4-5A-1 第七十六話 村上の攻撃
このAパートは砥石城攻め(京四郎・お龍)のパートになります。
天文十九年 九月一日 夕方 場所:信濃国 海野(現上田市) 武田本陣
視点:高坂昌信Position
源与斎「かしこみ~かしこみ~」
この胡散臭い陰陽師の儀式が長ったるしいのは、いつものことである。
源与斎「出ました。結果は~吉~!必ず砥石城は武田の手に~落ちるでありましょう」
こうした陰陽師の結果にも拘わらず、私には不安で仕方が無かった。
特になぜという理由は無いのだが、気が気でない時というのは誰でもあるだろう。
高坂「もしかして、智様。何か策がありますか?」
妙に自信ありげな智様に尋ねてみる。
智様「ふっ……知りたいか?すぐにわかるだろう……。しばし待て」
高坂「はぁ……」
四半刻(30分)ほど経過すると、武田本陣に来客があった。
信廉「お、おおお!よく来てくださった!ようこそ、ようこそ!」
私と智様が控えている隣で謁見の場が持たれている。
【御屋形様】は来客の手を取って歓迎する。
来客「お初にお目にかかる。村上が支流、清野信秀[1]でござる」
その様子を見ながら、智様は私の方を見てニヤっとする。
これで合点がいった。
最近、村上が高梨氏と交戦状態にあるというのも清野という内通者から情報を得ていたからだろう。
林城攻めで山家を寝返らせたのと同じく、前もって寝返り者を作ることで犠牲を少なくしようとしているのだ。
清野「それでは、あっしはここで失礼します」
信廉「うむ。頼りにしておるぞ」
話し合いが終わったようで、清野が謁見の場から去る。
信廉「こんな感じで良いか~?」
智様「問題ない!ありがとうございます兄上!」
信廉「ど、どうということはあるまい!」
後に、武田家臣の駒井高白斎は『九月一日。申刻、清野出仕。』
と『高白斎記』に記している。
いよいよ明日、砥石城攻めが開始される。
▼▼▼▼
翌日(九月二日) 早朝
横田「かかれぇー!!」
武田軍兵士「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」」」」」
ドドンと陣太鼓が鳴り、武田軍の足軽隊が砥石城の南側から攻め込む。
東西が崖に挟まれている砥石城は攻め口が南の石垣しかない。
砥石城は、もともと戸石城と書かれていたが、やがて砥石城とも書かれるようになった。
その石垣の様子が砥石に例えられたからである。
小山田信有「やれやれー!進め進め!我らが戦功を挙げる時ぞ!」
小山田の兵「「「おう!!」」」
先陣の横田・信有の兵が攻め込んでいく様子は武田本陣からもハッキリとうかがえた。
●●●●
同日 朝 塩田城
視点:京四郎Position
お龍「どうやら戦が始まったようだなァ!大将!」
武田軍の砥石城攻めの様子を見てきた様で、お龍が報告してくる。
京四郎「頼まれてもいないのに、殊勝なことだな」
お龍「いやァ、こういう戦とか見ていると興奮してきちゃうのよね。大将も好きでしょ?」
京四郎「その大将ってのやめてくれよ……。オレは武士でも寿司屋でもないんだぞ」
確かにオレはイベントごととか好きだが、あまり一緒にくくって欲しくないな
オレたちは今、塩田城にいる。
この城には小山田虎満さまがおり、武田軍の攻め込み経路を維持している。
京四郎「今……かろうじて見えるあの城で、武田の兵士が死んでいっているんだよな……」
もしかしたら、ウチの店の常連が死んでいるかもと思うと心が痛い。
虎満「あまり心を病まれますな……」
あまりに見かねた様子だったのだろう。
たまたま通りかかっていた虎満さまが話しかけてきてくれた。
虎満「人にはそれぞれ、役目という物がございます。先陣を切る者、御屋形様を警護する者、兵糧を警備する者……。富士屋の方々の役割はここで待機をすることでござろう」
何もできないもどかしさと、戦場で戦わなくても良い安心感が入り混じって複雑な気分だった。
結局、武田軍は砥石城を落とせずにいた。
砥石城の村上勢の抵抗は激しく、真田の部隊が到着する様子もない。
必然的に包囲戦に切り替えるしかなく、日時だけが過ぎて行った。
●●●●
九月二十二日 武田本陣
視点:高坂昌信Position
信廉「まだ落ちぬか~砥石城」
眼前にそびえる砥石城を前に信廉は不満げだ。
もっとも、不満が溜まっているのは信廉だけに限らない。
十月の米の収穫の時期が近づき、兵士の士気も心配だ。
憂さ晴らしに村上側の田畑を荒らしたりしているが、村上軍は城から出てこない。
甘利「申し上げます!拙者の隊の者が、西の方角に敵の家紋を掲げた部隊を見たと申しております!」
智様「落ち着け……。清野も村上の支流だ。同じ家紋でも不思議はない」
千代女「いや……あれは村上本隊だ。義清が直々に、二千以上の兵でこちらへ向かっている」
本陣に入ってきた兵士が兜を取ると望月千代女だった。
伝令「申し上げます!」
高坂「今度はなんだ!?」
伝令「真田様の部隊……長野[2]勢と交戦中!」
甘利「なんと……!」
智様「ええい……!上野から、わざわざ碓氷の峠[3]を越えてまで攻めてきたということか!」
どうやら智様にもこの事態は予測していなかったらしい。
甘利「このままですと、武田の兵士は囲まれてしまいますな……」
板垣「陰陽師の占いでは、城は落ちると申しておったのに……」
内藤「御屋形様……今すぐ決断すべきでは?」
智様「………………」
智様としては、よほど口惜しいことだろう。
智様「各武将・各兵士に伝えろ!武田軍は……直ちに撤退を開始する!」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
[1]清野長秀:村上氏支流。生年不明。村上義清の配下。
[2]長野氏:上野(現在のグンマー)を治める上杉氏の配下。
[3]碓氷の峠:信濃と上野の国境の峠。標高956m。古代から交通の要所でありながら難所として知られる。まだこの時代には女性の走り屋はいない。
Bパートも同時進行です。
長野家と言えば……あの人も出ますよ!




