3-1-3 第六十三話 駆け抜ける
天文十九年 六月二十日 辰の刻半 場所:信濃国 犬甘城北東
視点:京四郎Position
馬場「ご安心召されい!我々は村上の手の者だ!今、軍勢を引き連れてくる故、しばし待たれよ!」
敵将の犬甘の問いかけに対して、とっさに馬場様が噓をつく。
犬甘「し、承知しましたぞ。我が城にてお待ちしておりまする!」
ひとまず、敵はこちらの言葉を信じたようで配下の一人を犬甘城へと走らせた。
その様子を見て馬場様が、オレに告げる。
馬場「よし、京四郎!お主、深志城まで走って浅利に手勢を連れてくるように伝えろ!」
甘利「お待ちください。それならば拙者が!」
馬場「いや、兜に甲冑姿では目立つであろう。だから駄目だ」
確かに明らかにフル武装の甘利より、具足に鉢金はちがね[1]姿のオレの格好の方が目立ちにくいかもしれない。
馬場「それに……これならば戦う役目ではあるまい。だが武勇伝として誇るに値する。さあ、早う……行け!」
京四郎「はい!」
甘利「頼んだぞ、松本!」
オレは目立たないように木陰に潜みつつ、偵察部隊を離れた。
その後は深志城を目指して必死に駆ける。
城までの距離は大してないが、こっちは今や身一つ。
剣の腕前なら律に劣るし、馬場様たちに何かあれば打ち首ものだ。
とにかく必死に、馬の腹を蹴って速度を速める。
気が付いた時には城門の前だった。
京四郎「開門!開ーーー門!富士屋でござる!富士屋でござる!」
城兵に必死に訴えかける。
兵「お、おい!門を開けろ!早くお通ししろ!」
開門と同時に、場内になだれ込む。
京四郎「浅利様!浅利様はおられるか!」
一刀「今、案内します。こちらです!」
櫓にいた浅利様に急いで報告する。
浅利「よく知らせてくれた、今すぐ出撃しよう。おい、早く城を出る支度をさせろ!」
部下「はっ!」
急いで浅利様の部下が櫓からバタバタと出ていく。
浅利「どうだ!?偵察は緊張したか?京四郎殿!」
屈託のない笑みで、浅利様はオレを見てくる。
京四郎「そ、そりゃあ、緊張しますよ!」
馬から降りているのに、まだ乗り続けているような感覚がする。
ジェットコースターに乗り終えた後も、感覚が残っている感じに近い。
浅利「ま、初体験には良いじゃない!それじゃあ、城の守りは頼むよ!」
京四郎「は、はい。……って、え!?」
浅利「だって私も戦場に行きたいし~。あ、大丈夫。百足衆に連絡とかは頼んであるから!」
京四郎「そ、そういうことじゃないです!」
それでもオレがごねると、
浅利「君も蔵前衆だから、武田の家臣団に名前を連ねてるし!胸張っていこう」
浅利様は拳を突き上げると、そのまま出撃してしまった。
犬甘城が陥落したのは、その後一刻(二時間)ほど後のことであった。
城主の犬甘政徳は北へと落ち延びて行ったという。
犬甘城が落ちたことで、一夜にして井川館・深志城にも武田の旗に変えられる。
この有様を林城の敵が見ると、一晩で三つの城が落ちたかのように見えるというトリックである。
もちろん敵の落ち度はあったが、馬場様の鮮やかな采配のなせる業と言って過言ではないだろう。
一刀「ははは、落城後の処理が大変ですな」
京四郎「笑っているくらいなら、手伝え~」
一刀「計算できないので、悪しからず」
京四郎「落城は、《《らくじゃないじょう》》~」
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同時刻 林城内
小笠原長時「くそ!武田め!調子づきおって!」
貞種「兄上!まだ桐原城に山家城もあります。村上の援軍だって、じきに到着するでしょう」
貞種は兄の長時を必死でなだめる。
長時「じきに?じきにって……いつのことだァ??」
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さらにその三日後……、
「殿!東の方角に軍勢が見えます!」
長時「お、おおおおおおおおおおおおおおおおお!やっと来たか村上め!これで武田を……
貞種「兄上。旗印は………………武田菱でございます」
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[1]鉢金:敵の剣や矢から額を守るための防具。汗や血が目に入るのを防ぐ意図もあった。
イメージとしては新選組が着けている物に近い。
お読みいただきありがとうございます。
ちなみに、この犬甘さん勘違い事件。
小笠原家の二木家の書物にある話だとか……。




