発明と火山の都市 ヴァルザン
シュー――と熱した鉄に水をかけたかのような音が響く。
思わず声も出ないこちらを一人一人観察するように見回した謎の人物は手の持っていた武器を切っ先を下げた。
見た目は先が三つに展開した近未来のビーム兵器のようであり、先ほどの熱線はここから放たれたようだ。煙を上げていた切っ先はがちっという音とともに格納されており、敵ではなさそうだと思っていても緊張していた体から少し力が抜けるのを感じた。
「あなたは・・・イオタさん?」
アイリスが謎の人物に口火を切った。
「知り合いなのか?」
「違うわ、でも噂で聞いたことあるの。ヴァルザンで一番の魔導技術者はどこにいても鉄の仮面と装備で全身を覆っているって、あの武器もそれほどすごい魔導技術者のものって言われたら納得がいくわ。」
「いかにも、私はイオタといいます。いやー、最近はモンスターたちの異常行動が多発していてね、町の近くでテス・・・もとい警備をしていたのですよ。いやはやいやはや、間に合ってよかった。」
イオタは大仰な身振りで返事をする。鉄仮面にくるまれたくぐもった声で分かりづらかったが、ずいぶん明るい人物らしい。
不穏な単語が聞こえたが助けてもらった身だしとりあえず聞き流しておく。
「やっぱりそうだったのね・・・助けてもらって本当にありがたいわ。」
アイリスには不穏な単語は聞こえなかったのかにっこり満面の笑みで感謝を伝えている。
いい子過ぎる・・・いつか騙されないか心配になってしまうような気持ちを覚えつつ、海も感謝を述べる。
「いえいえ、礼には及びませんよ。ところで・・」
ずざぁという効果音が似合いそうなものすごい勢いでイオタは崖を滑り降りておりすぐに目前まで来ていた。
「うわ!な、なんですか。」
「先ほど遠目に見たところによると貴方、高速で地形を変形させていましたがあれは何ですか?それにこの浮遊する妖精!初めて見ました、興味深いですねぇ・・・・」
いきなり勢いよくまくしたてる様子にイオタの評価を明るい人物からちょっと変な人に改めることにする。
「え、そのさっきのはただの生産魔法だけどスキルで早くなってただけで・・・」
「ほう!そのようなスキルは初めて見ますね興味深いです。是非けんきゅ・・・見てみたい。皆様これからヴァルザンですかな?私こう見えてもこの町では顔が利きましてねぇ。いろいろ案内できますよ。ついでに私のラボでそのスキル・・・見せてもらうこととかできますかね?」
「それはありがたいですが」
わくわくがおさまらないといった様子で迫ってくる勢いについうなずいてしまう。
まあ、アイリスの話だとこの町で一番の技術者?のようだし何か詐欺ということもないだろう。これからしばらく暮らすことになるかもしれない町に知り合いができるのも悪くないことだ。
と思いながらちらっと横を見るとアイリスがあっけにとられた顔でその勢いを見ていた。おそらく見た目と口調からもっと物静かな人物だと思っていたのだろう。
珍しい妖精みたいな扱いをされたラムも身の危険を感じたのか心なしか海の後ろに少し隠れたような気がする。
「い、イオタさん。その話は分かったんだけどさっき言ってたモンスターの異常行動ってどういうこと?私何度かヴァルザンには来たことあるけど街道の近くには弱いモンスターしかいなかったはずよ。」
「そうなのか?まあ確かに毎回こんな目にあってたらいくつ命があっても足りないけど。」
「ええ、強いモンスターは強い魔力で満ちている秘境とか大森林とかの食物を食べることで生まれることが多いからこういう人里近い場所では出現しにくいのよ。」
「それについては・・・ここで立ち話もなんですし町に向かいながら話しましょう。」
イオタはピタッと動きを止めると少し平静を取り戻した声で答えた。一行で看板を超え、町へ足を運び始めると再び口を開いて説明を始める。
「強力なモンスターの出現ここ数日から始まったことでしてね。ヴァルザン近郊で商人が数匹のモンスターに襲われたのが発端です。かなり被害は出ましたが偶然居合わせた二人組の異国人のおかげで命に別状はなかったそうです。」
「そうなの・・・それはよかったわ。」
「そこで冒険所協会や騎士団で巡回するという案がでましてね。私も参加させていただいたのですがその方々に話を聞いていたところ少し妙な点がありまして。」
そこでイオタの声に熱が入るが、やはり全身どこにも肌の露出がない姿なので少し所作が奇怪に見えてしまう。
「妙な点?」
「はい、そのモンスター達はどうやらこの町よりも海に近い方角から来たものが多いということと、そこまで本来好戦的ではない種類のものも襲ってきており何かにおびえていたようであると。」
「そのような場合、さらに強力なモンスターがその方角から迫ってきている可能性が高いと思われます。」
そこまで沈黙を保っていたラルがぽつりと返事をする。
「その通り!素晴らしいですねぇ。私も同じ結論に至りました。野生のモンスターの感性は鋭いですからねぇ。強力なモンスターも逃げてくるとなればかなりの脅威が迫っているということでしょう。」
ということはさっき見たようなモンスターよりも強いモンスターと町の近くでも遭遇する可能性があるということだ。
やはりこの世界は甘くない。たまたま運良く助かってはいるがもっと戦闘能力を高めないといつ死んでしまってもおかしくない。イオタさんは技術者のようだし役に立つ生産系の魔法を教わることもできるかもしれない。
