1-5-2 第三十話 大事な話は温泉に限る
視点:京四郎 Position
天文十八年九月上旬 正午 場所:甲斐 甲府郊外
律とオレそして智様は今、温泉に向かっている。
そう、温泉である。温泉である!
(大事なことなので二度言いました)
智様「あんまり、兄上を責めないでやってくれ。信廉兄上もあれで精一杯なのだ」
律「やっぱり、影武者だったんですねアレ……」
律は苦笑いをする。
智様「あれでも似ていると評判だったのだが……、まだまだ鍛錬が必要みたいだな……」
智様は苦々しそうな顔をする。
京四郎「智様って一体何者なんですか?なんとなく武田の一門の方っていうのは、わかるんですけど……」
智様「知りたいか?知りたいか~?」
そう言って馬から降りて、そのまま繋ぎとめる。
律「それは知りたいですよ。ちょいちょい店に顔を出すわりには、意見を通してくれるし……」
京四郎「けっこうお世話になっていますから……」
智様「よかろう!続きはここで話そう!」
そう言って指を指した先は小屋?
智様「そう、ここは志磨の湯[1]。私のお気に入りの湯だ!」
「「おおー!」」
律「ところで、三人一緒に入るんですか……?」
混浴なら、個人的には嬉しいけれど……。
智様「何を言っている?二人が先に入れ」
律・京四郎「「えっ、えええええええええええええ!」」
智様「だって、中に曲者がいたら困るだろうが」
それは、実にごもっとも。
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智様のご命令で仕方なく、いや……本当に仕方な~く二人で小屋に入る。
衝立が一つだけあるが、気まずい。
戦国時代の羞恥レベルは、令和と違うのかもしれないが緩い。
実に緩い。
京四郎「それにしても、よく付いてきたな。温泉だからそりゃあ脱ぐに決まっているのに」
律「違うのよ……戦国時代のお風呂って蒸し風呂だから問題ないかな~って思ってたのよ。温泉ならば話は別よね~そりゃあ……」
律も渋々服を脱いでいるようだ。
こちらも、何も身に着けていない状態。
いわゆる全裸である。
先に温泉に入ることにした。
温泉は無色透明。香りも特にしない。
湯加減は……お、桶がねぇ!シャワーもねぇ!
もうちょっと、周りに囲いとかあればいいんだけれど……。
外は風が当たるのでとりあえず入る。
律「こっち見たら、目つぶしだからね。ずっと向こう側見てて!」
京四郎「はいはい」
ここは大人しく従う。
昔から割とガチ目に殴ってくるので、ダメージが少なくないのだ。
ピチャ……チャプ……ッ。
温泉のお湯が少し出ていく、アイツも中に入ったのだろう。
智様「どうだ?今日の湯加減は?気持ちいいか?」
温泉の中で二人が《《一見》》即発な状態なのに、なんとも呑気な声だ。
智様「お待たせ~」
その声に反射して、智様の方を見る。
普段から鍛えていそうだし、いい腕していそうだけど……どうなんだろう?
って……裸じゃないじゃん!
安心したような残念なような……。
律「あ、あの智様……その格好は??」
智様「これか?これは湯帷子[2]だ。二人とも入浴時は何も着けない派なのか?まあ、個人の好みまでは追及するつもりはないが……」
智様の格好は、浴衣の簡易版とでもいうものだろうか。
滝行する女性が着ている白いやつに似ている。
律「そ、そんな物があるなら、早く言って欲しかった……」
律が肩を落とす。
智様の裾からチラリと見える腕が実に綺麗だ。
現代の素材ではないからか、微妙に胸のラインがわかってしまうのも眼福と言うやつか。
サイズ的には律より少し大きいくらいだろう。
カップとかの概念が無い時代だからそれ以上は不毛な議論だが。
取りあえず、話を切り出す。
京四郎「それで話というのは……?」
智様「そ、そうだな。私の名は武田智[3]。武田信虎の娘にして、晴信・信繁・信廉兄上の妹だ」
やっぱり、まさにお姫様ってわけか。
智様「そして私がこの甲斐の当主。真の御屋形様というわけだ。」
京四郎・律「「えっ!!!!」」
京四郎「本当に本当ですか?」
律「だって信虎の後の御屋形様って武田晴信様でしょ?は、晴信様は一体どこに??」
まさかの告白に、アイツもオレも軽いパニックである。
大事な話はお風呂でするとか、某アニメで言ってたけれど、まさかこの場面で!?
智様「話は天文十七年[4]に遡る……」
もったいぶってるけど、それって一昨年の話ですよね……。
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[1]志磨の湯:現在の湯村温泉。山梨県甲府市にあり、信玄の隠し湯の一つとされる。
[2]湯帷子:入浴の際に着用されていた和服の一種。浴衣の原型。
[3]武田智:架空の人物。モデルは武田宗智。信玄の異母弟で生没年は不明で謎が多い。
[4]天文十八年:1548年のこと。
お読みいただきありがとうございます。
次回は回想回です。




