1-3-2 第二十二話 持続可能な開発
視点:律 Position
天文十八年七月上旬 午後 場所:甲斐国 甲府 富士屋横の自宅
突然の来訪者の問いかけに、二人は沈黙する。
少し考えた後で、京四郎がゆっくりと口を開く。
京四郎「私たちには、戦のことはわかりません。」
高坂「ほら、やっぱり!わざわざこんな相手に聞く必要はないです!」
京四郎「最後まで聞いてください。戦いは無理でも内政ならば手伝うことは可能です。」
智「ふむふむ」
京四郎「私が思うに、この国が目指すべき目標は『富国強兵』[1]でございます。」
高坂「す、酢漏岩????」
京四郎「さよう、スローガンは富国強兵でござる」
二度も言った。
というか、『富国強兵』って明治維新が掲げたやつじゃなかったっけ?
智「いいじゃんけ、いいじゃんけ!富国強兵かぁ!」
つ、通じている!?智様は意味がわかるの!?
智「フフフっ、今度は『戦国策』[2]か。わかりやすくて良いな。」
高坂「口では何とでも言えます。我らが甲斐は、米の収穫量ではあまり恵まれておりません。それを承知の上でしょうね?」
高坂さんも突っかかる。
智「では、京四郎殿。もう一度聞こう。今、武田がすべき方策は何か?」
具体的な答えを京四郎に智様は求める。
ここが、大事よ!こういう時、アイツなら決めてくれるはず……。
京四郎「それは……」
律・高坂「「それは……?」」
あ、高坂さんとハモった。
京四郎「植林でございます」
律「し、植林????」
地球温暖化とか言い出すのか、コイツは?
京四郎「何事にも木というのは欠かせぬ物です。木炭や家屋に使う木材、弓矢に紙。使う用途を上げればキリがありません。闇雲に木を伐採し続ければ、すぐに禿山となってしまいます。」
智「それでそれで?」
京四郎「一気に木を伐採するのではなく、間引くように伐るのです。そうすれば一本一本に栄養が行き渡り、交代交代で育てることが出来ます」
高坂「それが、米の増産につながるのか?」
京四郎「つながらないでしょう」
律「オイオイ!」
ツッコミの速度はアタシが一番だった。
京四郎「そこで、桃や栗、柿などの栽培を推奨して欲しいのです」
智「読めたぞ。食べ物が足りぬ時は食い扶持の足しにして、余った時はそれを売らせれば良いわけだな。」
京四郎「さすが智様!理解が早い。」
智「他に植えた方が良い樹木はあるか?」
京四郎「竹ですね。タケノコにもなりますし、成長が早い」
「アタシも何か言わなくては!」と思って考えを巡らせる。
律「アカマツ……それに、榧と桐。そして桑も」
どれも日本の城では、よく見る木だ。
特に桑は今後の展望を考えると欠かせない。
京四郎「最悪、米は金で買えます。もしも相手が多額のお金を払っても欲しい物を生み出すことが出来れば……」
高坂「米の石高が低い国でも、勝ち目がある……!」
京四郎「そうなのです。ですが……樹木は育つのに時間がかかります。
桃栗三年柿八年ですからね……。だからこそ早めにしなければならないのです。」
智「わかった。虎、ちゃんと書き記しているか?」
高坂「あ、えっ。ハイ!」
智様は全部聞き尽くしたとばかりに、帰り支度を始める。
そして扉に手をかけながら、
智「どうだ?京四郎に律……。商人を辞めて武士として武田家に仕えないか?」
ま、まさかのスカウト!
就職希望の会社の方からスカウトメールが来たようなものじゃない!
い、いや……就職活動したことないから経験ないけど。
でも富士屋の皆さんは、アタシたちを見込んで店を託してくれたのよね……。
京四郎「嬉しい申し出ですが……。お断りします。あくまで私たちは商人なので」
律「富士屋の方たちは、アタシたちを受け入れてくれました。その思いは裏切りたく無いんです!」
智「そうか……わかった。また来るぞ」
そう言い残して、黒い馬に跨って去って行ってしまった。
高坂「あっ……お茶ごちそうさまでした。」
律儀にお礼を言って高坂さんも、智様を追いかける。
二人の去った家は、再び静寂を取り戻していた。
京四郎「あれっ?俺のリュック動かした?」
律「いや、指一本も触れてないけど」
京四郎「そうか……、いや……なんでもない。忘れてくれ……」
そう言われると気になってしまうのが、人のサガである。
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[1]富国強兵:明治政府が掲げたイメージが強いが、古代中国から唱え続けられていた。呉の名都督の一人陸遜も提唱していたとされる。
[2]戦国策:中国戦国時代の逸話などを国ごとにまとめた書物。智が元ネタと判断したのは秦策の「国を富まさんと欲する者は、務めてその地を広くし、兵を強くせんと欲する者は、務めてその民を富ます」。
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