3-3-2 第六十九話 主導権の握り方
天文十九年 六月二十九日 午前 場所:信濃国 林城 城外
視点:律 Position
「貴女が富士屋の方ですね?」
朝方に城の周りを歩いていると、急に30半ばくらいの男に話しかけられた。
幸い、この顔は見たことがある。
京四郎「急になんだぁ?お前は?」
男「あ、いえ。喧嘩を売るつもりは無いんです。わたし、中島明延と申します」
律「城代代理の方ですよね?名前は知っています」
それを聞いて、中島さんは微笑む。
中島「ありがとうございます。わたしも富士屋の名前は、出入りしていた商人から聞いたことがあります。なんでも甲斐でも指折りの商人だとか……」
京四郎「えっ!?そうですか!なんだか照れます///」
コイツは昔からわかりやすくデレデレする。
でも確かに褒められて悪い気はしない。
律「それで……どうしてまたアタシたちに話しかけてきたんですか?」
中島「昨日の人買いでの大人気っぷりを見させてもらいました。」
律「いや……あれは……
中島「わたしは感動しました。あのままであれば、あの母と娘は離れ離れになってしまっていたかもしれません。しかし貴女はそれを金で救った。金には力がある。そのことを感じさせられました。」
京四郎「結果論ですよ。人買いという商売に大金を注いでしまったのは事実です」
現代人のアタシたちにしてみれば、気分の良いものではない。
中島「わたしは、城を明け渡すことで城に籠った人々を助けたつもりでした。しかしそれにも限界があるということを痛感させられました……。」
この人は無事に解放されるけれど、彼は彼なりに罪悪感があるのだろう。
中島「長時は部下を見捨てて、城を落ち延びていきました。家柄しか取り柄の無い主君にはもう飽き飽きしています。そこで、わたしも貴女たちと同じ商人になろうと思うのです!」
律「そこまで早まらなくても……
京四郎「いえ、『商人に系図なし』と言います。商人に必要なのは、血筋ではなく自分の手腕です。」
京四郎は中島さんを相手に力説する。
アタシもコイツも、商売を始めたのが去年からだということを知ったらどんな反応をするのだろうか。
中島「ありがとう。家内にも相談してみるよ」
その後、中島さんは一族と共に林城から解放された。
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昼頃
智様も戦後処理がひとまず落ち着いたようで、お供をしながら城を下ることになった。
虎姉と勘助さんも一緒に騎馬で随行している。
智様「すまんな、律殿も京四郎殿も……。どうやら長滞在させてしまったらしい」
智様は申し訳なさそうに詫びる。
京四郎「いえ、おかげさまで色々と今後に活かせそうな学びがありました」
律「戦利品もありますし、気にしないでください」
智様「そう言ってもらえると助かる」
智様の一隊は、林城を下り終える。
勘助「実は、この辺りに束間の湯という温泉があるらしいです」
京四郎「ぶっっ!!!!」
たまたま水を口にしていたコイツが急に噴き出した。
京四郎「か、勘助さん。く、詳しいんですね」
勘助「あれっ?千代女さんが言ってたけどな……」
智様「ほう……。その様な報告は聞いていないが……?」
温泉好きな智様のことである。明らかに機嫌が悪くなっている。
京四郎「あ、いえ……。何もなかったからです/////!」
京四郎は必死に否定する。怪しい。
律「高坂様は知っていますか?束間の湯?」
高坂「あ、あ~。束間の湯ね。温かくて無色透明、気持ちのいい温泉だったよ♥」
虎姉さまは、智様が聞いているのを知らずに話し続ける。
高坂「こっちは敵に見つかったか?って汗だくなのに、彼はすっかり興奮しちゃっていてね。おかげでこっちも火照っちゃったよ♥」
京四郎「と、虎姉!(ダメそこから先はダメ!)」
アイツは虎姉さんに目で必死に訴えている。
高坂「まったく……後の……。智様も今度行きますか?近くに他の温泉もあるみたいですよ」
明らかに虎姉さんは話題をそらそうとしている。
あまりに露骨すぎる。
智様「どうやら《《高坂》》は色恋事に現を抜かしている余裕があるようだな……」
勘助「もちろん、京四郎殿も武田にご尽力していただけるのでしょうな?」
京四郎・高坂「ひ、ひゃい……も、もちろんですぅ……」
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第三章はこれでほぼ終わりとなります。




