5-4A-2 第八十九話 知っていたら茶会で同席したくない武将
この話はAパート、堺組(律・駒井・一刀)の話の続きです。
天文二十年 西暦1551年 一月十四日 午後 雨 場所:堺 武野紹鴎宅
視点:律Position
武野「すんまへんが、中座さしていただきます~」
アタシが鉄砲購入の本題に入ろうとする前に、武野さんはいなくなってしまった。
どうしたものかと思案していると、隣の男が話しかけてきた。
男「今日は急にお邪魔してすみません。最近……上司がガミガミうるさくて、少し落ち着きたかったんですよ」
律「へ、へ~え」
気持ちはわかる。
男「私も昔、商いをしていた時がありまして……、同席の相手が商人と聞いて親近感が湧いてしまったんです。はははっ……」
となりの男は低音ボイスで笑う。
男「最近は畿内の大名のみならず、遠国の大名も鉄砲を求めに堺によく来ているようです。貴女もそのお一人では?」
律(やたら詮索してくるな、この人……。でも悪いけど、あんたのことはサッパリ知らないのよね……)
男「ですが……今日わざわざ茶席を設けるように武野師匠に頼んでいる辺り……あまり上首尾ではない」
律「お、おっしゃる通りです……」
言い逃れようの無い的確な指摘に、打ちのめされる。
男「確かに、種子島は高いですからね。買うとなれば高くつくでしょう。ですが鉄砲を手に入れる手段は買い求めるだけじゃない」
律「自分で作る……とか?」
男「……違います。奪えばいいんですよ。どこの大名や寺社だって堺で買ってすぐに、その場で使う人はいません。当然、堺から領地まで運ぶという手間が……あるでしょ?」
強奪という暴力的な手段をサラッと言ってのける男が急に怖く感じた。
雨音が急に大きくなったように思える。
律「あ、貴方様はいったい……?」
男「あ、まだ名乗っていませんでした……ははっ。私……三好 長慶[1]様に仕えております、松永 弾正 久秀と申します」
ま、まままままま……松永久秀!!!!!
こ、こここここのオジサマが!?
前言撤回。思いっきりこの人、知ってましたわ……。
松永久秀と言えば東大寺を焼討にし、信長に三度背いても許されたという話を持つ戦国の梟雄の一人だ。
その最期の逸話から爆弾男と後世に語り継がれている男である。
松永「わかりますよ、わかります。そりゃあ罪悪感はありますよね。でもより効率的な手段だとは思いませんか?」
確かに、そうだ。
さすがにアタシたち三人では厳しいが、京四郎たちと合流すれば可能性はある。
律「で、でも……受け渡しについて、わからないですし……」
松永「そこは……、商売人ならば何をするかわかるでしょう?」
見計らったかのようなタイミングで、武野さんが戻ってきたのはその時だ。
律「武野さん……折り入って頼みがあります。先日の大口契約の取引先との受け渡しについて……教えていただけないでしょうか?」
自分が頼んでいることが普通でないのはわかっている。
だが……せっかくのチャンス、背に腹は代えられない。
武野「……松永はん、余計なことを唆したなぁ?」
松永「……面目ありません」
普段ならば、しらを切っていそうな松永さんも武野さんの鋭い剣幕に白旗をあげた。
武野「うちも商人です。お客様に引き渡す前に、品物に何かあったらやっていけまへん」
律(……ということは、引き渡し後ならば関知しない……と)
武野「まぁ……南部茶をご馳走になりましたし、せっかく甲斐からお越しくださったんや。十貫で情報を売ってあげまひょ!」
律(金取るんかい!)
結局……武野さんからの情報によると、二週間後に鉄砲百丁の引き渡しを淀川沿いの枚方の船着き場で行う、とのことだった。
律「すいません。無茶ばっかり言って……」
武野「かまへん、かまへん。また堺に来たら、茶席設けまっせ!」
ちょうど、武野さん宅を出たタイミングで雨が上がる。
松永「ところで……どうですか、お嬢さん?私、まだまだ飲み足りないようでして……この後も二人で飲み明かしませんか?」
律「同じ【飲む】でもそれはお酒でしょうが!ダメです!」
思わずツッコむ。
松永「しょうがないなぁ……。ではもし私と飲みたくなったら、いつでもお越しください。……山本律さん」
律「そんな機会、絶対無いと思います!」
私は捨て台詞を残して、滞在先の宿に戻る。
松永「(そそるなぁ~、ああいう気の強い性格)」
この時の久秀は、将軍との調停のイライラを忘れていた。
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[1]三好長慶:三好家の大名。1522年生まれ。細川氏を乗っ取り、信長上洛以前の畿内を支配した。
[2]松永久秀:三好家家臣。1508年生まれ。三好家配下でありながら、将軍家ともつきあいがあった。武野紹鴎の弟子。
お読みいただきありがとうございます。
次回はBパートの国友組になると思います。