外伝 小笠原家の反攻作戦
林城攻防戦、小笠原さんサイドの話です。
天文十九年 六月十八日 朝 場所:信濃国 犬甘城 本丸
視点:犬甘城主 犬甘政徳Position
犬甘「武田の軍勢の様子はどうじゃ……?」
城主である政徳は配下に問いただす・
配下「はっ!只今、情報を集めておりまする。しばし、お待ちを!」
犬甘「うむ……。奴らが侵攻を始めてから十日余りと聞く。果たして防げていようか……?」
政徳は気が気でならない様子である。
彼にとっての心の救いは、主の長時からの書状にあった村上からの援軍である。
以前、上田原の戦いで武田軍を散々に打ち破った村上軍の助力は、他には代えがたい強力な戦力である。
「も、申し上げます!」
近習が慌てて部屋に駆けこんでくる。
近習「長時様のおわす林城の麓に、武田の旗が見えまする!」
犬甘「そうか……埴原城は落ちたということだな……」
彼はそういった報告は聞いていないが、そう悟った。
林城の向こう側にある支城が落ちたということは、林城が包囲されつつあることを示す。
幸いなことに、眼下に見える深志城や館には、まだ小笠原氏の三階菱の旗が上がっている。
敵は小さな砦と判断して、林城の早期攻略を狙っているのだろう。
政徳は数日前の主君の言葉を思い出す。
▼▼▼▼
六月五日 井川館
この日、家老である二木と犬甘は主君に呼び出されていた。
噂で聞いている、武田軍に対する防衛のことだろう。
長時「実は……、二人にはそれぞれの持ち城へ戻って欲しい」
予期せぬ命令に家老の二人は顔を見合わせる。
二木「殿、我々も共に林城にて徹底抗戦しますぞ!城のことはお気になさいますな」
犬甘「そ、そうです。この堅城ならば、持ちこたえられましょうぞ!」
長時「いや、二人の忠誠を疑っておるわけでは無い。村上に援軍を求めておる故、安心して戻って欲しい」
貞種「武田が林城を攻めあぐねている間に、村上の援軍と林城の周りの支城の軍で包囲殲滅する作戦なのだ」
自信ありげに貞種が、その意図を明かす。
二木「はは~、そういう考えでございましたか。これは納得いたしました」
犬甘「これは、お見それしました。」
二人の家老の反応を見て、長時も満足げだ。
長時「信濃は我が小笠原家の土地だ。そう易々と渡さん!」
▲▲▲▲
政徳が、長時の作戦を思い出して、心を奮い立たせていたその時であった。
兵士「ほ、報告!北東の方角に、二十騎あまりの手勢が見えまする!」
政徳「な、なんと!」
政徳は慌てて、本丸から降りてその方角を見る。
配下「敵勢でしょうか?」
政徳「い……いや、村上からの援軍に違いあるまい!助かったぞ、さっそく迎えに参らねば!」
政徳は急いで甲冑を近習に着けさせる。
配下「お待ちください。敵の兵かもしれませんぞ!落ち着きくだされ……」
慌ただしくする政徳を配下が制する。
その言葉を聞いて、彼も一旦手を止める。
政徳「そうであるな……。味方の兵であれば使いが来るはずじゃ!」
やがて、その手勢から一本の矢が犬甘城に向かって解き放たれた。
政徳「見たか!?あれは村上からの鏑矢[1]に違いあるまい!待たせてはならん!今すぐ迎えに出るぞ!」
配下・家臣「はっ!」
こうして犬甘政徳は、同じ二十騎あまりで合流を試みた。
政徳(見ておれ、武田め!塩尻の戦いでの雪辱果たしてくれる!)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
[1]鏑矢:射抜くことが目的ではなく、射切ることが目的の矢。射放つと音が生ずることから戦場における合図として用いられた。
お読みいただきありがとうございます。
犬甘さん家は、モブしかいません。




