2-8-4 第四十九話 現れるタイミングに定評のある内藤様
一部、差別的とも受け止められかねない単語を使っています。
戦国時代当時の描写に基づくものですので、ご了承ください。
天文十九年三月下旬某日 午前 場所:甲斐国 韮崎 牧場
視点:律Position
京四郎と高坂様、……それと三八様が小笠原領に偵察に行ってしまったので、
アタシは、まささんとお留守番である。
牧場の弥七さんにお願いして、牛を集めてもらった。
この辺りは、民家も多くなく放牧地として使えそうだ。
牛舎と鳥小屋は去年のうちに立ててもらってある。
まさ「牛や鳥を育てることはいいんですけど、皮とかってどうやって剥ぐつもりなんですか?」
律「えっ?弥七さん、やらないの?」
弥七「とんでもない、そんなことしたら穢れちまいます」
聞いたところによると、動物の皮というのは防寒具や軍需品に使う一方で、その皮は穢れとして河原者と呼ばれる人々がやるらしい。
律(また、仏教の教えが絡んでくるのね……)
確かに屠殺[1]を自分でやれるかと言ったら、厳しいところはある。
弥七「そもそも、六斎日もありますからね」
律「六斎日?」
まさ「仏教の教えで殺生が禁じられた日のことです。8日・14日・15日・23日・29日・30日の六日のことを指すんですよ」
律「ベジタリアン向きな世界ね……」
まさ「ベジタリアン?」
律「ああ、菜食主義者のことよ。ひとまず肉食を増やすにしても、河原者の協力を得ないと駄目ね……」
この問題は、京四郎が帰ってきてから協議するとした。
律「でも、殺さなければいいのよね?」
まさ「まぁ、そうなりますね」
律「じゃあ牛乳よ!ミルク!乳製品を作ろう!」
ちゃんと牝牛も飼育してあるので、さっそく搾り取る。
ホルスタイン種、つまり乳牛ではないのが懸念材料ではあるけれど……。
搾り取った生乳は、釜で低温殺菌をする。
衛生観念とか希薄な戦国時代ではあるけれど、殺菌をすることで穢れを薄められるとアピールできるので、一挙両得だ。
冷蔵技術は無いので、水を使って冷やす。
律「完成!富士屋牧場ミルクの完成!デデーン!」
弥七さんとまささんの反応は薄い。
弥七「これ、飲めるんですかい?」
まさ「牛になったりしませんよね?」
そこまで、心配なのか。
そういえば、織田信長が牛乳を飲んで周りから不思議がられたって、エピソードがあったっけ……。
律「じゃあ、アタシが飲むわ」
グイっと、口に入れる。
言い出しっぺなので、引くわけにもいかない。
味は……普通ね。
品種改良も何もない時代に贅沢は言えないけれど。
アタシが口にしたので、二人も恐る恐る口にする。
まさ「う、う~ん。なんだか口の中にまとわりつく感じですね」
律(普段飲むのは、水かお茶だもんね。無理もないか)
弥七「思っていたほど悪くないですね」
弥七さんは、抵抗が薄いようだ。
臭いに慣れているからかもしれない。
律「やっぱり、売れないかな?」
まさ「売れないですよ」
ピシャリと、まささんが言葉を返す。
弥七「やり方次第だと思います」
律「例えば?」
弥七「夏場にお湯は売れませぬ。しかし冬場ならお湯は歓迎される……そういうことでは?」
なるほど、あの手この手でアプローチをしていけば、評判も上がるかもしれない。
これも、要検討ね……。
色々とプランを検討していたその時だった。
「お、いたいた。律殿!」
馬でやって来たのは、内藤様である。
内藤「律殿、御屋形様が兵を集めるとのことだ。兵糧か武具を早急に手配してくれ」
律「京四郎が戻ってきてからでは……?」
内藤「駄目」
律「明日からでは?」
内藤「駄目」
律「もしかして今すぐに手配しないと……?」
内藤「駄目です」
うう……っ、まだ畜産関係をやっていたかったのに……。
仕方ないので、まささんに後を任せて内藤様と甲府に戻る。
律「いよいよ、【御屋形様】も出陣なさるんですか?」
智様の甲冑姿は見てみたい。きっと似合う。
内藤「いや、ひとまず先に馬場様が諏訪に入られる。その準備だ。」
なるほど、先遣隊ってことね。
内藤「手配は出来そうか?」
律「馬借衆のツテを使って集めてみます!」
内藤「よし、では頼む!」
言いたいことは全て終わったのか、そのまま内藤様は先に駆けて行ってしまった。
律「はぁ~~~~」
思わぬ急な要件に、思わずため息が漏れてしまった。
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[1]屠殺:動物を食肉・皮革などにするため殺すこと。魚や鳥を〆るの〆ると同じ意味。
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