3-1-5 第六十五話 業火の奇襲戦
天文十九年 六月二十五日 深夜 場所:信濃国 林城の麓 武田軍陣内
視点:律Position
多田「京四郎!京四郎は、おるか!?また出たぞ、火車が出たんやぁ!」
アタシとアイツが、翌日の総攻撃に備えて寝ていると多田様が駆け込んできた。
律「火車って何のことよ?」
京四郎「そうか、オマエは火車を見ていないんだったな。化け物のことだよ」
ひとまず戦支度をしながらアイツが答える。
京四郎「ねぇ~、多田様。オレも行かないとダメかね?」
高坂「なんだァ、怖いのか?それならばいいです。大人しくしていてください」
多田様の脇にいた虎姉が煽る。
こうなるとアイツは……、
京四郎「ふっ、いいだろう!火車なんてオレが倒してやらぁ!」
高坂「よし!じゃあ早くして」
わかりやすい。虎姉はアイツの扱い方を、もうすっかりマスターしているようだ。
虎姉と多田様、それと京四郎の後を追って報告を受けた場所へと向かう。
▼▼▼▼
場所:林城の麓
目撃地点に向かうと、騎乗した敵が数騎見える。
だが肝心の【火車】が見えない。
その時だった。
京四郎「危ねぇ!避けろ律!左だっ!」
アタシは、とっさに左に倒れる。
するとゴォーッと音がして炎の轍が出来る。
律「何!?どういうこと!?」
アタシには、頭の理解が追い付かない。
京四郎「やっぱり、見えない人には見えねぇんだな」
多田「こればかりは仕方ないな。陰陽師……源与斎さまは、おられるか!」
「源与斎ならば、諏訪で留守番をしている。私が梓弓[1]を放とう」
現れたのは望月千代女。
敵が妖怪ならば彼女の神出鬼没っぷりもその類である。
千代女「祓え給い、清め給え!諏訪明神様!八坂刀売神[2]様!我らにご加護を!」
千代女さんが梓弓で呪符を括り付けた矢を放ち、結界を展開する。
勘助「流石、巫女衆の女棟梁。こいつはありがたい!」
ブォンと結界が張られたことで、アタシにも敵の火車が可視化出来た。
火のついた車に死者を乗せた猫(?)の妖怪だ。
律「えっ!ホントに本物!?オカルトは大っ嫌い!」
京四郎「見えない方が良かった?」
律「うるさいわね!以前倒したことがあるなら、早くその方法を教えなさいよ!」
結界が展開されたことで弱っていた火車もまた動き出しそうだ。
高坂「あの時は小笠原の若武者が操っていたな」
多田「そうそう。京四郎殿に襲い掛かったと思うと、急に止まったんやったな」
アイツはその時のことを思い出そうとしているようだ。
貞種「行け!倒せ火車!一人でも多く武田の者どもを地獄へ送ってしまえ!」
火車が再び動き出す。
車に乗っているわけではないので一見遅そうだが、そこは人外。
意外に速いのだ。
京四郎「どうだったかなぁ……あの後誰かに殴られたせいで、記憶があいまいなんだよな~」
高坂「いいから、早く思い出しなさいよ!」
虎姉が敵の攻撃を必死で避けながら責める。
京四郎「そうか!あの時……!」
律「何か思い出したの!?」
京四郎「水だ!水を敵に浴びせろ!」
アイツの言葉を受けて、早乙女さん・勘助さん・多田様・虎姉が、敵の火の勢いを弱めていく。
相手は遠距離攻撃タイプではなく、相手の方から突っ込んでくるのだ。
さながら闘牛士のように突進を避けつつ、なんとか逃げる。
京四郎「よし、今だ!コイツでくたばれ!化け猫野郎!」
アイツが火車に近づいたかと思うと、火車は急に制止。
火車「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
断絶魔をあげて、敵の火車は消滅した。
律「すごいわね。どうして火車はフリーズしたの!?」
京四郎「これさ」
彼が見せてくれたのはロザリオ[3]。
お守り代わりに身に着けているそうな。
そういえば、こう見えてアイツはクォーターなのよね。
持っていても無理はないわ。
どうやら聖なる物を相手に東西関係ないらしい。
勘助「敵の姿も見えねぇな。今日は、ここらで引きあげよう」
「「「はい!」」」
▲▲▲▲
翌々日に、この謎の襲撃の意図が分かった。
林城の代表者の中島という奉行が開城を申し出たのである。
彼が言うには当主の長時は、敵に奇襲をかけると言って城を出てそのまま戻らなかったらしい。
つまり……あの火車の攻撃を陽動として、小笠原の当主は北へと落ち延びたのである。
天文十九年(1551年)六月二十八日 信濃国守護の小笠原家は滅亡した。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
[1]梓弓:巫女が神具として使うアズサの木で作られた弓。枕詞としても使われる。
[2]八坂刀売神:諏訪明神の妃の神。諏訪湖の御神渡りは、諏訪明神が彼女の下を訪れる時に出来る物だとする説もある。
[3]ロザリオ:キリスト教の祈りの際に用いられる十字架。アルゼンチンには同名の都市がある。
お読みいただきありがとうございます。
詠唱の再現は難しいですね……。




