2-6 第四十二話 わかりやすさは大事
天文十九年一月上旬某日 夜 場所:甲斐 甲府 躑躅ヶ崎館
視点:智様 Position
ドンドンンドンドドン!
和太鼓が鳴らされて、大広間に集まった家臣団が正面にいる【御屋形様】に頭を下げる。
信繁「それでは、正月の大評定を始める」
家臣一同「「ははーっ!」」
大評定ということもあり、普段甲府にいない信濃の城代なども顔を出しているだけあってピリピリとした空気が流れる。
信廉(こういう場は智が取り仕切ればいいのに、どうしてワタシがやらなければならないんだか……)
頭を下げられている当の本人は、その重圧にげんなりしている。
信廉「あ、あー、昨年は特に大きな戦も無く、内政に専念してもらった一年であったと思う……」
評定の様子を、大広間の隣で聞き耳を立てているのは智である。
今日、家臣の前で発言する内容は前もって信廉兄上と打ち合わせをしていた内容だ。
智(とりあえず、今のところは妥協点ね……)
いまいち威厳の薄い話ぶりと振る舞いに、厳しい評価を付けざるを得ない。
聞いている方の家臣もソワソワ仕手いる者が多い。
というのも、褒美や恩賞の沙汰は評定の最後にまとめて行われるので、そっちが気になって仕方ないのだ。
信廉「そ、そして今年は武田家の軍制において新しい役目を設けることにした!」
馬場「して、そのお役目とは?」
家臣は、皆ゴクリと唾を飲んでその答えを待つ。
役職の新設により、出世の機会が増えるだけに大事なことである。
信廉「ずばり伝令[1]衆じゃ!」
家臣一同「「おおーっ!」」
信廉「その名も百足衆である!」
これも旧武田の軍制からの改革の一手である。
それが無事に発表できたことに智は安堵していた。
▼▼▼▼
時は数日前に遡る。
智はいつもの如く、富士屋に立ち寄っていた。
躑躅ヶ崎館では、常に人の目、人の耳があって話が漏れるかもわからない。
それに未来人である二人の助言は、既存の概念を逸脱したもので、他では得難い価値があるからだ。
律「智様、よっぽど富士屋がお気に入りなんですね」
京四郎「今は寒いので仕事が少ないからいいですけど、忙しくなったら相手にしていられないですよ」
智様「わかってる、わかってる。」
さっさと本題に入らないと虎が来て、また館に連れ戻されてしまう。
智様「あの鉄匙を黒鍬の者どもに持たせてみたら、たいそう評判でな。今後は部隊の常備品とすることに相成った!」
とりあえず、機嫌を取ろうとする智様である。
京四郎「黒鍬というのは?」
智様「軍において道を切り開いたり、橋を架けたりする部隊のことだ。陣地の設営や使者の埋葬などもするぞ」
京四郎「いわゆる工兵部隊か。うちの店とも仲良くできそうだ」
智「棟梁の者にもよろしく伝えておこう」
京四郎「はい、是非!」
京四郎が話に乗ってきやすいのは、智にとっても計算の上である。
律「それで、今日わざわざ店に来たのはお茶とお世辞を言いたかっただけですか?」
京四郎がいる時は、特に智様に対して律は手厳しい。
智様「わかった。本題に入ろう。実は上田原の戦いの反省をしていてな」
律「はいはい」
智様「もちろん、筆頭家老の板垣に油断があったのは事実だ。だが、他にも原因があるのではと思って色々と考えていたのだ」
京四郎「それでそれで?」
智様「どうも情報の伝達が不十分であったということがわかったのだ。というのも伝令の兵が行軍中の兵に紛れてしまって情報を伝えられずじまいであったり、情報を共有できていなかった部隊もあったようでな」
律「伝令兵を整備したいってことでしょうか?」
智様「……そうだ。だが、戦闘面での話ではない故に、ここで優先すべき課題かと思ってな……」
智様は、う~んと腕組みをする。
律「いえ、大事だと思います」
京四郎「私もそう思います。後世ドイツという国には、伝令の勲功を得て一国の指導者まで上り詰めた人物もいるんですよ!」
律「そんな人いるの!?」
京四郎「総統閣下だよ」
律「あっ……」
律は、あえて京四郎がぼかした言い方をした理由を察した。
律「でも情報を伝えることは大事ですよ。報・連・相ですよ!報・連・相!」
智様「放れんそう?」
残念ながら戦国時代の人物に、令和のビジネスパーソン用語は通じない。
京四郎「報告・連絡・相談のことです」
智様「その頭文字で報連相か!良い言葉だ。伝令部隊の標語にしよう」
智様も報・連・相はお気に入りのようだ。
律「部隊のことはどれくらい決まっているのですか?」
智様「家臣の子弟を所属させようと思っている。顔を覚えてもらえるし、信用性も持たれやすい。」
京四郎「なるほど、理にかなっている」
智様「せっかくだから、統一の装束にしようと思うてな。部隊や城の者が伝令を見てすぐにわかるようにしなければならんからな」
京四郎(上田原の戦いでの反省を次に上手く活かしたいのだろう……)
京四郎は智の本気度合いを理解した。
智「その部隊の名は何がいいと思う?私は猿がいいと思うんだが?」
京四郎「サルより犬の方が相応しいのでは??」
律「百足!ぜーーーったいに百足!」
智「えーっ?ムカデ?他のにしな……
律「絶対百足です!い・い・で・す・ね?」
京四郎・智様「「は、はい」」
律(どう考えても百足衆の話だもんね……。軌道修正、軌道修正)
こうして百足衆が発足することとなったのである。
▲▲▲▲
信廉「ホウレンソーー!」
家臣一同「ホウレンソーーー」
信廉「ホウレンソーーー!」
家臣一同「ホウレンソーーーーー!」
本当に、信廉も家臣一同もわかっているのか心配になった智であった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
[1]伝令:戦場における情報伝達役。戦勝の報告が伝令兵によってもたらされたことがマラソンの由来でもある。
お読みいただきありがとうございます。
感想、コメント等がありますと励みになります。
好きなキャラクターを伝えて頂けると、出番増やすかも……?




