08.私は聖女?それとも魔女?
翌日、塔の中の探索を一通り終えた私は、塔の裏にある畑に行ってみることにした。
「わぁ……本当に野菜が……!」
目の前に広がるのは、私の予想を超えた立派な畑だった。大地を覆う緑の葉々が、陽の光を浴びてキラキラと輝き、ついさっきまでの疲れも吹き飛ぶほどの美しさだった。
広さは程々だけど、二人分なら十分……むしろ余すのではないかと思うくらい、たくさんの野菜が育っていた。
塔周辺は結界が張られていて魔物も来ないのなら、ここはのんびり暮らすにはもってこいなのではないだろうか……?
この場所は、おそらく現役を引退した高位貴族様が、奥様との静かな余生を楽しむために用意した場所なのだろう。
そこを魔女である(らしい)私の幽閉場所として提供してくださるなんて……。持ち主の方は本当に、どんな方なのかしら。
もしかして、この塔を借りる代わりに神殿が大金を払ってくれていたりして……?
「……そんなはずないか。もし神殿が今でも私を聖女だと思っているなら、普通に連れ戻すわよね」
「こんなところで何をしているんだ?」
「!」
そんなことを考えていたら、背後から突然ライナー様の声が聞こえて、びくりと肩が跳ねた。
彼の気配にまったく気づかなかった自分に驚きつつ、振り返ると彼が立っていた。
別に逃げようとしていたわけでも、悪いことを考えていたわけでもないけれど、あまりに気配がなさすぎて驚いてしまった。
この人……やっぱりただ者ではない……!?
「畑を見に来たのですが、想像以上に立派で驚いてしまって……!」
「……そうか。ここにないもので食べたい野菜があるなら、俺に言うといい」
「いいえ、そういうわけではありませんが……。でも本当に、なぜ私のような者にここまでしてくれるのでしょうか?」
私が素直な疑問を口にすると、ライナー様は無表情のまま何かを考えるように私から視線を外した。
「……あなたが不当な理由で王子に婚約を破棄され、ここに追放されたのは知っている」
「ということは、ライナー様は私を魔女だとは思っていないのでしょうか?」
「神殿長があなたを聖女だと認定した。俺は今でもそう思っているし、その意見を変えるつもりはない」
そうなのか……。私は魔女じゃないのか……。
いえ! まだ可能性はあるわ!!
魔女になるための勉強と練習を積めばきっと……!!
でも、そういうことならこの待遇も頷ける。
一応、ライナー様は監視役という名目でここにいるけれど、聖女である(と思っている)私のためにこんなに真面目に任務をこなしているのね。
ライナー様の他にも、今でも私が聖女だと思ってくれている方がいるのかもしれない。
きっとこの塔の持ち主は、神殿関係の方なのだろう。
いつかお礼を言えたらいいけど……。
「……顔色もいいな。疲れはすっかり取れたようだ」
ライナー様の言葉に、私は素直に微笑んだ。
「はい、ここの寝具はとても寝心地がいいので、ぐっすりです!」
「それはよかった」
「ライナー様も、ゆっくり休めていますか?」
「……俺?」
「はい、朝も早いようですし。でもライナー様のような方がなぜこんな仕事を割り当てられているのか本当に不思議です。私は逃げるつもりはないので、他の方と交代していただいて大丈夫ですよ?」
何気なく言った言葉だったけど、その瞬間、ライナー様の顔つきが変わった。
「それは絶対にあり得ない!」
「……え」
「あ……いや、大きな声を出してすまない。しかし、俺がここからいなくなることはない。俺に不満があるのならなんでも言ってくれて構わない。だから、交代してほしいなどと――」
「交代してほしいと言ったわけではありません! ただ本当に、ライナー様のような優秀な聖騎士様が私なんかに付き合ってこんなところにいていいのかと……」
ライナー様の強い言葉に、私は少し戸惑いながらも、自分の意図を説明した。
その瞬間、わずかに彼の肩の力が抜けたように見えた。いつもは堅い彼の顔に、ほんのりとした緩みが浮かんで、私はそれを見てドキリとした。
「俺でなければだめなんだ」
「え?」
「いや……。とにかく、俺のことは気にしなくていい。ただ、不満があるなら聞く」
「不満などありません!」
「そうか……」
私がライナー様に対して不満などあるはずがない。
だからそう即答すると、ライナー様はとても安心したように息を吐いた。
「……中に戻りましょうか」
「ああ」
隣を並んで歩く、背の高いライナー様の横顔をちらりと見上げて、彼が何を考えているのか探ってみようと思った。
……けれど、もういつもの堅い表情に戻っていて、やっぱりよくわからない。
聖女でも、魔女でも、私は人の心まで読むことはできないのだから。
でも、私の監視役がライナー様でよかったと、ふと思った。