1-2-6 第二十話 賢い方が勝つわ
天文十八年五月十五日 羊の刻 場所:甲斐国 韮崎 韮崎氷川神社馬場
離れて見ていた姫と高坂と勘助の三人も、富士屋の勝利を見届けていた。
勘助「やはり、予想通りの結果になりましたな」
虎「な、何故わかったのです?」
姫「それでは逆に聞くが、虎はこの勝負が一体どこで決したと思う?」
虎「えっ、それは……最後じゃないんですか?二勝一敗が決したのは最後でしょう?」
その答えを聞いて、フフッと勘助とニヤニヤする。
姫「わかっていないようだな……。本当に勝敗が決まったのは第一回戦だよ」
虎「えっ!?」
勘助「恐らく……富士屋は、最初の馬を、三頭の中で一番遅い馬にしたんでしょう。」
姫「烈風という単純明快な強そうな名前。乗り手は秋山信友!つまり最初から本気で勝ちに行くように見せかけたのだよ」
勘助「小林屋は初戦で大本命の馬を使ってしまった。そうすると、二番目に早い馬か一番遅い馬しかない。二連勝すれば勝つ小林屋が使う馬はどっちだ?」
虎「そりゃあ、二番目に早い馬ですよ……。あっ!」
姫「そう。第二回戦で富士屋が、一番早い馬を使ったら勝てない。小林屋は三回戦では一番遅い馬しかない……。そしてこの結果だ」
虎「でもそれって富士屋の馬が、ある程度速くなければ意味がないのでは?」
勘助「たぶん、それも把握済みだっただろうな。看板を立てて情報工作をしたりと、富士屋は用意周到に準備をしているに違いない」
虎「そういうものですか……」
高坂は納得したつもりだったが、なぜ作戦まで二人が知っているのかがわからない。
姫「実はこれ、斉[1]の孫臏[2]が友人に競馬の勝ち方を聞かれた時に教えた作戦なのだよ」
勘助「田忌の競馬ですな」
二人は完全に盛り上がっている。
しかし高坂には、そんぴん?でんき?どちらも何のことだかわからない。
姫「そうだ、勘助。例の物は手に入ったか?」
勘助「はっ。こちらで」
勘助が紙の束を渡す。
勘助「小山田の帳簿にござる。今日の騒ぎで警備が手薄で助かりました」
パラパラと姫は帳簿をめくる。
姫「おやおや、これは貯めこんでおるな。ただでさえ北条との国境を治める小山田への負担は少ないはずなんだがなぁ……」
虎「厳しいご処置が下されるでしょうか?」
姫「いや、それはあるまい。せいぜい馬奉行を外されるくらいだな」
姫は渋い顔をする。
勘助「まだまだ、革新には遠い道ですな」
姫「だが、実に面白き連中だ……。富士屋……か。」
姫は手綱を握り、二人を残して走り去ってしまった。
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一方、律も京四郎から今回のトリックを明かされた。
京四郎「弥七さん、今日はありがとうございます。ある程度勝ち筋が見えていたとはいえ、さぞお疲れだったでしょう」
弥七「うちの牧場の馬が優秀だと証明されたんです。それだけで十分でさぁ」
気恥ずかしそうに弥七さんが答える。
秋山「京四郎さん……。催促する訳じゃないけど約束の物を忘れていないよな?」
京四郎「あっ、今あります!」
リュックから取り出したのは……アクリルキーホルダー!?
あれは、アイツが筆箱に付けていた物じゃない!
秋山「おー、これじゃこれじゃあ。いつ見てもこの透き通るキレイさ、まるで水のようじゃ……。そしてこの女子!なんと可愛いらしいことよ!」
こ、コイツ……。アクキーで買収したのか……。
確かに微妙にお高いけどさぁ……。
京四郎「秋山様には負けてもらわないとこの作戦は成り立たなかった。ありがとうございます」
秋山「なぁに、京四郎のためだけじゃない。律さんのためさ!」
SEがあったらキラーンって音がするシーンだよコレ。
律「どうせなら、アタシにも作戦教えてくれれば良かったのに……。」
京四郎「そりゃダメだ。顔に出るタイプだからな。」
アタシ、そんなに顔に出やすい??
京四郎「勝てると思って余裕綽綽でいたら怪しいと思われるだろう?律ならば勝てると思っていたし」
律「そ、そりゃあ……そうだけど……そうだけど」
なんだか釈然としない。
京四郎「これこそ手口がわからなかった、っ《《て、ぐち》》?」
律「……馬鹿ァァァァ!」
その光景を見ていた人曰く、その時ゴツンと鈍い音が聞こえたそうな。
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[1]斉:中国戦国時代の国の一つ。
[2]孫臏:孫子と呼ばれる人物の一人。もう一人の孫子と呼ばれている孫武と並んで伝説的な軍師として知られる。
[3]田忌:斉の公族。斉では田忌が元帥、孫臏が軍事顧問を務めた。
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