2-5 第四十一話 年の暮れと言えば
視点:京四郎 Position
天文十八年十二月下旬某日 夜 場所:甲斐 甲府 自宅
師走も終わりに近いある日の夜、来客があった。
富士屋では、武田の家臣相手に金貸し業をしているので色々な人が来ることが多い。
されど、通い詰めるくらい来る人なんて、ごく一部である。
・館を抜け出してきた智様
・そのお供の勘助さんor虎姉こと高坂様
・好々爺の横田様
・ナンパに失敗した秋山様
・視察と称して店でゴロゴロしたい内藤様
・使者帰りの駒井様
……ごく一部と言いつつ、そうそうたる面々である。
今日の来客もまたその一人である。
高坂「聞いてくれよ~律~」
酒が入ると、やたら絡んでくる虎姉である。
なんでも、今日は智様の対応が冷たかったらしい。
律「はいはい、聞いていますよ。虎姉さま」
律と一緒に味噌とモヤシをツマミに出して相手をする。
高坂「智様は、穴山を村上との講和失敗に乗じて勢力弱体を謀っていたのだ……」
ああ、あの八月にあった穴山信友の深酒事件か。
高坂「ところがだ。穴山はその穴埋めとばかりに南信の豪族、藤沢頼親[1]を内応させおった……」
京四郎「まったく仕事が出来ないって訳じゃないんですね。あの人」
酒好きで赤ら顔のイメージがスゴイだけに意外だ。
高坂「……ひっく、それだけではない。」
律「まだあるんですか!?」
高坂「いつだか、おぬし等が植林を提言したことがあっただろう……」
律「はいはい。桐や桑、竹など何種類かの樹の植樹について進言しました。」
そうそう。あれ以来、木を植え始める民衆が増えた。
武士の中にも、今後の楽しみとして柿や梨などの果実を育てている人もいる。
高坂「智様が配下の者たちに……、植樹を奨励するように命じた時も、すでに五年以上前から部下の佐野某[2]に命じて竹の植林を行っておるとぬかしおった……」
スゴイな穴山様、先見性がある。
一度、穴山様の領地を視察する必要があるかもな。
京四郎「穴山様の土地は豊かな場所なのですか?」
高坂「いや……身延[3]の辺りは山間の土地で米は、あまり取れないはずです……」
なるほど、米が取れないなりに金を稼ぐ手段を確立しているのか。
律「その穴山って人、他にも何か悪どいことしていないんですか?」
コイツはコイツで、穴山様に対してアタリが強い。
むろん、オレもあまり好きではないが。
智様にとっても中央集権への障害なのかもしれない。
高坂「あの者は……いくつかの金山を持っておる……。金はあるはずだ」
建前上は友好関係ではない北条家との国境を守っている小山田に比べて、穴山は婚姻関係にあって、平和な今川との国境を支配している。
お金の使い道にも余裕があるわけだ。
高坂「律……律ちゃん、水ある~?」
それにしてもどれだけ酒を飲んだんだ?この人。
律「はい、虎姉さま。水~って……
高坂「グゴッ……zzzzzzzzzz」
そのまま律にもたれこんで寝てしまった。
律「ちょっと……高坂様!虎姉さま!」
一応目上の人なので、強引に起こすわけにもいかず仕方なく布団まで引きずった。
律「アタシたち、お酒が飲めるようになっても、こういう大人にはなりたくないわね……」
それには同感。
まぁ、娯楽も無いこの時代には憂さ晴らしなんて無いのかもしれないけれど。
▼▼▼▼
同時刻 躑躅ヶ崎館 一室
ここでは、武田智、その兄嫁である三条夫人[4]、浅利信種の三人で飲み会が行われていた。
智様「それにしても、虎は大丈夫か?見送りに誰か付き添いに行かせれば良かったかもしれん……」
浅利「大丈夫ですよ、御屋形様~。それより、もう一杯いっちゃいます~?いっちゃいます~?」
浅利は智様の盃にお酒を注ぎ足す素振りを見せる。
智様「いっちゃう?いっちゃう?いっちゃう!!!!」
三条夫人・浅利「「やったーーーー」」
杯をゴクッと飲み干し、浅利に注がせる。
まだまだ、酒の席は続きそうだ。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
[1]藤沢頼親:信濃伊那郡、福与城主。諏訪家の分流で小笠原と武田の間を行ったり来たりしていた。
[2]佐野某:穴山家臣、佐野 縫殿右衛門尉のこと。林業に携わる山衆の棟梁だったとされる。名前が長いので本文中では割愛しています。
[3]身延:山梨県南西部。日蓮宗の総本山の久遠寺がある。某キャンプアニメの聖地。
[4]三条夫人:武田晴信の継室。京の公家三条家の出身。武田義信の母。本作では未亡人設定。
お読みいただきありがとうございます。
虎姉は酔うとボディタッチが増えるタイプです。




