13-6 第百六十四話 ライバルからの書状
天文二十二年 1553年 十一月上旬 午後 場所:甲斐国 甲府郊外 名湯『富士』
視点:律Position
京四郎「律!友野屋の連中から書状が届いたぞ!」
名湯での客待ちの最中、京四郎が飛び込んでくる。
竜「姐さん。お客の相手はやっときますから、どうぞ」
律「ごめん!なんかあったら、すぐ呼んで!」
アタシと京四郎は控室で、書状を広げる。
京四郎「どれどれ……、『駿河は少し肌寒くなってきましたが、甲斐は既に雪が降り積もっていらっしゃるのでしょうか……?
律「……あの人、甲斐のことをどれだけ田舎だと思ってるのかねぇ……」
京四郎は、そのまま文面を読み続ける。
京四郎「『本当は甲斐の方々に譲歩する必要は無いのですけれど、わたくしの寛大な計らいによって特別に融通して差し上げます……
律「本当に寛大な人はワザワザそんなこと言わないですけどね、はい」
京四郎「『富士屋さんには、駿河より甲斐に至る関所の廃止、駿河商人への役(税)の削減、友野屋商人への荷物検査の免除を便宜して頂きたく……
律「これは相当、足元見てきたわね……」
京四郎「『これらの要件を呑んでいただけましたら、富士屋さんに対して駿府でも優遇して差し上げないこともないですわ……』」
律「なんか文面だけで腹立ってきたわね」
元から経済活動が盛んな駿河商人のことだ、こんな条件に応じてしまっては向こうに経済の主導権を握られてしまうかもしれない。
京四郎「まぁでも、駿府というマーケットは優秀なんだよな。ただでさえ人口が多く、それに甲斐では手に入らない海産物も手に入る」
京四郎の意見もわかる。
モノを売るためにド田舎に行こうとする人はいない。
律「そりゃそうだけど……。いくらアタシたちが商人司だからって、こんなふざけた話は……」
京四郎「お こ と わ り だな」
京四郎は友野屋からの書状をさっさと畳む。
こんな挑発しているかのような書状なんて破り捨ててしまってもいいだろうに……。
何はともあれ、今の甲斐には岡部元信様がいる。
さっそく岡部様に使いを走らせる。
岡部「タダ風呂が入れるというのは本当か!?」
岡部様は、四半刻(約30分)で現れた。
京四郎「いや、無料で入っていいとは……
律「わかりました!今回は特別ですから!でもその代わり相談に乗って欲しいんです!」
岡部様も、そっちの方が口が軽くなるだろう。
律「岡部様なら今川家の財政を担っている方をご存じかなぁ~と思いまして」
京四郎「三浦とか蒲原とかなら知ってるんですけど……」
律「……?三浦って誰だっけ?」
京四郎「駿府の酒屋で喧嘩沙汰になっただろッ!覚えて無いのか!」
律「……あー、アイツね。はいはい」
正直、あんまり覚えて無いです。
岡部「三浦も蒲原も家柄はともかく、政治的影響力はほとんど無いわ。やっぱり今川家中で一番影響力があるのは雪斎様ね」
律「でた、雪斎さん!」
久々に聞いたその名前にテンションが上がる。
岡部「でもあの方は清廉潔白を好む方だし、邪心を持って近づこうとする人は信用しないでしょうね」
京四郎「うーん。ダメか」
律「アタシ、思ってたんですけど……、今川家にも武田家で言う小山田や穴山みたいな家臣の人は、いるのですか?」
京四郎「ああ、辺境伯系領主か」
この辺境伯系領主というのは京四郎の造語だ。
他国との国境地帯を領し主家に服従を誓う代わりに、税の半減など様々特権が認められている領主のことである。
もしかしたら、駿河に似たような人がいれば狙いどころかもしれない。
京四郎「でもそんな人いるわけ……
岡部「いるわよ。葛山氏元[1]様、駿河の東部を領しているわ」
京四郎「いるんかい!」
律「そのカツラヤマさん。話に乗ってくれそうかしら?」
岡部「もちろん本人じゃないから絶対に応じてくれるとは言えないけれど、いい考えだと思うわ」
京四郎「よし、決まりだ!それでいこう!」
かくしてカツラヤマさんへの裏工作が始まることとなる。
もちろんこの作戦が友野屋にバレてしまっては意味が無いので、シームレスな作戦展開が求められる。
岡部「話はこれで終わり?それじゃあ温泉、入ってもいいのね??」
律「は、はい、どうぞ!」
岡部様はご満悦で更衣室の方へと向かって行く。
京四郎「あっ、ちょっ……岡部様待ってください!」
岡部「どうかしたのですか?まさか……、一緒に入りたい……とか?」
京四郎「いえ、そちらは男性用の風呂です!」
ズコッと、岡部様は見事にズッコケた。
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[1]葛山氏元:葛山城城主。1520年生まれ。妻は北条家の娘。元は北条家に仕えていたが、1545年に今川家に寝返る。
お読みいただきありがとうございます。
辺境伯系領主というのは作者の造語ですが、この勢力同士の緩衝地帯というのは外交的にも面白いポイントだと思います。