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09.騎士様のロマンス小説

「本物の魔女って、どうすればなれるのかしら……」


 迷いの森に佇む魔女の塔の静けさの中で、一週間ほどが過ぎた。

 私の心は、毎日が新しい発見に満ちていた。塔の古びた石壁がどこかしらあたたかみを持ち、ここでの暮らしは思った以上に充実している。


 でも、それだけでは足りない。せっかく憧れの魔女だと言われてここに来たのだから、私は大好きな物語に登場するような強く、威厳のある立派な魔女になりたい。


「そもそも、魔女の定義って何? 神殿に聖女と認定されたように、誰かが私を魔女だと認定してくれるのかしら?」


 ザビン様が私を魔女だと言ったけど、それだけでは心もとない。彼の言葉では説得力を欠いているように感じる。

 私が読んだ物語の魔女は、巨大なドラゴンに変身したり、人を魅了する秘薬を作ったりしていた。


「ドラゴンになるのはまだ無理でも、秘薬くらいは作れないとね……!」


 魔女が持つ秘薬は、善悪を問わず使われる重要なものである。ときには人の役に立つものだったり、悪者を懲らしめるためのものだったり。

 どちらにしても、その作り方を知らなければ、真の魔女にはなれない。古びた書庫の中には、きっとその答えが隠されているはずだ。


「ここは魔女の塔なのだから、きっとどこかに秘薬の作り方が書かれた本があるはずだわ……!!」


 決心を新たにして書庫へ向かう。

 書庫の扉を開けると、埃っぽい空気と古い紙の匂いが漂ってきた。

 棚には無数の本が並び、どこか神秘的な雰囲気が漂っている。

 けれど秘薬の作り方が書かれた本がどこにあるのかはわからない。もしかしたら、そんな本は存在しないかもしれないという不安が胸に広がる。


 ……いいえ、こんなに古い本がたくさんあるんだから、きっとどこかに秘薬のレシピ本があるはず!!



「ん~、さすがに堂々とは置いてないかしら……」


 こっそり書庫へ忍び込み、棚の本を一冊一冊、慎重に調べ始める。

 心の中で焦りと期待が入り混じり、手が震える。

 これが私の夢を実現するための第一歩なのだから。



「――何か探し物か?」


 突然背後から声がして、私の肩がびくりと跳ねた。

 振り返ると、そこにはライナー様が立っていた。彼はいつも突然現れるから、油断ならない。


「あっ、ライナー様……! ええと、何か面白そうな本はないかと思って」


 本棚の前で唸っていた私の背後から声が聞こえ、驚きが私の心をかき乱す。ライナー様の目が、私の動揺を鋭く捉えているのがわかる。

 彼は私の反応に気づいているかしら……?


「あなたはどんな本が好きなんだ?」

「ええっと……ロマンス小説……、とか?」


 ライナー様の質問に、少し戸惑いながら答えた。

 少しでも自然に振る舞うため、にっこりと笑顔を作って適当な答えを口にする。

 まさか〝魔女が書いた秘薬のレシピ本を探しています〟なんて言えるわけがない。


「ロマンス小説……そうか、あなたはそういう本が好きなのか」

「ええ……まぁ」


 本当に、嫌いではない。物語に出てくるような格好いい王子様や騎士様に憧れたりする。まぁ、実際私の前に現れた王子様は、ろくでもなかったのだけど。


「……俺も何か読んでみようかな」

「え?」

「よければあなたのおすすめの本を紹介してくれないだろうか」

「ええ……、もちろんです」


 ぽつりと呟くようにライナー様の口から出た言葉に、一瞬驚いてしまった。


 ライナー様がロマンス小説を?

 そういうものを読まれるイメージはないけれど、きっとライナー様もこんなところで私と二人きりでは退屈なのかもしれない。


「それでしたら、これなんていかがでしょう? お姫様と騎士様のラブロマンスなのですが、切なくて甘くて、とてもきゅんきゅんできますよ!」

「……ほう」

「あとこれも騎士様がお相手役の物語ですね。勇敢でたくましい騎士様と村娘の恋物語……ああ、それからこれもおすすめです。罪を犯した田舎の貴族令嬢と、見張り役に就いた騎士様が恋に落ちて――」


 ライナー様が騎士様だからという理由で、なんとなく騎士が出てくる物語をおすすめして、はっとした。


 この話、少しだけ今の私たちの境遇に似ているような……?


「やっぱりこれはやめておきましょう――」

「全部読もう。紹介してくれてありがとう」

「えっ」


 けれど引っ込めようとした本は、ライナー様に素早く取られてしまった。


 ……まぁ、私たちとは関係ない、物語の中のことだからいいか。


「しかし……どれも騎士が相手役のものなのだな」

「はい」

「その……、あなたは騎士が好きなのだろうか?」

「えっ?」


 突然の質問に、私はドキリと心臓を揺らしながらも内心で考える。

 別に、騎士が好きとか、王子が嫌い、というわけではない。

 ……ただ、今は王子よりは騎士のほうが圧倒的に魅力的だとは思うけど。


「そうですね」


 だから軽い気持ちでにこりと笑って答えたら、ライナー様の頰がほんのり赤く染まったような気がした。


「そうか……では、読んで勉強しよう」

「……?」


 勉強? なんのですか??


 これはロマンス小説だから、騎士の心得とかが書いてあるわけではないのだけれど……?

 ……そうか。ライナー様はこういう小説を読んだことがないから、よくわかっていないのね。


「ライナー様が読んでためになるようなことは――」

「それでは俺はさっそく部屋で読んでくる。が、あなたがこの屋敷から外に出れば結界が感知してわかるから、逃げようなどとは考えないように」

「……逃げませんよ」


 私の返事を聞いて、ライナー様は「うん」と頷き、私がおすすめした本を大事そうに抱えて書庫を出ていった。

 彼の背中を見送りながら、私は一人残された書庫の中で再び気合いを入れた。


「……とにかく今のうちに探しましょう!」


 ライナー様がまたいつ戻ってくるかわからない。彼は油断ならない人だ。


 書庫内を隅々まで探し、秘薬のレシピや魔女に関する情報を見つけるために全力を尽くす決意を固めた。

 どんなに短い時間でも、私が求める答えを見つけるために妥協はしない。

 再び本棚に向かい、一心不乱に本を調べるその瞬間、心の中で夢と希望の灯火がより一層輝きを増していった。



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