2-4 第四十話 好き?素昆布?喋る?
視点:京四郎 Position
天文十八年十二月中旬某日 昼頃 場所:甲斐 甲府 富士屋店内
高坂様と律とオレの三河への三人旅も無事に終わった。
陶工の慎之介さんは、三河より移住してさっそく陶磁器作りを始めている。
油を求める客は必然的に油皿を必要としているわけで、セット売りが狙いである。
甲斐では陶磁器の座が、ほぼ無いのも幸いだった。
座というシステムが戦国時代にある以上、新規事業こそ狙いどころなのである。
京乃介「ほほう、これが綿花ですか……。木綿は見たことがありますが、この種から育つんですね!」
律「ええ、菜種油のために菜の花を育てているところだけれど、綿花栽培も奨励させたくて」
京乃介「わかりました。農家の方に協力してもらえるか聞いてみましょう」
こうして農家での生産体制が整えられた。開花は春先になるだろう。
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智様「京四郎、律!いるか~?」
例によって、突然現れるのが智様である。
それにしても、こんな日に現れなくてもいいのでは……?
『天文18年12月 甲斐 大雪五尺(約150cm)、竹木枯、禽獣悉寒殺
向嶽菴年代記[1]』
昨日の大雪で積雪がすごく、雪かきをしようとしていたところなのである。
智様「なんだ、雪かきならば私も手伝おうか?」
京四郎「えっ、いいんですか!それじゃあ手伝って……」
意外にも、この方はやる気満々である。
律「ダメよ、もしも智様に何かあったら高坂様に怒られるわよ」
虎姉のお説教……。それはそれで楽しめそうだが……。
今回はやめておこう。そうしよう。
さて、智様がお茶で一休みしている間に店の前だけでも雪かきをしよう。
京四郎「まささん!アレないですかアレ!」
律「そうそう、あの雪かきに使う……
京四郎「スコップ!」律「シャベル!」
アイツと同時に出た言葉は違うワードだった。
京四郎「あれはスコップだ!元の語源はオランダ語でスコップが正解なんだ!」
律「ショベルカーって言う車があるじゃない!シャベルが正しいのよ!」
京四郎「自分でショベルって言ってるじゃないか!ショベルかシャベルかハッキリしろ!」
律「英語の発音的にはシャベルだからいいのよ!」
まさ「あ、あの……。喋る?素昆布??」
律「あ~、ごめんなさい。外来語は通じないわよね……」
京四郎「ほら、土をすくう物です!普段除雪に使うやつ……」
まさ「あ~、はい。わかりました」
まささんが持ってきたのは……?
律「これは?」
まさ「鋤です」
京四郎「あー、すき焼きの由来のあの《《すき》》ね。ハイハイ」
鋤とスコップの違いは知っているだろうか?
鋤というのは刃の部分が真っすぐになっており、深く掘ることに適している。
一方のスコップは先の部分がスプーン状になり、掘って土を運ぶことに適している。
例えるなら、木のスプーンとプラスチックのスプーンで食べ比べるみたいなものか。
ん?スコップ?
これも武田家への売り込みアイテムとして使えるかもしれない。
智様には事情を説明して、鍛冶屋に試作品を作ってもらった。
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後日 代官屋敷
勘助「それで、今日は一体何を見せてくれるんだ?富士屋さんよ」
今日の智様のお供は勘助さんである。
律「ご紹介するのはこちら……【シャベル】でございます!」
京四郎「スコップとも申します~」
智様と勘助さんに試作品シャベルを見せる。
智様「ふむ。何に使うのか、これは?」
律「見ていただいた方が早いと思います」
いわゆるデモンストレーションである。
京四郎「目の前の土を掘ろうとしたとき、鋤ですと横から土がこぼれてしまいます」
富士屋の力仕事担当の一刀さんが、土を掘る。
律「では、シャベルだとどうでしょう?」
原「ふんっ!」
暇を持て余していた原さんに快く協力していただいた。
原さんは少し離れたところに、うず高く土を盛る。
勘助「こりゃ、いいな。ちょっとした改良だが、差は歴然だ」
智様はフフフと、笑うと、
智様「そうだな……雪かきにも使えるものな」
智様は、あまり驚いていない。
あ……、そういえば『ゆきゆり』に雪かきの話があったわ……。
主人公の雪かきスコップがプラスチックで割れてしまったときに、
さっと友達が鉄製のスコップを出すシーン……良かったなぁ。
勘助「他の使い道は無いのか?」
京四郎「とある雪国でスコップを近接武器として使っていたと聞いています」
ソビエト連邦のことである。
中でも激戦であったスターリングラードの戦い[2]での白兵戦に使われたと言う。
智様「武器!確かに振り回して当たったら痛いだろうな」
智様もお気に召したようだ。
智様「いいだろう。増産できそうならとりかかってくれ。えーっと、名前は……」
京四郎「スコップ!」律「シャベル!」
ここでスコップ、シャベル使い分け問題が解決するかもしれないので、大事なところだ。
脚立と梯子の使い分けくらい大事だ。
勘助「これ、何かの形に似ていませんか?」
智様「そうだな……強いて言えば匙かな?」
勘助「では鉄匙としましょう。わかりやすいですし」
結果、新製品【鉄匙】が誕生した。
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[1]向嶽菴年代記:塩山市の向嶽寺住職が書継いだ年代記。戦国時代の甲斐についての史料の一つ
[2]スターリングラードの戦い:第二次世界大戦の独ソ戦最大の戦い。
お読みいただきありがとうございます。
作中の文献については、『日本中世気象災害史年表稿』ビューア様を参考にしています。




