526年生まれ。大岩城主。村上家臣。
[4]落合:落合 治吉のこと。生年不明。葛山城主。村上家臣。
[5]布下:布下 雅朝のこと。生年不明。村上家臣。
お読みいただきありがとうございます。
村上家臣団は、もう少し省いても良かった気もしますが……。




