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07.なんだかとても快適だわ

「……よく寝た」


 翌朝目が覚めると、とてもふかふかで肌触りのいいベッドの上だった。


「そうだ……ここは魔女の塔だったわ」


 一瞬、自分がどこにいるか忘れていた。

 それくらい、とてもぐっすり眠れた気がする。


 昨日はタイガーウルフに襲われたり、聖騎士のライナー様が助けに来てくれて一瞬で塔まで転移してしまったり……なんだか大変だったけど、疲れていたせいか本当にゆっくり眠れた。


 最近は、あまり熟睡できていなかった。

 ここへ来るまでの道中は宿を取って休んでいたけれど、ずっとザビン様の従者に見張られていると思うと緊張してしまったし、馬車での移動はやっぱり疲れるし……。


 それを抜きにしても、このベッドは王宮の客室で使わせてもらっていたものよりも寝心地がいい気がする。


「不思議だわ。王宮でもとても上質な寝具だったのに。……きっと私の身体にはこっちのほうが合っているのね」


 それに、クローゼットを開けたときも驚いた。

 この部屋は女性用だと聞いてはいたけれど、クローゼットの中には服やドレスがたくさん用意されていたのだから。

 それもデザインが最新の流行のもので新品に見えるし、結構高価なものだと思う。


「……本当は近々誰かが住む予定だったのかしら……?」


 ライナー様の話では、この塔にあるものはすべて自由に使っていいとのことだった。

 この塔の所有者は、本当に随分太っ腹な高位貴族様だわ。


 そういうわけで、その中で一番動きやすそうなワンピースをお借りすることにした。


 本当にいいのかしらと何度も考えたけれど、私はなんの荷造りもできずに来たから、正直助かる。これからもありがたく使わせてもらおう。


 だって着てみたら、サイズもちょうどよかったのだから。


「本当に、すごい偶然だわ」



 ワンピースに着替えて、ひとまず食堂に向かった。

 昨日は夕食も食べずに寝てしまったから、正直お腹がぺこぺこ。


 部屋の扉をそっと開けてみても、監視役であるライナー様が扉の前に立っている、ということはなかったので安心した。



「おはようございます……」

「おはよう」


 調理場に近づくにつれていい匂いが漂ってきたので、まさかとは思ったけど……、その、まさかだった。


「朝食にしようか」


 そう言ってお鍋からスープをよそっているライナー様に、私は口をぽかんと開けて一瞬言葉を詰まらせてしまった。


「ラ、ライナー様が作ってくださったのですか……!?」

「……自分の分を作るついでだ」

「それでも……!」

「一人分も二人分も変わらない。気にしないでくれ」

「……すみません、ありがとうございます!」


 これも仕事のうち、というわけではないわよね……? さすがに。


 それにしても、ライナー様も貴族のお生まれだと思うけど、料理ができるなんて……。

 すごいわ。


 私は田舎の小さな町で貧乏暮らしをしていたから、社交の場にはあまり行ったことがない。

 聖女として登城してからも数回しかパーティーに参加していないけど、ライナー様のような目立つ方をそのような場でお見かけした記憶はない。


 ライナー様って、一体どんな方なのかしら……?


 そんなことを考えつつテーブルに料理を運んで、二人で向かい合って座り、一緒にいただくことにした。


 私は幽閉されている身で、彼は監視役なのに……同じテーブルに着いていいのかしら……?

 でも二人きりだし、誰かが見ているわけでもないから、いいのかな。


 そんなことを考えながら、スープを一口いただいた。


「……美味しい!」

「それはよかった」


 野菜とソーセージの入ったポトフ。

 さっぱりとした味付けで、これならいくらでもいけそうなくらい、美味しい。


「こっちのお魚のソテーも……! 本当に美味しいです!」

「今朝近くの川で捕ってきたばかりだから、活きがいいんだ」


 お魚の味付けもシンプルだけど、それがまたいい。


「近くの川? 魔物はいなかったですか?」


 塔の裏に畑もあると言ってたけれど、魔物に荒らされたりはしないのかしら?


「この塔周辺は結界で守られている。だから塔が襲われることはない。安心して暮らしてほしい」

「そうなのですね……」


 それを聞いて私はほっと胸を撫で下ろした。

 結界が張ってあるとはすごい。この塔の持ち主は相当なお金持ちで、優秀な魔法使いね。少なくともうちのような貧乏男爵家とは大違いだわ。


「その代わり、あなたがこの塔から出ても俺にはわかる。逃げるなんて考えないように」

「……考えていませんよ」


 けれどそんな私の表情を見て何か勘違いしたのか、ライナー様の眼がぎらりと光った。

 やっぱりこの人は監視役だわ。気を抜いては駄目ね。


「昨夜はゆっくり眠れたようでよかった」

「あ……はい。とてもよく眠れました。すみません、ライナー様が働いているのに」

「構わない。突然こんなところに連れてこられたんだ。本当はもっと泣いたり怯えたりしてもおかしくはない」

「……」


 無表情で目も合わせないまま静かにそう言ったライナー様はやっぱり少しだけ冷たい印象があるけれど、その言葉には優しさを感じた。


「それと、もう一つ」

「はい」

「あなたの家族のことだが」

「はい……!」


〝家族〟という言葉を聞き、私は姿勢を正す。

 私のことはどうにかなるとして、一番気になっているのは家族のこと。

 みんなはどうなったのだろう。魔女の家族だからと、酷い目に遭っていなければいいのだけど……。


「ザビン王子はあなたを魔女だと言って追放したが、あなたの家族はみんな無事だから、安心してほしい」

「本当ですか!?」

「ああ、今までは体調を崩せばあなたの力で回復させていたようだが、今後は何かあればすぐに医師が診てくれることになっている」

「え……」


 それは、どうしてだろう?

 ザビン様が私の家族にそこまで配慮してくれているとは思えないけど……。

 神殿がサポートしてくれているのかしら。


「心配するな。あなたの家族の無事は俺が保証する」

「……」


 不安そうな顔を見せてしまった私に、ライナー様はもう一度はっきりと言った。


 どうしてそこまで言い切れるの……?


 そう聞き返したい気持ちもあったけど、あまりにまっすぐなその碧眼は嘘や適当なことを言っているようには見えなかった。


「と言っても俺のことを信用してもらわないことには始まらないがな」

「……いえ、ありがとうございます」


 どちらにしても、私にはどうすることもできない。だから今は信じるしかない。ライナー様を信じたい。どうか本当に家族が無事でありますように。


「他にも何か気になることがあったらなんでも言ってくれ」

「……ありがとうございます」


 とても助かるけれど……。でも本当に、どうしてライナー様が私にそこまでしてくれるのかしら。


 それも仕事のうちなの? ライナー様のような優秀な聖騎士様が一人でそこまでするのはおかしいわよね……?


 ……もしかしてライナー様は、思っているよりもずっとずっと真面目な方なのかもしれない。

 たまたま私の監視役を命じられただけなのに、言われたこと以上の仕事をしているんだわ。


 でもそうなると、ライナー様の目を盗んで魔女になるための魔法の練習をするのは、難しいかしら……?

 せっかく魔女の塔に来たのだから、本当は色々調べたり、魔女の魔法を勉強したりしたいのだけど。


「あの、ライナー様はいつまでこちらにいらっしゃるのですか?」

「……俺がいなくなった隙に逃げる気か?」

「いいえ! そうではなくて……!!」

「今のところ戻る予定はない」

「…………まぁ、そうでしたか」


 私と目を合わせずに黙々と食事を続けるライナー様の綺麗なお顔を眺めながら、私はなんとも言えない気持ちになっていた。



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