とにかく当面の目標はお金の稼ぎ方と自分の戦闘力の向上だ。
「なるほど・・・事情は分かったわ。不穏な話ねー。私たちも気を付けないと。」
「そうされるとよろしいと思います。ああ、付近の見回りを手伝っていただければとてもうれしいですね。強力なモンスターに対抗できる人材は多くないので。もちろん報酬は弾みますよ。」
「困ったときはお互い様よ!しばらくはこの町にいると思うし勿論手伝うわ。」
「そうだな。まあ、俺は足引っ張っちゃいそうだが・・・・。」
先ほどの掘削竜レベルのモンスターが多発するならついていったほうがむしろ足を引っ張ってしまうのが目に見える。
「そんなことはありません。人はみな、自分にできる能力の範囲で貢献していけばよいのですよ。向上の精神さえ忘れなければね。」
「あ、ありがとうございます。」
反射的にお礼を言うが先ほどあれほどの力を見せたものに言われると少し安心する。
研究のことを第一に考えてそうに見えておとなな部分を見せるイオタの性格はなんだか不思議な感じだ。
「おや、町が見えてきましたね。ようこそ、発明と火山の都市ヴァルザンへ。」
曲道を抜けると、巨大の石づくりの門が見えてきた。門の前で警備を行っていた衛兵はイオタの姿を見かけると規律正しい敬礼を行い、それに対し彼も鷹揚とした挨拶を返す。
通路を抜けると喧騒が耳に響いた。黒を基調とした武骨なデザインの町並みの左右に並ぶ露店ではにぎやかな客と店主の会話であふれ味付けの濃ゆそうなワイルドなピザのような食べ物から、見たこともない変な形をした発明品が火を噴いていたり逆向きに落ちる砂時計が展示されていたりする。
別の場所では熱心に鉄を製錬している鍛冶屋などもいて奇妙な炉や加工器具は不思議な装置につながっておりここが異世界であることを強く実感させてくれた。
「すっごいな・・・・。」
「はい、ラルも感動しています。すべてが目新しいですね。」
「ここはいつもこうやって活気がすごいのよ!発明したものをみんな持ちよって露店で売ったりするから思わぬ掘り出し物なんかもあって市場を見てるだけで、一日の時間を満喫できるの。」
実際、アイリスは目をキラキラさせており、非常に楽しそうだった。ここの明るい雰囲気と彼女の性格は非常にマッチしていそうだ。自分も色々見て回りたいという気持ちが抑えられない。
「さっきの鍛冶屋にあった装置とかは何のためのものなの?」
そこでグイっとイオタが主張してくる。鉄仮面のため少し怖い。
「あれは私が発明したものでしてね。この近くの特産品である熱を魔力に変換できる熱素石!これを利用して習得していない魔術でもセットしたものを使用出来るというものです。素晴らしいでしょう!」
「そ、そんなことまでできるのか、じゃあ魔法を覚えなくてもいいじゃないか!?」
「それなんですがね・・・・。コストの関係で増産が難しいのと熱素石の魔力変換率はそこまで良くないんですよねぇ。この町では火山の熱を利用して熱素石で急速に魔力変換できるのでギリギリ使用できる、といった感じなのです・・・いやはや、改良していかなければ。」
「それでもすごいわよ!流石ヴァルザンで一番の魔導技術者ね。魔法を学習してる身としてあなたがどんな無茶を成功させてるのかわかるわ。」
イメージとしては火力発電で万能な電気を生み出しているようなものだろうか。ともかく魔法を知らない自分からでもすごいしているのがなんとなくわかる。
「さっきから話してる魔導技術者って何なんだ?」
「魔導技術者はね、ルーンで命令を書くことによって魔法的な効果を持たせる魔導回路のことなの。私の武器も魔導回路でいろんな機構が動くようになってるのよ!すっごい高級品なんだけどね。」
先ほどの戦いで見た変形する杖の姿が目に浮かぶ。
「なるほどー!さっきの武器の変形とかはそういう理屈だったのか。」
「森の施設にあったものも魔導回路を使用されていたものと考察、規模としてはあちらのほうがはるかに大きいと思われます。」
こっそりとラルが耳打ちしてくれた。なるほど・・・あれもそうだったのか。
「先ほど少ししか見えませんでしたがアイリスさんがお持ちの武器も格納機能、威力ともに素晴らしい出来栄えでしたね。あまり見ない型でした。」
「ありがとう!多分あまり見ないものだったのは多分遺跡で発掘されたものだからかな・・・。」
「そうでしたか・・・お、私の家に着きましたね。一度休まれますか?そのあとにゆっくり観光でも。」
「そこまで甘えさせてもらうのはさす・・・え?」
にぎやかな通りを抜け住宅街を超えかなり町の奥まで来ていたのだがイオタが足を止めたのはどう見ても屋敷というにも大きすぎるものだった。白亜の豪邸と称してもおかしくないそれは豪奢過ぎないシンプルな、しかし美しい装飾が施されており、きれいな庭園が景観を形作っていた。
「これが・・・家?」
先ほどまでみた家のサイズが一般的だとするとこれは何倍あるのだろうか。
「いえいえ、遠慮せずに。」
厳格そうな老年の執事のような人物が門を開いてくれ、イオタは何の気もなしに入っていく。
「ついていって本当にいいのかな・・・?」
「気後れするわね・・・。」
アイリスと顔を見合わせていたがずっとそうしていても仕方ないので海たち一行はイオタの屋敷におずおずと足を踏み入れたのであった。




