3-2-1 第六十六話 勝者 -WINNER-
天文十九年 六月二十七日 昼頃 場所:信濃国 林城 城内
視点:律Position
中島「臨時城代代理、奉行の中島 明延。ここに武田方に林を明け渡し致しまする。」
飯富虎昌「あい、わかった。中島殿と各砦の頭とその一族を開放することが、開城の条件に相違あるまいな?」
中島「ははーっ!」
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林城の麓 武田本陣
京四郎「今頃、虎昌さまが小笠原から林城を受け取っているんだよな?」
律「ええ、そうよ。開城交渉というのは、騙し討ちの好機でもあるから慎重に受け渡しが行われるの」
高坂「だから、【御屋形様】より先に飯富様が林城に入ったってわけ」
アタシと虎姉さんで、コイツに丁寧に説明をする。
どうやら……こういう一見地味な、やり取りのことはあまり知らないらしい。
しばらくして虎昌様の配下が、本陣に林城の開城が無事に終わったことを告げに来た。
蔵などの鍵のやり取りなど、手続きと言っても色々と段取りがあるのは今も昔も変わらないようだ。
京四郎「さーて、それじゃあ……オレたちも行きますかね!」
律「えっ?」
京四郎「商人の仕事は、まだ終わらねぇぞ!」
林城に向かって、京四郎はダダっと走って行ってしまった。
林城が山城だということを果たして理解しているのだろうか?
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午後 場所:林城 城外
京四郎「ぜぇぜぇ、はぁはぁ……」
律「だから、言わんこっちゃない……。ほら水よ!」
京四郎「ダンケ!」
竹筒を受け取って素直にありがとうと言えばいいのに、わざわざドイツ語で返してくるのは彼なりの照れ隠しだろう。
「どいた、どいた!」
アタシたちの後ろから箱を担いだ集団が現れる。
律「あの集団は何???」
勘助「あれは小笠原家の御用商人、倉科[1]の連中だ。林城が落ちたことで早速ご機嫌取りに来たんだろうよ」
杖をつきながら現れた勘助さんが教えてくれる。
京四郎「あんなみっともない感じにはなりたくないな」
アイツの口から、つい言葉がこぼれる。
勘助「ハハハッ……殊勝な心掛けだ。だが……あれも商人の姿だ。結局、権力に近づかないとやっていけない」
律「うっ、なんだか胸が痛みます」
飾り気のない勘助さんのセリフは刺々《とげとげ》しい。
勘助「ああやって権力者にすり寄る商人や寺社の一方で、生活の場を荒らされる寺社や民もいる……。そのことを忘れないことが一番肝要だな」
アタシも京四郎も上手い返しが見つからず結局のところ、
京四郎・律「はい……」
しか返す言葉が無かった。
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勘助さんと別れて、アタシと京四郎と一刀さんの三人で蔵に向かうと内藤様がいた。
内藤「おっ!来たな富士屋!待ってたぞ!」
にこやかな顔で手を振っているのは内藤様だ。
近くには内藤兄もいる。
内藤兄「すでに蔵と城にあった物の区分けは終わっている。米・金銭・種子島は我々がそのまま預かる」
京四郎「ありがとうございます!助かります」
ハキハキとした声でアイツは答える。
京四郎「よし!オレらの仕事は、馬・衣類・種子島や明らかに高価な物を除いた武具・書籍・雑貨の査定だ」
律「なるほどね」
正直、武器などに関しては詳しくないので暇そうにしていた信廉様に聞いてみた。
意外にも信廉様は目利きに協力的だった。
なんでも、見ているだけなら気楽だからだそうだ。
信廉様の協力もあり、予想していたよりも早く鑑定は終わった。
小笠原家は京とのつながりも深いようで、高値がつきそうな物も多かった。
長時が城から落ち延びる際に、持ちきれない物は置いていったのだろう。
書籍と衣類、それに書籍を少しばかり手に入れることが出来た。
戦場についてきたから得られるご褒美とでいうことだ。
手に入れた物の中でも、ありがたかったのは【そろばん】である。
じゃあそれまで店の会計は一体どうしていたかと言うと、算盤と呼ばれる紙に書かれた表に小っちゃい木の棒(算木)を置いて計算していたのである。
京四郎「そ、そろばんじゃねぇか!これはラッキー」
信廉「しかもこれは唐物[2]のいいやつだな。さすが小笠原家ってとこだな」
時代劇では商人が使っているイメージが多いそろばんだけど、まだまだこの頃は武士が使う物。手軽には手に入らない。
京四郎「それじゃあ、こんなとこか」
律「明日の朝には諏訪に戻れそうね」
ウキウキしながら二人で話していると、
信廉「あれっ?明日の人買は見ていかないのか?」
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[1]倉科氏:倉科 朝軌のこと。小笠原家の御用商人。男性。史実人物。
[2]唐物:中国原産の物のこと。昔の中国の王朝「唐」の名前に由来するが唐以外の時代に作られていてもそう呼ぶ。
お読みいただきありがとうございます。
人買に関しては、あまりリアルにやりたくはないので、
異世界物の奴隷市を薄めた感じにしようかと思っています。




