2-7-3 第四十五話 信濃分析 二
前回の続きです。
天文十九年三月中旬某日 午後 場所:甲斐 甲府 富士屋店内
視点:京四郎 Position
常田様による東信濃の説明は終わった。
今でいう軽井沢より少し内側……小諸辺りまで甲府から進軍するとなると、かなり距離がある。
軍が戦場に到着してすぐに戦えると思えないし、一週間くらいはかかると計算してもいいだろう。
確かに今でも、松本って中央本線から特急で登っていくイメージがあるけれど、上田は長野新幹線だもんな。そりゃあ楽ではない。
多田「それじゃあ、西信濃の方の解説は某かな?もっとも、そんなに詳しい訳でもないから本当は諏訪の人間に聞いた方がいいんだろうが」
さすがに諏訪の人にツテはないな。
馬借の延伸ルートとして検討してそのままだったんだよな。
多田「諏訪は西信濃のほぼ中心地点にあると言ってええ。南北どちらに動くにしろ起点になるやろう」
常田「諏訪では昨年から高島城[1]が築かれています」
虎胤「さようさよう」
深志 林城
塩尻峠
諏訪(高島城)
高遠 逸見
木曾 韮崎
飯田
鈴岡城
武田による諏訪統治はほぼ固まりつつあると考えていいみたいだな。
律「以前、武田家は塩尻で小笠原を破っているんですよね?」
虎胤「あの時の小笠原の者どもの逃げっぷりは爽快であったわ」
原様は腕をグルグル回して、朝飯前であったかのように言う。
多田「そしてその時の傷が尻の……
虎胤「見せんでいい!」
三八様が脱ぎだそうとしたので、さすがに原様が止める。
誰も四十代のおっさんの尻なんて見たくはない。
京四郎「小笠原の居城は塩尻の先ですか?」
多田「あぁ……そうや」
よほど傷を見せたかったのだろうか、三八様はショボーンとしている。
常田「小笠原の本城は林城[2]でございます」
常田様が塩尻峠の北方に丸をする。
虎胤「しかし、林城以外にも支城や砦があるのじゃろう?」
多田「某もそう思う。しかしこの辺りの地理に明るい者は家中におらぬ」
東信濃の場合は真田一族が案内役になったから楽だったけれど、こちらではそうもいかないのか。
偵察が必要かもしれないな。
律「どうにかして林城に近づけないんですか?」
多田「う~ん……深志[3]の町がある。そこまでならば行くことは容易いかもしれん」
聞いている限りでは武田が優位な気がするが、懸念事項はあるのだろうか。
多田「小笠原が反抗作戦に出るとすれば、警戒すべきは鈴岡城[4]や」
京四郎「鈴岡城?」
多田「鈴岡城は諏訪から下って南の方、飯田[5]の辺りの城や。ここを治めとるのは当主である小笠原長時の弟、信定[6]や」
虎胤「林城を攻めている間に背後を突かれたら、マズい訳だな」
多田「そうや。腐っても信濃守護の小笠原様や」
三八様は皮肉っぽく言う。
虎胤「諏訪のすぐ南、高遠 頼継[7]は武田に恭順しておるではないか」
常田「かつては諏訪を裏切って武田についた男です。あまり信用しない方が良いかと」
律の常田様を見る目つきが鋭い。
たぶん「真田が言うセリフか?」って心の中でツッコミしているのだろう。
多田「諏訪から西の方角には木曾がおりますが、彼らは気にしないでええやろう。木曽谷に籠っている連中や。小笠原につくことはあるまい」
三八様は諏訪の西南西くらいの方角に丸をつける。
多田「今、某が知っているのはそれくらいやな」
高坂「ふむ、なるほど」
三八様の後ろから、イケボが聞こえたと思ったら、虎姉がいた。
虎姉がいるということは……
智様「ちょうど良かった。律、京四郎!小笠原の様子を探ってくるつもりは無いか?」
律・京四郎「「えっ!!!!!」」
智様「良いではないか、良いではないか。信濃に販路を伸ばす下見と思えば好機ではないか?」
実にごもっとも。
智様「嫌ならば、おぬし達の秘密を明かすだけだが……?」
京四郎「くっ……。信濃を調べてこいって脅《《しなの》》??」
智様・虎胤・多田「ぷっ……。あはははははは!」
常田様も笑いを我慢しているのだろう。
肩が小刻みに動いている。
今日のギャグは75点。
呆れ顔の律と、わかっていない感じの虎姉以外は笑わせられたので良しとしよう。
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[1]高島城:信濃国諏訪にあった城。
[2]林城:小笠原家の居城の山城。長時の父によって居城とされた。
[3]深志:現在の長野県松本市中心部。
[4]鈴岡城:現在の長野県飯田市にあった城。小笠原家から分離していたが、長定が養子入りしたことで統一された。
[5]飯田:現在の長野県南部飯田市。静岡県と接している。県内第五の都市。
[6]小笠原信定:小笠原長時の弟。1521年生まれ。鈴岡城主。
[7]高遠頼継:諏訪家庶流。高遠城主。生年不明。武田家の諏訪攻めの際に武田と同盟して諏訪家を攻めた。
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