16-1 第百八十八話 見極めるのは難しい
今回から新章です。
天文二十三年 1554年 八月上旬 午後 場所:信濃国 諏訪 高島城
視点:律Position
京四郎「まったく、ビックリしたぜ~。家に戻ったら、まささんに『律さん達は伊那攻めで留守ですよ~』なんて言われちって……」
律「ちょうど京四郎が伊勢に出かけた直後に、出陣になったのよ。タイミングが悪かったわね~」
京四郎「くぅ~!悔しい!」
京四郎は、地団駄を踏んで悔しがる。
落城に伴う中古品の鑑定は楽しい。
まともに目利きが出来る訳でもないが、掘り出し物感覚である。
京四郎「それで、城攻めは上手くいったのか?ヘマしてないよな?」
智様「あ、それ!私にも聞かせてもらおう」
結局、諏訪から出ることが無かった智様も興味津々だ。
律「そ、そりゃ、もう……ねぇ~」
高坂「万事順調でしたよ」
はぁ~、勘助さんか秋山様がこの場にいたら、さぞ蒼い顔をしていたに違いない。
高坂「義信様なぞ、自ら槍を振るって血気盛んに郭を落とし続けた次第で……」
京四郎「すごいじゃないですか!武田の一門衆が果敢に攻めかかれば、周りの諸将も士気が上がるでしょう!」
京四郎は、素直に義信様を褒める。お世辞では無いだろう。
……というか、京四郎はお世辞を言うタイプではない。
そんな京四郎と対照的に智様の反応は……
智様「うむ……」
顔に変化なし、特に驚きもしていないと言った感じだ。
律「そういうアンタは、どうなのよ?」
京四郎「俺か?無事に伊勢まで言ってお守りを確保してきたぞ。もちろん、商談もしたぞ!」
京四郎は、誇らしげに言い放つ。
だが、アタシは知っている。こいつが隠し事をしているということを……。
律「聞いたよ、一刀さんから。なんで妻と一緒に船旅を楽しんだとか……」
高坂「つ、つつつつつつつつつつつつ……妻!?」
智様「なんだと!?京四郎、聞いていないぞ!」
二人が、勢いよく京四郎に詰め寄る。
智様に限っては、さっきの義信様への反応とは大違いだ。
京四郎「お、落ち着いてください!博打に追われていた女の人を匿っただけですよ」
律「博打??もしかしてまた、博打を??」
京四郎「さ、さあね……」
京四郎の目が、わかりやすく泳ぐ。
京四郎「それよりも……その後が大変でよぉ~。滝川なんとかとか言う謎の元女忍びと一緒に海賊と戦ったんよ」
高坂「いったいどういう状況なんですか……」
虎姉のツッコミは、ごもっともである。
ん?滝川??
律「ねぇ、滝川なんとかって……もしかして滝川一益?」
京四郎「そう!そのアナウンサーじゃない方!」
戦国時代にアナウンサーがいるワケないでしょ……。
滝川一益。織田四天王……織田五大将でもいいんだけど、その一人。
「退くも滝川、進むも滝川」と言われた名将で、傾奇者の前田慶次[1]の親族とも言われている。
律「それで、もちろんスカウト……雇ったのよね?」
京四郎「ああ、雇ったよ。海賊の向井さん」
律「雇ったって、そっちかい!」
高坂「海賊なんぞ雇って……使いどころがあるのですか??」
それを聞いて、京四郎が得意げに言う。
京四郎「昔、古代中国の政治家が数千の食客を雇っていました。彼が命を狙われた時に窮地を救ったのは他ならぬ食客だったんだ。モノマネの名人が鶏の鳴き声を真似ると、門番は夜明けと勘違いして政治家は脱出に成功したのでーす!」
智様「孟嘗君[2]の鶏鳴狗盗の話だな。どんな芸でも極めていれば、使いどころがあるという話だ」
律「その頃から、鶏の鳴き声のモノマネとかあったのね……」
そんな話をしていると、ドタバタと廊下の方から足音が近づいてくる。
やがて足音の主、甘利様が現れる。
甘利「申し上げます。木曽氏の使者を名乗る者が面会を申し出ております!」
律「あれ?今、信廉様って諏訪にいらっしゃいましたっけ??」
もう、伊那侵攻が終わってから半月は経過している。
高坂「そういえば信廉様、府中(甲府)に帰ってしまわれましたよ?」
京四郎「いつもの影武者作戦が使えないじゃないですか!ど、どどどどど……どうするんですか?」
智様は腕組みをしながら、じっくりと思案をしているようだ。
やがて意を決したようで、口を開く。
智様「京四郎……」
京四郎「はい、何でしょう?」
智様「物真似とかって得意だったりする……?」
影武者のモノマネって……。もはや、何が本当なのやら……。
京四郎「ど、どうも、武田晴信でございます……」
智様「…………」
甘利「これは……あまりに酷い…」
高坂「尊厳の欠片も感じられないわね」
律「そもそも名乗らないとわからないのは、モノマネとしてダメね」
京四郎「こんなムチャぶり出来るかーーーーー!」
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[2]孟嘗君:斉の公族。本名は田文。戦国四君の一人。鶏鳴狗盗など食客に関する逸話で知られる。末裔は孫呉に仕えた。
お読みいただきありがとうございます。
鶏鳴狗盗と鶏口牛後、似ていて紛らわしいですよね。