他爵家との関係
僕は馬車に乗り、北部都市・ルーザから帝都を目指した。
北部都市から帝都まではそこまでの距離はない。
「帝都を訪れるのは久しぶりだな」
馬車から目視で帝都が見え始め、僕は呟いた。
このまま何も考えずにいるのはもったいないので、今日の議題に対する意見や就儀式の流れを確認しておこう。
今日は伍帝議会兼就儀式でもある。
二ヶ月に一度、皇帝及び皇族と各地を治めている伍戦貴族当主たちが帝国の内部及び近隣諸国などの外部についての報告とそれの対処を考える、それが伍帝議会。
現在の皇族は皇子が4人、皇女が2人の計6人であり、全員が成人している。
そして伍戦貴族は成人した皇族に仕えると決まっており、この内第一、第二皇女には『護爵家』が仕えている。
そもそも、代々皇女たちには『護爵家』当主が長年仕えるという風習がある。
ここは変わらないだろう。
そんなことを思っていると帝都の中央にそびえ立つ巨城、バルブディスに着いた。
城に入り、城の最上、玉座の間に向かう。
既に僕以外の4人の当主たちはついており、僕が最後のようだ。
そんな僕に一人の男が不機嫌そうに口を開く。
「おい、何を遅れているんだ?当主になって気が緩んでいるのか知らんが、我らに迷惑かけているという自覚はないのか?」
赤色の短髪に同色の瞳、鋭い目つきの男はそう言って僕を睨む。
この男の名はデスロイル・ヴィヴィス=アッセンシオン。
昔は戦にも多少出ていた武人だったこともあり、身体はそれなりに鍛えられているが、ここ数年は戦が起きていない為鍛錬を怠っているのだろう、腹が出ている、みっともない。
なんとソニアの父で現『炎爵家』の当主である。
なぜこんな男とソニアが親子関係なのか、まるで納得いかない。
まぁそれはさておき、まず僕は遅れてなどいない。
周りが僕より早く着いただけで、僕自身は議会時間に間に合っている。
しかし、この男は昔から地位とプライドを誇示するような性格で、一方的に氷爵家、主に父上に憎悪のような競争心を抱いている。
僕が当主になってからは、その憎悪を僕に向けてきているのだ。
何かと悪態を付き、難癖をつけては僕を蹴落とそうとする姿勢を隠さない。
そんな男の言うことを聞くのは立場の上下を少なからず決定づけてしまう。
我々伍戦貴族はあくまで対等だ。
頭を下げては、氷爵家の名に泥を塗ることになる。
それはいただけない。
加えて僕はこいつが好きではない。
適当に流すとしよう。
「申し訳ない、非はすべてこちらにある。今後気をつけよう」
なるべく敬語を取って話し、しかし頭は下げない。
あくまで対等に、お互いを尊重した言い方で。
やっぱりこの話し方は慣れないな。
けれど炎爵は僕の言葉に突っかかる。
「反省しているようには見えないが?」
「目に見える謝罪など求めてないだろう?」
僕はそう言って皮肉を込めた言葉を口にする。
炎爵はその言葉に顔をしかめた。
「我々に申し訳ないと思っていないと?」
「思っていますよ、多少は」
もういいや、いつもの話し方で。
この男と話すために慣れない話し方をするのは馬鹿馬鹿しい。
「おぉ、ノア!久しぶりではないか!」
そんなことを思っていると炎爵の後ろから無駄に元気の良い声が僕の名を呼ぶ。
こんな声を出す人間は僕の人間関係で一人しか知らない。
「お久しぶりです。ヴィクトリア雷爵殿」
「相変わらず、その話し方は変わらぬなぁ!まぁ我はあまり気にしないがな!」
そう言いながら笑うのは現『雷爵家』当主、シャルル・ラン=ヴィクトリア。
僕より背の高い高身長で、凛々しい雰囲気を持つ金髪に紫苑色の瞳の女性だが、聞いての通り性格はかなり豪快かつ豪胆。
家系能力故に、雷爵家の者は主に情報の伝達や偵察、連絡任務を任されているが、この人は生粋の戦闘型。
帝国最速[雷轟]の異名を持ち、常に戦場の敵兵たちをその速度でなぎ倒してきた。
「口調だけは癖でしてね、そう簡単に直せません」
そう、実際僕はある程度気心のしれた相手でない限りは敬語をつけて話す。
他人と会話すること自体があまり得意でないのと、僕はこう見えて他人をまず疑ってかかる人間だから、こういう話し方が癖になってしまった。
「確かにな!そんなことより無事当主になれたようだな!めでたいではないか!」
「ありがとうございます」
そう言って何気ない会話をしていると、やはりこの人との会話は気が楽だと感じた。
もともと裏表のない性格と潑溂とした話し方は会話していてとても気が休まるし、会話も自然と弾んでしまう。
ただでさえ新参者の自分にここまで後ろめたい気持ちを持たずに話しかける人なんてこの人だけだろう。
僕としては当主になってからの日が長いヴィクトリア雷爵にその辺の話をできるのはとてもありがたい。
そういえばさっきから炎爵が空気になっているな。
見てみると見事に顔が炎のように赤くなっている、面白い。
冷静さを失っている間にチャッチャと進んでしまおう。
「そろそろ時間ですし、行きましょうか。陛下たちが待ってるでしょうから」
「そうだな!もうそんな時間か!行こう!」
炎爵が今にも切りかかってきそうな雰囲気なのを他所に、僕とヴィクトリア雷爵含め他の『伍戦貴族』当主たちは玉座の間に入っていくのだった。